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未来の店を見に行こう~鹿肉のサンドイッチを添えて~4

 窓から見える牧歌的な風景を、俺はまじまじと眺める。

 俺と椛音が住んでいたところは都会だったので、窓から見えるような自然豊かな光景はテレビや動画でしか見たことがない。

 考えてみれば、旅行になんてとんと行っていないな。両親が生きていた頃に行ったきりだろうか。

 姉と二人で生きるようになってからは、旅行に行く余力なんてなかった。姉が亡くなり一人で椛音を育てるようになってからは、余裕はなおさらなくなった。そのことに俺自身は不満を感じる暇もなかったわけだが、椛音をあちこちに連れて行けなかったことは心残りだ。

 旅行だけではない。習い事にしても、持っている服の数にしても、進学にしても……ほかの細々としたことにしても。俺は椛音に『満足』を与えることができていたのだろうか。椛音はああ見えて、気遣いすぎるところがある。馬車馬のように働く俺にそれ以上無理をさせまいと、本当の要望を飲み込んだりはしていなかったのだろうか。

 そこまで考えて、俺はふうと息を吐く。

 ──この世界で、椛音はさまざまな経験をするのだろう。

 楽しいばかりの旅ではないだろうが、今後の人生の糧となるよい経験を椛音ができることを願うばかりだ。


「なんの変哲もない風景に思えるのですが……。なんだか真剣に見ていらっしゃいますね」


 窓の外を見ている俺に、パルメダさんが不思議そうに声をかけてくる。


「こういう牧歌的な景色って、俺のいた街では見られないものだったので」

「そうなのですか」

「ええ。高い建物が乱立していて、自然があまりない場所だったんです」

「なるほど、それは興味深い。──ッ!」


 和やかに会話をしていたパルメダさんの表情が、一瞬にして険しいものになる。

 俺はその急激な変化についていけずに、頭の上に疑問符を浮かべた。そんな俺に、パルメダさんはちらりと視線を送る。


「この馬車には魔法の結界を張っています。結界には防御と──敵の接近を知らせる役割があります」

「敵……!」


 パルメダさんの言わんとすることをようやく察して、俺は引き攣った声を上げてしまう。

 

「この気配はハイオーク……恐らく二十匹ほどか。先日冒険者ギルド総出での大規模なハイオークの巣の討伐があったと聞いたが、その生き残りか?」


 彼はつぶやきながら、腰から剣を抜き放つ。その白銀の煌めきは俺の知っている食材を刻む刃物とは違う、命を狩る冷たい輝きを湛えていた。それを目にして、俺はごくりと唾を呑む。

 ハイオークというのは、どの程度強い魔物なのだろう。いや、どんな魔物だったとしても二十匹もいれば脅威でしかないな。


「……逃げれば、周辺の村に被害が出るな」


 長いまつ毛に囲まれた目を閉じてしばらく思案してから、パルメダさんは目を開く。その紫色の瞳には、明確な覚悟が宿っていた。


「──迎え撃ちます。ショウ殿は危ないと感じたら迷わず逃げてください」

「パルメダさん! か、勝てるのですか?」

「わかりません。……ですが、それでも戦うのが騎士ですから」


 パルメダさんはきっぱり言うと、長い黒髪を靡かせながら馬車の扉から身を躍らせる。

 俺はそんな彼を、呆然と見送ることしかできなかった。 

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