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第17話 不器用な旅の始まり

「ヨウマ。本当に行くのか...。気をつけるんだぞ」


 テルラの低く、渋い声が夜明け前の静寂に響く。普段は寡黙な人だけど、こういうときは口数が増える。それだけ心配してくれているのが伝わってきた。


「心配でたまらないわ。たまにはまた会いに来るのよ」


 ミルラは泣きそうな顔で俺の手をぎゅっと握る。その温もりが、妙に心に染みた。


「大丈夫。そんなに心配しなくても、死にはしないよ」


 俺は無理にでも笑顔を作ってそう言った。


 15歳。俺はこの日をずっと待っていた。あの日以来、俺は修行を続けてきた。力が足りなかった自分を責め続け、絶対に追いつくと誓った。だからこそ、この村を出る。


「じゃあ、母さん、父さん。行ってきます」


 村を出てから、二時間弱が経った。


 魔物は——まだ出てこない。


 俺は淡々と一本道を歩きながら、深くため息をついた。正直、予想外だった。初めての旅なんだから、もっとこう、ド派手な展開が待ち受けてると思ってたのに。たとえば、巨大な魔物に襲われるとか、運命的な出会いを果たすとかさ。


「……実に暇だ」


 独り言が、森の静寂に吸い込まれていく。


 遊び道具なんて持ってきてないし、話し相手もいない。これがこんなに辛いとは思わなかった。そろそろ、精神が崩壊しそうだ。


 いや、冗談じゃなく。


 俺の初期装備は、金貨が数枚と「もしもの剣」だけ。もしもの剣って名前のくせに、そんなに強い剣でもない。ただの鉄製の片手剣だ。万が一のために持ってきたけど、正直心もとない。


 テルラやミルラには「大丈夫だから」なんて強がったけど、今はめちゃくちゃ後悔している。


「せめて弓の一本でも持ってくるべきだった……」


 剣を腰の鞘から少し引き抜いてみる。刃は鈍く光っているが、どう見ても一級品ではない。これで本当に戦えるのか? いや、戦わなきゃいけないんだけどさ……。


 それでも、ここで立ち止まっていても仕方がない。


 まずは拠点を作らなければ。


 旅は始まったばかりとはいえ、野宿する羽目になるのはほぼ確定だ。まともな街にたどり着くまでどれくらいかかるのかも分からない。だったら、せめて一晩を凌げる場所を確保しておいたほうがいい。


 俺は周囲を見回し、木々が密集している場所を探し始めた。ある程度太く、しっかりとした木が並んでいるエリアを見つけると、そこを拠点に決める。


「さて、と……」


 まずは木を切らないと始まらない。普通の人なら斧を使うところだが、俺には魔法がある。


 右手を前に突き出し、軽く息を整える。そして——


「《マナショット》」


 手のひらから淡い青白い光が放たれ、小さな魔法弾が木の幹に炸裂した。


「……ふむ」


 狙い通り、幹の一部が抉れた。しかし、一撃では倒せない。やはり基礎魔法では威力が足りないか。


「《マナショット》!」


 連続で撃ち込む。二発、三発、四発……やがて、木はゆっくりと傾き、バキバキと音を立てながら倒れた。


「よし、こんなもんか」


 これを繰り返し、数本の木を伐採する。倒れた木々を整理するのは、少し面倒だ。


 そこで、次の魔法を使うことにした。


「《リフト》」


 浮遊魔法の一種で、物体を持ち上げることができる。


 俺の周囲に倒れた木々が、ふわりと宙に浮かび、ゆっくりと地面に並べられていく。こうすれば、効率よく木材を整理できる。


「さて、次は枝を払って……」


 腰の「もしもの剣」を抜き、器用に枝を切り落としていく。これは単純な作業だが、黙々と手を動かすのは悪くない。ある程度まとまったら、丸太を適当な長さに切り揃え、簡単な壁を作るために並べた。


「とりあえず、壁と屋根だけでも作れれば、雨風は防げるはず……」


 壁を立て、屋根をかけ、風雨を凌げる程度のシェルターが完成した。


「……まあ、悪くないな」


 腕を組んで、自分の作った拠点を眺める。


 木材を組み合わせただけの簡単な作りではあるが、野宿するよりははるかにマシだ。雨風を防ぐだけでなく、魔物が出たときの防壁にもなる。何より、こういうのは気持ちの問題だ。寝床があるだけで安心感が違う。


「……これで一安心だな」


 そう呟いて、ようやくできた拠点を眺める。


 壁があって、屋根があって、まあ最低限の作りだけど、一晩過ごすには十分なはず——だった。


「……だったのに!!」


 バキバキバキッ!!


 突如として木々が音を立て、一瞬で崩れていく。


 俺の家が、見るも無残に崩壊していく。


「……マジかよ」


 俺は呆然と立ち尽くした。いやいや、せっかく苦労して作ったんだぞ!? なのに、こんなにもあっさりと崩れるなんて……。


「くそ……かなり難しいな……」


 気を取り直し、再び家作りに挑戦する。


 だが、作っては壊れ、作っては壊れ……を繰り返すこと数十分。


「……もうやめだ!!」


 俺は剣を地面に突き立て、ガックリと肩を落とした。


 これじゃキリがない。家が完成する前に日が暮れてしまう。それどころか、俺の精神が先に崩壊しそうだ。


「くそっ、拠点作りってこんなに難しいのか……?」


 魔法である程度楽に作業できるとはいえ、やっぱり基礎的な知識がないとまともな家は作れないらしい。


「もう木造は諦めよう……他に使えそうな場所を探すか」


 俺はため息をつきながら周囲を見回し、別の寝床になりそうな場所を探すことにした。


 少し歩くと、森の奥に小さな洞窟が見えてきた。


「……あれは?」


 洞窟の入り口はそこまで大きくないが、中を覗き込むと意外と奥行きがある。


「ここなら……いけるか?」


 外敵から身を守るには、開けた場所より洞窟のほうがずっと安全だ。しかも、壁や屋根を作る必要がない。もしかしたら、最初からこっちを探していればよかったのかもしれない。


「よし、決めた。今日の寝床はここにする!」


 俺は洞窟の中に足を踏み入れ、適当な場所に荷物を置いた。


 洞窟の床は思ったよりも平らで、寝袋さえあれば十分に休めそうだ。湿気もそこまで酷くないし、何より野ざらしよりは圧倒的に快適そうだ。


「とりあえず……寝袋をセットして、と」


 俺は荷物の中から寝袋を取り出し、洞窟の奥に敷いた。これで、いつでも寝られる準備は整った。


「……はぁ、やっと落ち着ける……」


 俺は寝袋に腰を下ろし、深く息をついた。


 今日は村を出発して、歩き続けて、家を作っては壊し、結局洞窟に辿り着いた。


「まったく……俺の旅、大丈夫なのか?」


 そんなことを考えながら、俺は目を閉じた。

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