未来の店を見に行こう~鹿肉のサンドイッチを添えて~2
「サンドイッチの具材はなんなのでしょう」
隣に座るパルメダさんが、ワクワクした様子で訊ねてくる。
今日のサンドイッチの具材は、元いた世界でも食べられているものの毎日食卓に上がるような『メジャー』な食材ではない。
しかもこれは、椛音が勇者としての訓練中に狩ったものなのだ。
「オオツノジカの肉とノゲシを挟んでいます。ちなみに、オオツノジカは椛音が狩ってきたものです」
本日の食材は鹿。ローストビーフサンドの応用版のローストディアサンドだ。
食中毒が怖いので、肉の中心の温度に細心の注意を払いながら低温でじっくりと加熱している。
ノゲシは日本でもお馴染みの、たんぽぽに似た黄色い花を咲かせる野草である。ギザギザとした葉が特徴で、意外なことにこの葉がとても美味いのだ。ノゲシは生だと苦みが強く好みが分かれるため、今回は水に晒してから少し茹でている。すると苦みが軽減するのだ。生で食べた時のあの苦みも、俺は嫌いじゃないんだけどな。
ノゲシはこちらでもただの野草……というか雑草の扱いだったので、王宮の隅に生えていたものを遠慮なく引っこ抜かせてもらった。
「は……。オオツノジカ、ですか」
俺の言葉を聞いて、パルメダさんは目を丸くした。
「いやはや、カノン殿は恐ろしいですね。かなり高位の魔物じゃないですか」
「えっ、そうなんですか? たしかに、ものすごくでかい鹿ではあったけど……」
椛音がオオツノジカを持ってきた時の光景を俺は思い返す。
四メートルほどの巨大な鹿をぽいと投げられ、死ぬかと思ったな……。
「ええ、Aランクの魔物ですよ。その角のひと突きは岩を砕き、その地団駄は地面を抉り取ります。装甲はさほど厚くないですが、容易に倒せる相手ではありません」
──うちの姪は、そんなにすごいのか。
ふだんのぽやぽやとした様子の椛音を思い浮かべながら、俺は冷や汗をかく。
「ちなみに、その肉はとても美味です。ええ、いわゆる高級食材というやつですね」
オオツノジカが『高級食材』というのは、納得だ。筋が少なく霜がほどよく乗った美しい赤身は臭みがまったくなく、味見をすると旨みがとても強かった。これが野生のものなのかと、心の底から驚いたものだ。
「先ほどおっしゃっていたノゲシというのは野草の……ですよね? 食べられるのですか」
パルメダさんが、サンドイッチから顔を出すノゲシを見つめつつ首を傾げる。
「ええ、食べられます。少し苦みはありますが、美味しいですよ。俺は好きです」
「そうなのですね。ああ、食べるのが待ち遠しいですね」
パルメダさんは頬を紅潮させ恍惚の表情でこちら──ではなく、俺の手元にあるサンドイッチを凝視する。
綺麗な形の唇の端からはよだれがたらりと垂れており、せっかくの美男子が台無し……にはなっていないな。見る人によっては今の彼を見て『色っぽい』と形容するのだろう。美形はどんな顔をしていても美形なのだからずるい。
「どうぞ食べ──」
「では、遠慮なく」
パルメダさんは俺に『食べてください』を最後まで言わせず、高速で食前の祈りを捧げる。
そして祈りを終えるとサンドイッチに手を伸ばした、のだろう。
その速度は俺の目で捉えられるようなものではなく、気がつけばサンドイッチは彼の手に収まっていた。
「本当に美しい赤身ですね。いい具合に霜も降っている……。この黄色はマスタードですか? 味のアクセントにとてもよさそうだ」
パルメダさんはうっとりとした口調で言いながら、まじまじとサンドイッチを眺める。
食べる前からそんなに大げさな反応をされると、なんだか照れてしまうな。
「それでは……」
パルメダさんは上品に口を開け、サンドイッチを口にする。そして、目を閉じて咀嚼をはじめた。
恐らく美食家なのだろう彼の反応を、俺は戦々恐々とした気持ちで待つ。
「う……」
美しい唇から呻きが漏れ、パルメダさんの目の端から涙が零れる。
その光景を見て、俺はただただ呆然とするしかなかった。




