未来の店を見に行こう~鹿肉のサンドイッチを添えて~3
パルメダさんの褐色の肌を這うようにして、涙が幾筋も伝う。
彼は一体どうしたんだ。まさか、サンドイッチが泣くほど不味かったのか!?
「パ、パルメダさん。美味しくなかったですか?」
「おっと……。これは失礼しました」
声をかけると、パルメダさんはサンドイッチを持っていない方の手で自身の涙を拭う。
そしてサンドイッチをもう一口、口にした。
──どうやら、サンドイッチが不味いわけではないらしい。俺は内心胸を撫で下ろした。
「ショウ殿、とんでもなく美味です。繊維を感じることなく噛み切れる、柔らかな肉。咀嚼をするたびに湧いてくる旨みに満ちた肉汁。高貴な味わいの肉の旨さを引き立てる、塩と胡椒のあっさりとした味つけ。仄かに感じるノゲシの苦み。添えられたマスタードが、それらに素晴らしく合いますね……!」
パルメダさんは早口で言いながら、サンドイッチを平らげてしまう。そして、二個目に手を伸ばした。
俺もとっとと食べないと、パルメダさん一人で平らげてしまいそうな勢いだな。そう思った俺は、自身もサンドイッチに手を伸ばす。
「お口に合ってなによりです」
そう言ってから、俺もサンドイッチにかぶりつく。
……うん、美味いな。
ほどよい旨みの肉汁を舌の上で感じながらしみじみと思う。最初は薄めに肉を切るつもりだったのだが、驚くくらいに肉が柔らかく臭みや癖がまったくなかったので考え直してぶ厚く切ることにした。結果、満足感がある食べ応えになったので正解だったな。
食肉用として育てられたわけではないのに、このポテンシャルはすごい。
ジビエは味にばらつきがある。完全に管理されている家畜と違い、その個体の置かれた環境や年齢がそれぞれ違うからだ。
果樹園の果実を盗み食いするハクビシンを捕まえて食べたら大層美味かった……なんて話も聞いたな。はた迷惑なことだが果樹園の果実をたっぷり食べて、その旨みを体に蓄えていたのだろう。
ちなみに。現代日本で害獣の駆除をするためには、狩猟免許と行政の許可が必要である。害を与えられたからといって、好き勝手に駆除できるわけではないのだ。
このオオツノジカは、どんな環境で育った個体だったのだろう。そんなことに思いを馳せる。潤沢な食糧がある環境で生きてきたことは、この味からしてたしかなのだろうが……。
「……本当に美味い。椛音が持ってきてくれた食材のおかげだな」
つぶやきながら、椛音ののほほんとしたタヌキ顔を思い浮かべる。
「もちろん、食材のよさのおかげもあると思いますが。ショウ殿の調理が丁寧だから、ここまで美味しくなったのだと思いますよ」
するとパルメダさんが三つ目のサンドイッチに手をつけながら、そんなふうに褒めてくれた。そう言ってもらえると、照れくさいけど嬉しいものだな。
「……ありがとうございます、パルメダさん」
「ショウ殿の店はきっと繁盛するでしょうね。もちろん私も常連になるつもりです」
パルメダさんはそう言うと、口角を柔らかに上げて笑う。くっ……眩しい笑顔だ。
なににしても、常連が増えたようなのはありがたいことだ。
サンドイッチに舌鼓を打ちつつ軽い雑談をしている間に、馬車は道を進んでいく。
周囲の景色は自然豊かなものへと変わっており、民家はぽつぽつと遠くに見える程度になっていた。




