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第18話 社畜は洞窟に嫌われる

 翌朝、俺は洞窟内の冷たい空気で目を覚ました。


 洞窟の天井には小さな水滴がぶら下がり、ぽたぽたと地面に落ちる音が微かに響いている。外はまだ薄暗い。昨夜、ここに逃げ込むようにして眠ったけど、やっぱり床は硬くて寝心地は最悪だった。体がバキバキに痛む。腰とかもう限界なんですけど……。


「ふぅ……」


 身を起こし、軽く背伸びをする。焚火の残り火がまだくすぶっていたから、手早く枝をくべて火を強くした。暖かさが戻ってくると、ようやく少しだけ安心できる。


 さて、まずは食料の確保だ。


 洞窟を出て、森の中を歩く。周囲を警戒しつつ、食べられそうなものを探していると、小さな赤い果実が実っている木を見つけた。


「……これならいけそうだな」


 見つけたのは、小さな赤い果実。確か《レッドベリー》とかいうやつだ。テルラとミルラの畑に植えてあったのを思い出す。甘酸っぱくて、水分も多め。毒は……なかったはず。でも念のため、ここはしっかり確認しとくか。


「《鑑定》!」


 ピロン、と視界の端に小さなウィンドウが出現。


──《レッドベリー》:甘酸っぱい果実。栄養価は高いが、食べすぎると腹を壊す。


「……まあ、ほどほどになら大丈夫ってことか」


 適量を摘んで袋に詰め、洞窟に戻る。そして焚火のそばで果実を軽く炙って食べた。口の中に広がる甘酸っぱい風味。


「……うん、悪くない」


 そこまで満足できる食事じゃないけど、これで少しは体力が回復するはずだ。


 ふと、洞窟の奥が気になった。


 昨日は疲れていたから、あまり奥まで確認していなかった。けど、今なら少し探検してみてもいいかもしれない。


「よし……行ってみるか」


 焚火に木をくべ、洞窟の奥へと足を踏み入れる。


 中は思ったよりも広く、天井も高い。壁には苔のようなものが生えていて、微かに光を放っていた。完全な暗闇ではないが、それでも慎重に進む。が、しばらく歩くと、違和感を覚えた。


「……ん?」


 洞窟の奥から響く唸り声に、背筋が凍るのを感じた。暗闇の向こうで、何かが蠢いている。耳を澄ますと、奥の方から低いうなり声が聞こえてきた。


 ゴォォ……ゴォォ……


 え、待って待って。これ、もしかしてヤバいやつ?


「まさか……」


 息を殺し、岩陰に身を潜めながら、目を凝らす。


 次の瞬間、影が揺らぎ、巨大なシルエットが現れた。


 ──魔物だ。


 輪郭はぼんやりとしているが、四足で歩く獣のような姿。鋭い爪が岩を削る音が響き、壁を照らす微かな光に、ぎらつく牙が浮かび上がる。


「……チッ」


 この洞窟、どうやら俺が寝床にするには適してなかったらしい。


 しかも、さらにヤバいことに気づく。


 俺、逃げ道ふさいでね?


 洞窟の奥に進みすぎたせいで、後ろは行き止まり。来た道を戻ろうにも、今そっちには魔物さんが鎮座している。


 詰んだ。


 俺はそっと腰に手をやり、剣を握る。


 頼りないが、今はこれしかない。


 魔物はまだ俺に気づいていない。だが、時間の問題だ。


「……やるしかねぇか」


 深く息を吸い、慎重に足を踏み出す。


 剣を構え、じりじりと間合いを詰めた瞬間──


 魔物の赤い瞳が、俺を捉えた。


「グルルル……」


 ──来る。


 魔物が低く唸り、地面を蹴った。


 一瞬で距離を詰め、鋭い爪が横薙ぎに振るわれる。


「っ!」


 ギリギリで身を引き、剣を立てて受ける。しかし、まともに防げるはずもなく、衝撃で腕が痺れる。


 ──速い。しかも、パワーが桁違いだ。


 まともに喰らえば、一撃で終わる。


「クソッ……!」


 剣を握る手に力を込めようとしたが、ふと気づく。


 ──魔力が、足りない。


 昨夜、家を作ったのを思い出す。


今の俺の魔力量はほぼゼロに近い。


 つまり、魔法は使えない。


「最悪のタイミングだな……」


 剣一本でこの魔物と戦うしかない。しかも、相手は素早く、力も強い。真正面からぶつかれば、勝ち目は薄い。


 どうする……?


 魔物は低く身を沈め、今にも飛びかかろうとしている。次の攻撃を受ける余裕はない。


 俺は必死に思考を巡らせた。


 逃げ道はない。魔法も使えない。剣一本だけで、この魔物と戦うしかない。


「……やるしかねぇ」


 覚悟を決め、剣を構え直す。魔物の動きを見極め、一瞬の隙を突くしかない。


 魔物が一歩踏み込むと同時に、俺も地面を蹴った。


 次の瞬間──


「っ!」


 鋭い爪が横薙ぎに振るわれる。その軌道をぎりぎりで見切り、後方へ跳ぶ。爪は俺の頬をかすめ、岩壁に深々とめり込んだ。


「チッ……速ぇな」


 このままではジリ貧だ。反撃のチャンスを探さなければ。


 魔物はすぐさま体勢を立て直し、再び俺に向かって突進してくる。


「だったら……!」


 俺は咄嗟に焚火の方へと駆け寄った。


 燃え盛る炎──これを利用しない手はない。


 魔物が突進してくるのを横目で確認しながら、焚火の中にあった半焼けの木の枝を掴む。炭化した部分が崩れ、細かな火の粉が舞った。


「これでどうだッ!」


 俺は燃えた枝を思い切り振りかざし、魔物の顔めがけて投げつけた。


「グギャッ!?」


 狙い通り、魔物は燃え盛る枝に驚いてひるんだ。炎の熱と煙が目に入り、後退する。


(今だ!)


 この一瞬の隙を逃さず、俺は一気に距離を詰めた。


 剣を両手で握りしめ、思い切り横薙ぎに振るう──!


「おおおおおッ!」


 剣の刃が魔物の横腹を裂いた。


「グギャアアアア!」


 魔物は苦痛にのたうち回りながら、洞窟の奥へと逃げていく。


 俺は肩で息をしながら、剣を下ろした。


「……はぁ、はぁ……なんとかなった、か?」


 完全に仕留められたわけじゃないが、とりあえず危機は脱した。


 焚火の炎がゆらめく中、俺は冷や汗を拭いながら、改めて思った。


「この洞窟、絶対に寝床に向いてねぇ……」

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