異世界に召喚されました~オートミールのオムライスを添えて~11
店を出すと決めたからには、場所を決めねばならない。
アリリオ殿下が物件を見繕ってくれる間、俺は城に滞在することになった。
椛音は勇者としての修行があるらしく、毎日忙しそうにしている。
その姿は楽しそうで、俺は少しばかりほっとした。
──元の世界には、帰れないんだな。
用意された部屋の窓から剣の訓練に励む椛音を眺めながら、そんなことをしみじみと思う。
親戚とは姉の死以来疎遠だったし、椛音を育てはじめてからは日々を生きることに必死で友人たちとも疎遠になってしまった。恋人なんてものも、ここ三年ほどいない。
親身だった祖母も亡くなり、あちらには未練らしい未練はない。
だけど、少し寂しくはあるな。なんだかんだで、あそこは俺が育ってきた世界なのだから。
「ショウ、入っていいか?」
部屋の扉がノックされ、そんな声をかけられた。この声は、アリリオ殿下だろう。
「もちろん、どうぞ」
「失礼する」
入室の許可を口にすると扉が開き、紙束を抱えた侍従を伴った殿下が部屋へ入ってきた。
侍従が手にしていた紙束を机の上に広げ、それを俺は覗き込む。そして、目を瞠った。
「これは……」
「こちらで確保できる、店に使えそうな空き物件の一覧だ」
そう。机に広げられたのは、王都とその周辺の地図、そして物件の外観図と見取り図だった。
さまざまな物件の用意がされているようで、卓上に広げられた紙は二十枚以上ありそうだ。
この殿下、ツンツンしているが親切である。
「僕のオススメは、王都のメインストリートにあるこの店舗だな」
アリリオ殿下はそう言いながら、地図の一角を指し示す。同時に、紙束から該当する物件の見取り図と外観図を抜き出した。
「……ふむ」
よい物件だと思う。広さはじゅうぶんすぎるくらいだし、なにより好立地だ。馬車の停車場も大きく取ってあり、混雑にも対応できそうだ。しかし……。
現状ではこのような場所に店を構えるのは、リスクが高いように思える。
王家お墨付きで王都の好立地に店を開いた異世界人。それも召喚された『勇者』の身内なんて、あまりにも目立ちすぎやしないか? 『勇者の叔父』であることを伏せれば……いや。俺の身分は王宮にいる誰かから漏れてしまうだろう。
目立った結果。身代金目的などの誘拐、海千山千の者たちからの『派閥争い』を意識した接触、詐欺師の接近。そんないろいろな面倒事が起きることは容易に想像がつく。それに対して、この世界での知識が薄い俺が対処できるのか? こんな好立地だと、従業員を雇わないとならないだろうし……。軌道に乗るまでは、コストができるだけかからない形で経営はしたい。
それになにより、『しっくり』こないんだよなぁ。俺は繁華な場所で商売をしたいタイプじゃなくて、こじんまりとした店を持ちたい派なのだ。
そんなことを考えながら、数々の図面を眺める。
──その時。ひとつの物件が目に留まった。
「こちらの歓楽街に近い店舗もよいかもしれない。このあたりの酒を提供する店は、どこも繁盛して──」
「──殿下」
「なんだ?」
話を遮られたアリリオ殿下は少し不快そうな顔をしつつも、返事をしてくれる。うん、やっぱりいい子だな。
「アリリオ殿下。ここがいいです」
俺の言葉に、アリリオ殿下が目を丸くする。
「は……? そこか? それを持ってきた僕が言うのもなんだが、王都からはだいぶ離れているぞ」
「えっと、ですね」
感じた懸念のことを話せば、アリリオ殿下は少しの間沈黙しつつ思案する。その横顔はまるで彫像のように綺麗だ。
「王都から離れても、噂を聞けば妙な輩は現れると思うが……。いや、たしかにその数は減るのか?」
アリリオ殿下は口元を手で覆い隠しながら、ぶつぶつと小さくつぶやく。
そして、俺の方をちらりと見た。
「ショウ。お前が店を開くのと同じ頃に『お前は役立たずだから、王都を追い出された』という噂を流そう」
「……なるほど。役立たずだと聞けば、興味を持つ者たちが減りますものね」
「ああ。噂は噂で塗り潰してしまおう」
そう言いながらアリリオ殿下は長い足を組み、悪い顔でにやりと笑う。
アリリオ殿下は──ただの『いい子』ではないのだな。
この方は権威側の人間なのだと、その風格ある佇まいを眺めながら俺は少しばかり考えを改める。
「加えて、護衛もつける」
「護衛、ですか」
「ああ。王宮騎士団や教会の者の中から、誰か選抜しよう」
「えええ! そんなの申し訳ないですよ!」
王宮騎士や教会の人々は、身分が高いやんごとなき方々に違いない。
俺なんかを守らせるのは、もったいないと思うのだ。
「遠慮はするな、『叔父上』」
長いまつ毛に囲まれた瞳を細めながら、アリリオ殿下は微笑みを浮かべる。
──まだ、アリリオ殿下の『叔父』になるつもりはないんだがなぁ。