未来のことを考えよう~オボロアナグマの肉うどんを添えて~3
「あ……。急に声をかけてしまって、申し訳ありません。私、リズベスと申します!」
料理人──リズベスさんは俺の驚き顔に気づき、ぺこぺこと頭を下げて謝罪をする。
リズベスさんは背が小さい、栗鼠のような印象の女性だ。年齢は二十代前半くらいに見える。白い肌、鼻の頭に散ったそばかす、くりくりとした茶色の大きな目。綺麗というよりは『可愛い』という系統の顔立ち。焦げ茶の髪は、邪魔にならないように後ろでお団子にされている。
……そして、胸が大きい。コックコートの前がぐいと上に押し上げられていて、少しばかり目のやり場に困る。
俺の男心を察したのか、椛音は「やれやれ」という顔をしながら俺を横目で見た。
「貴重なオボロアナグマを見て、ついつい興奮してしまって……」
リズベスさんはそう言うと、申し訳なさそうにへにゃんと眉尻を下げた。その隣では、「わかるわかる」と椛音が深く頷いている。
「いえいえ、気にしてませんよ。えっと……それってそんなに珍しいものなんですか?」
ボウルの中身を混ぜる手を止めずに視線でオボロアナグマとやらを指し示しつつ訊ねてみれば、彼女はすごい勢いで何度も頷く。
「個体数が少ないレアモンスターです! レアな上に逃げ足が早くてすごく捕まえにくいんです! そして、脂が乗っていてとっても美味しいんですよ!」
リズベスさんは両の拳を握りしめ、熱意顕わに話す。俺はその熱量にたじろいでしまった。
……椛音といい、パルメダさんといい、食いしん坊が多いな。
「アリリオが食べられるって言ってたから、持って帰ってきたんだけど。そんなに美味しいんだ」
椛音がオボロアナグマをぷらぷらと揺らしながら、不思議そうに言う。
「はい! とても美味しいです! 口に入れた瞬間にとろりと蕩けて肉汁が溢れ……天国にいるような心地になれます!」
「叔父さん。これ、うどんに入れよう!」
リズベスさんの言葉を聞いた椛音が、今にもよだれを垂らしそうな顔をしながらオボロアナグマをこちらに差し出す。
……こっちは調理中なんだから、今差し出されても困るんだが。
「私も、ご相伴に与りたいです! 先ほどから聞こえる『うどん』とやらもとても気になります!」
リズベスさんが胸に手を当てながら、勢いのよすぎるおねだりをする。本当に食いしん坊だな!
「いいですよ、ぜひ食べてください。椛音、それを捌いてもらってもいいか? 俺は今、大事なところだから」
そう、今は集中して粉を混ぜる時なのだ。塩水の残り半量を入れてから、さらに粉を混ぜる。
「……捌く」
「勇者様として旅に出るんだし、アウトドアの訓練とか積んでるんじゃないのか?」
「積んでるけど……。私獲物を捌くのが下手で、ぜんぶアリリオにしてもらってるんだよね。私が捌くと、お肉がぼろきれみたいになっちゃって」
「……王子様になにをしてもらってるんだ、お前は」
「だって、不器用だし?」
「お前は不器用というよりも、がさつだ」
言いながら、椛音の鼻をぎゅっと摘む。指を放すと椛音の鼻は粉で真っ白になっており、それを見て俺は少し笑った。
「では、私が捌きましょう!」
リスベスさんが豊かな胸に手を当て、申し出てくれる。正直とてもありがたい。
「お言葉に甘えて、お願いします」
「はい!」
彼女は弾ける笑顔で返事をすると、椛音の手からオボロアナグマを受け取る。そして、解体のためにその場を離れた。
「ショウ殿。その……俺もオボロアナグマ料理のご相伴に与りたいです!」
俺たちの様子を見守っていた料理人の一人が、挙手をしつつ声を上げる。
「ず、ずるい! 俺も食べたいんだぞ!」
「俺も!」
するとほかの料理人たちも、次々に声を上げはじめた。
この場には二十人ほどの料理人たちがいる。……全員分を用意するのは、正直面倒だな。




