未来のことを考えよう~オボロアナグマの肉うどんを添えて~1
物件をパルメダさんと見に行ってから、数日が経過した。
俺の料理の効果のことはアリリオ殿下に伝えられ、国の上層たちで今後の方針についての話し合いが進められている最中だそうだ。
アリリオ殿下の権威が届く王宮の厨房でならという条件付きだが、料理を作ることを今のところ特に制限はされていない。
なににしても……あの人がよさそうなアリリオ殿下なら悪いようにはしないだろう。
そんなわけで今後の方針が決まり店の工事が終わるまで、俺はのんびりしているわけだ。
──そういえば、鑑定の方にも『+』がついてるんだよな。
これにもなにか変な力が隠されていたりするのだろうか。それが気にはなるもののパルメダさんもアリリオ殿下も日々忙しそうで、聞きそびれているままだ。……まぁ、いいか。
「さてと……」
中年になると、麺を打ちはじめる。そんな人種が一定数いる。
それは俺も例に漏れずで、今日の俺はうどんを打ちたい気分だった。
朝早く起き、調理場へと向かう。すると王宮のシェフたちが忙しく朝の準備のために働いていた。
「あの、お忙しいところ申し訳ありません」
料理人の一人に声をかけると、「ああ、勇者様の叔父殿!」と返される。
明るい椛音は王宮のマスコットキャラと化しており、城中の皆から可愛がられている。 厳しい顔をした大臣も椛音を前にすると、目尻を下げてでれでれとした顔になるのだから驚きだ。
そのおかげで椛音の『おまけ』である俺へも皆優しく、本当にありがたい。
「小麦粉をいただいてもいいですか? それと、厨房の隅をちょっと貸してもらえるとありがたいなと……」
アリリオ殿下に城にある食材はどれでも使っていいと言われているが、きちんとお伺いを立てるのは大事なことである。人間関係を円滑に行うための常識だ。
「どうぞどうぞ。皆、構わないよな?」
声をかけた料理人が周囲に呼びかけると、「おう」だとか「大丈夫ですよ」などの返事が返ってくる。
俺は安堵しながら、厨房に足を踏み入れた。
小麦粉の入った袋を渡され、礼を言いつつ厨房の隅へと下がる。そこには小さなテーブルがあった。うん、これくらいのスペースがあれば大丈夫だな。
「……鑑定」
小麦粉の袋を開け、鑑定を小麦粉に使う。すると、『小麦粉。ごく一般的な中力粉』という表示が出た。小麦粉が中力粉であったことに俺は安堵する。薄力粉でも強力粉でもうどんは作れるのだが、どうせなら最適なもので作りたい。薄力粉、中力粉、強力粉はたんぱく質の含有量がそれぞれ違う。たんぱく質が多いほど硬い食感になり、それぞれ料理の用途で使い分ける。粉は一種類しか渡されなかったし、このあたりでは『中力粉』になる小麦が栽培されておりそれが常用されているのだろうな。
まずはうどんに混ぜるための塩水を作る。水は九割、塩は一割。人に出すものでもないので、それを目分量で作る。
これまた目分量の粉をふるってダマを取ったり、空気を含ませたりする。先ほどから目分量ばかりだが、うどん作りの修練はかなり積んでいるので問題ない。……そのはずだ。
ふるった粉にまずは半分の塩水を回しかけ、丁寧に混ぜ合わせる。
この作業は『水回し』と呼ばれている、うどん作りの大事な工程の一つだ。
粉に均一に塩水が行き渡るかどうかで、うどんの出来が変わってくるのだ。
「叔父さん、なに作ってるの?」
そんな声とともに、体にどしん! と振動が走った。この声は……。
「椛音。『なに作ってるの?』より前に、朝の挨拶だろう?」
そう言いつつ振り向くと、そこには予想のとおりににししと笑う椛音が俺に抱きついていた。