異世界に召喚されました~オートミールのオムライスを添えて~10
そんなわけで、椛音は勇者とやらになるらしい。
──じゃあ俺は、どうしようかという悩みが発生するわけだが……。
「うーん。俺はどうしようかな」
「ショウは料理人なのだろう? 城で働けばいいのではないか?」
「……ちょっとそれは」
アリリオ殿下の申し出に、俺は苦笑いで返す。
「なぜだ?」
するとアリリオ殿下は首を傾げた。
「皆様きっと、ご自身のやり方に誇りを持ってお仕事をされていると思うんです。そこに異世界の住人である俺の流儀を持ち込むのは、揉め事の種になりかねないので」
料理人というのは、自信の仕事にプライドを持っているものだ。
フランス料理の店で別のジャンルのメニューを提案されても嫌な顔をされるだろう。そしてたぶん、いや絶対に揉め事になる。
酒類を出すタイミング、料理の順番、食器の使い方などの作法的な部分に関しては郷に入っては郷に従えと思えるが、食材の調理方法などに関して俺が口を出さないことは難しい。
美味く食べられる別の調理法を知っているのにそれを除外することは、どうやっても『もったいない』と感じてしまう。
それが伝統だと言われても、ロールドオーツのポリッジだけでは満足できないのだ。
……宮廷料理人なんて面倒な人々と、バトルする気は俺にはない。胃痛で死ねる自信がある。
融通が利きそうな街中の食堂でも紹介してもらおうかな。新メニューの考案をしても角が立たないくらいに、おおらかな店がいい。
「じゃあ、自分の店を持てばいいじゃん。もちろん、アリリオの出資で!」
満足そうに腹を撫でていた椛音が、『いいことを思いついた!』という顔で言う。
「僕の出資で……?」
当然ながら、アリリオ殿下は怪訝な顔だ。俺も目を丸くしながら、椛音を見てしまった。
「そんなの当然でしょう? 叔父さんのこと勝手に呼びつけて、そのまま放置ってひどすぎない?」
うちの姪は、本当に押しが強い。
「それは……カノンの言う通りだ」
そして、アリリオ殿下は押しに弱いようだ。
アリリオ殿下が尻に敷かれる未来が容易に想像がつくな。……可哀想に。
殿下は、俺の方を見ると口を開く。
「ショウが望むなら、店の準備はこちらでしよう。仕入れルートなどの構築も手伝いをする。どうだ?」
そして、そんなことを言った。
……自分の店を持てる? 本当に?
昔諦めざるを得なかった夢を、また見ることができるのか?
夢を諦め椛音を育て上げたことへの後悔は、まったくしていない。
けれど、夢の残滓が心のどこかでくすぶっていたのも事実なのだ。
その夢を異世界で果たせるなんて、人生どうなるかわからないものである。
「アリリオ殿下。……本当に、いいのですか?」
「僕に二言はない」
きっぱりと言われて、じんと胸が熱くなる。
俺の……店か。
胸が高鳴り鼓動が速くなる。
胸の前で拳をぐっと握りしめながら、俺は口角を上げた。
「俺の、店……か」
「やったね、叔父さん!」
いつの間にか席を立っていた椛音が、こちらに抱きついてくる。
「ああ、そうだな」
姪の頭をくしゃりと撫でながら、俺は明るい未来への想像を膨らませた。




