第15話 スキルなしの少年
俺とリリアがホーンピッグのリーダーと対峙してから、早くも二週間が経った。
あの時は、ガス欠寸前で撤退するしかなかったけど、無茶しなくて本当に正解だった。
もしあのまま戦い続けてたら――今ごろ、俺たちはホーンピッグの胃袋の中だったかもしれない。
……それにしても、リリア、強すぎじゃね?
俺もそれなりに自信はあったけど、あいつの風属性魔法には、正直なところ全然ついていけなかった。これも才能という事なのか...。
くそ、次こそは負けねえぞ……!
――なんてことを考えてる場合じゃない。
今日は俺の運命が決まる日、そう――「鑑定の儀」だ。
「ヨウマ、準備はできた?」
ミルラの声が響く。
俺は寝ぐせを軽く直しながら、「もうすぐ!」と答える。
鏡を見ると、昨日からずっと緊張していたせいか、なんとなく顔がこわばっている気がした。
「鑑定の儀」は、10歳を迎えた子供が教会に行って、自分の持つ 「ユニークスキル」 を確認してもらう儀式だ。
たとえば、「剣技」スキルがあれば剣士向きだし、「弓術」なら弓使い。
「鍛冶」とか「錬金術」なんかのスキルを持ってたら、戦闘には向かないけど 職人として成功する道 もある。
本音を言えば、チートスキルが欲しい!
伝説の英雄が持っていた「時間操作」とか、魔王が使ってた「無限再生」とか……
まぁ、そんなぶっ壊れユニークスキルを持ってるのは、基本的に 歴史に名を残すレベルのチートな奴ら だけなんだけど。
そんな 微かな期待とドキドキの緊張 を抱えながら、俺は支度を終え、家のリビングへと向かった。
「お待たせ!」
リビングでは、ミルラとテルラ、が俺を待っていた。
「ちゃんと服は整えた?」
「お腹空いてないか? 緊張しすぎて倒れたら笑っちゃうぞ?」
テルラがニヤニヤしながら言う。
くそ、朝から煽ってくるとは……!
「大丈夫だって! ほら、行こう!」
テルラが笑いながら俺の肩をポンと叩く。
「よし、では行こうか」
こうして、俺たちは家族全員で 教会へと向かった。
教会の中は、神聖な雰囲気が漂っていて、妙に静かだった。
天井から降り注ぐ光が神々しくて、なんだか俺たちが偉い存在になったような気分になる。
俺と同じ年の子供たちが並んで、次々と名前を呼ばれていく。
ひとりずつ、水晶に触れて、スキルを鑑定してもらうのだ。
「次、リリア」
リリアの名前が呼ばれると、俺は思わず息をのんだ。
あいつのスキル、いったい何なんだ……?
リリアは堂々と前に出て、水晶にそっと手をかざした。
――すると、
水晶が淡く光り、司祭が彼女に何かを告げる。
鑑定の儀では、ユニークスキルの詳細は本人しか知ることができない。
それが、スキルを悪用しようとする者から子供たちを守るためのルールだ。
リリアは真剣な表情で司祭の言葉を聞いていたが、次の瞬間、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
(やべえ、絶対なんかすごいの持ってる顔だ……!)
そんな俺の不安をよそに、ついに名前が呼ばれる。
「次、ヨウマ」
司祭の声が響くと、教会の中が一瞬だけ静まり返る。
リリアの鑑定の後だからか、みんなの視線が俺に集まっている気がする。
……いや、気のせいじゃない。
(くそ、なんかめちゃくちゃ緊張してきた……!)
でも、逃げるわけにはいかない。
俺は深呼吸をして、堂々と水晶の前へと歩を進めた。
水晶の輝きが収まり、神殿の中に静寂が広がった。
俺は息をのんで、司祭の言葉を待つ。
しかし――
「……これは……っ!?」
司祭が動揺したように俺を見つめ、水晶にもう一度手をかざした。
そして、信じられないといった表情のまま、絞り出すように言葉を発した。
「……スキルなし、だと……!?」
――え?
一瞬、俺の頭が真っ白になる。
周囲が一斉にどよめいた。
「え、スキルなし!? マジで!?」
「ええーっ!? そんなのあり得るのか!?」
「うわぁ……ハズレじゃん……」
クスクスと笑い声が聞こえてくる。
司祭も驚きすぎたせいか、思わず大声で発表しちまったみたいだ。
本来なら ユニークスキルの有無は本人だけが知る ルールなのに――
俺は状況を理解するのに数秒かかった。
そして、目の前の事実をようやく飲み込む。
(……俺、スキルなし?)
それって、つまり…… 俺には何の特別な力もないってことか!?
――いや、ちょっと待て。もしかして、これって異世界人特有の、あの「能力なし」ってやつか!?
よく聞く話だ。異世界から転生してきた奴らには、時々「何もない」っていう、スキルが一切付与されない者がいるって。
もしかして、俺もそのタイプか?
――スキルなし、だと?
頭の中が真っ白になった。誰もが持ってるっていう、あの「ユニークスキル」――俺には、何もないってことか?
周囲のざわめきが一気に耳に入ってきた。
「え、スキルなし!? あり得るの!?」 「うわー、マジでハズレかよ……」
クスクスと笑い声が聞こえてきた。まさに、俺の心の中に重い氷の塊が落ちたような気がした。
「ヨウマ……スキルなし……?」
ミルラの心配そうな声が、俺を引き戻した。振り向けば、彼女の表情もテルラも、なんだかショックを受けてるみたいだった。
「だ、大丈夫だって! こんなこと、どうにかなるさ!」
俺はとりあえず、強がりを言うしかなかった。だって、こんなとき、どうすることもできないじゃないか!
――でも、そのときだ。
「ヨウマ!」
リリアが俺の前に現れ、驚いた顔で俺を見つめてきた。そして、少しの沈黙の後、彼女はにっこりと笑って言った。
「大丈夫だよ、ヨウマ。スキルなんてなくても、私はずっと一緒だよ?」
その言葉に、胸の中にあったモヤモヤが少しだけ軽くなった気がした。まるで冷えた心に温かい風が吹き込んだような、そんな感覚。
――そうだ、スキルなんてなくても、俺は俺だ。周りの子供たちの中で、スキルなしだと気にしているのは無駄だってこと、気づかなきゃいけない。絶対に自分らしいスローライフを送ってみせる。
――これからだ、俺の本番は。
心の中で、力強く誓った。