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ブラント・ブルース・ブラッド  作者: 皆空 逸
第一章 脚は縺れて 永渇砂漠国タスバロッコ
9/9

この生活に名前があるとしたら

前投稿から期間があいてしまい申し訳ございません。週一ペースでぎりぎりという自分の生活が恨めしいです。

よろしければご覧ください。

転移182日目。今日から日記兼メモ帳をつける。

182日目というのは、空が明るくなって、暗くなって、また明るくなるまでを1日とカウントしているだけで、正しく24時間経っているのかは定かじゃない。(体感だとそんなに地球と時間の流れは変わらない気がする。)


 この日記は自分がこっち(異世界)に来てからどれだけ経つのか、何を考えて生きていたのかを忘れないようにするために書く。後はこの世界での常識や社会通念をまとめたメモ帳、異世界語の単語帳としても活用していきたい。

こっちに来てから半年程経過した。ようやく、レイサ限定で、単語と単語でのコミュニケーションならとれるようになってきたため、日記が欲しいことをレイサに伝えることができた。


 日記を書くにあたって、紙もインクも簡単に手に入ったのは助かった。インクはともかく、紙は地球だと質のいいものは結構高価だった時代もあったはず。レイサに聞いたところ、魔術─そう書いてからグシャグシャと上から塗りつぶして消す─魔技で大量生産できるらしい。…この『魔技(マギ)』って言葉に慣れない。


 どこまで正しく訳せているかは何とも言えないが、レイサが言うには、

『魔技』は魔力を用いた「技術」。体系化され、効率的な習得方法が研究・マニュアル化されたもの。訓練や学習を経て、習得速度や最終的な到達点には個人差はあっても、誰でもできるようになること。要するに、こっちでいう勉強とか、スポーツとか、就職先で学ぶこととか、そんな感じ。唯一違うのは、「魔力」を媒介として行っているということ。これはこっちの世界の人間で使えないものはまず存在せず、レイサも使える魔技があるらしい。

自分はどうなのだろうか。これがフィクションなら主人公は魔力を持たないものだが。


 もう一つ、魔技とは異なる、魔力を媒介とした力が存在するらしい。

使えるものは極僅かで、その習得方法も分かっていないものが殆どなのだとか。

所謂「神秘」や「奇跡」に近いものらしい。俺からすれば魔技も十分理解不能な代物だが、レイサ曰く、「理屈として成立していない業」らしい。それに名前があるとするのなら

『魔法』…になるのだろうか?

ちなみに魔技も魔法も自分なりに訳しているから正確な表現はよくわからない。



…書いてて恥ずかしくなってきた。高2にもなって中二病かよ。日記だから誰にも見られていないから書けることばっかりだな。

それにしても言葉が通じないときから分かっていたけど、夢がない。

スキルポイントとか、モンスターを倒したらレベルアップして技を覚えるとか、そういうのじゃない。魔力があってもやることは「ファイアーボールッ!」とかじゃなくて日々生活費を稼ぐため企業の一員として働くこと。異世界つまらない。


そういえば魔技の習得における、段階や練度にも名前があることを教えてもらった。日記の最後にまとめておこうと思う。


 約半年間に知ったこと、知った知識、あった出来事を書こうとするから凄い量になってしまう。

日記というか、しばらくはレポートみたいになりそうだ。

ここからは、砂漠で倒れたあの日、レイサと出会ってから、今日に至るまでの出来事を記そうと思う。



 初めの1か月は本当に大変だった。言葉が一切通じないから、コミュニケーションのテンポが悪い。特に最初の1.2週間は、トラブルだらけだった。お互いの伝えたいことが伝わらない、なんてのは可愛い方で、トイレしているところを見られたり、風呂入っているところを見てしまったり。(以外にもシャワーのような、頭から水を被ることのできる機構が存在していた。飲み水にも生活用の水にもに困っていないようだったし、地球だと砂漠の水は貴重、ってイメージだったけどそうでもないのか?)

…あれは本当に申し訳ないことをした。両手の爪によるひっかき攻撃、噛みつき攻撃だけで、追い出されずに済んだのは奇跡だった。まじで頭真っ白になった。心臓のバクバク具合だったらこっちの世界にとばされる抽選会の時以上だったかもしれない。謝り倒して許してもらえたが、下手したら通報モノだ。…この世界に警察のような組織はあるのだろうか?


 そのあとからは、徐々に相手の考えていることが分かるようになってきた。生活リズムをお互い把握できるようになったから、次に相手が何をしようとしているのかを理解して行動できるようになって、トラブルも起こさなくなった。会話もほぼ「レイサ」「海吾」だけでやり取りしてたし。ちょっと恥ずかしい。


 日々の家事も1月経った頃から手伝えるようになった。といっても部分的にだけど。

なにせ生活のちょっとしたことが「魔技」でまかなわれている。料理に使う火も、洗濯機に入れたときに発生する回転も、全部魔技だ。手伝いたくても手伝いようがない。レイサには「そのうちできる!」と言われたが、そもそもこの世界の人間じゃないからな。魔力なんて生成できないと思う。


 …度々話が逸れて申し訳ないが(自分しか見ない日記に申し訳ないも何もないが)、レイサには、俺が異世界から来たことは伝えていない。あの日の出来事を詳細に伝える為の語彙もないし、理解されないだろうから。もう恐らく戻れないほどに遠い国からきた、とだけ伝えてある。

(そういえば彼女はしばらくの間、俺のことをどこかに国の王族貴族と思ったのだとか。化学繊維のポロシャツや、合成革の内履きが高級品に見えたとかなんとか。)


 話を戻すと、そんなわけで俺ができることは殆どないものの、部屋の掃除や皿洗いなど、ちょっとした家事はやらせてもらっている。レイサは構わないと言ってくれたが、何もなしにいつまでも人の家に住まわせてもらうわけにもいかない。やれることはやるつもりだ。…家でも皿洗いくらいやればよかったな。別に部活が忙しいとか、毎日塾で猛勉強してるとか、そういう訳でもなかったのに。


 そして、家事とは別に「仕事」をしている。大体始めてから100日ほど経過しただろうか。

それが農業だ。元々レイサがやっていた仕事の一部を俺が代わりにやっている。初めに農場を紹介してもらったときは驚いた。まさか家の地下に畑があるとは…。地上は砂だらけで作物を育てられない環境とはいえ、光源を設置して地下のくりぬかれた洞窟(のような空間)で土を耕すのは予想外だった。この辺は異世界ギャップだな。元の世界の砂漠地帯って植物や野菜は育つのだろうか。サボテンが咲いているイメージしか浮かばない…。


 主な仕事は土を耕したり、雑草を抜いたり、虫を駆除したり。その辺は魔技ではどうにもできないらしい。というのも、魔技は一定の動きを繰り返すのには長けているが、精密な動作には向いていないらしい。耕す、という行為は何度も土を掘り返し、土壌を柔らかくする動作だ。(厳密には違うかもだが俺の認識はそんなもの)そこには、「もう少しこの辺を多く掘り返そう」「この辺りの土は硬いから入念に掘り起こそう」といった、意識として浮上しない意識での己の調()()が存在する。その辺りが、魔技ではうまくいかないらしい。土を耕す魔技もあるにはあり、練度次第では手作業より余程効率的らしいが、農作業を本職としているわけでもないレイサができるわけもなく、魔力を持たない俺もできない。

 同様に、どこにどれだけ生えているか、生息しているか分からない雑草も虫も排除するのは手作業だ。

地球でいうところの肥料をまいたり、収穫をするのは魔技でやってしまうらしい。


 ちなみにレイサが育てているのは、ジャガイモ(のようなもの)、のようなものだ。そこで採れた作物の一部を家で食べる分として確保し、残りを(タスバロッコ)の市場のような場所に卸すんだとか。俺は一度も同行していない。正直レイサ以外の人間と会うのが怖い。今の俺は身元不明の外国人だ。下手したら捕まる。レイサがとびきりの善人だったから偶々成立しているこの同居関係だが、誰も彼もがそうではないだろう。しばらくはこっちの世界の人間と関わりたくない。


 …


 そして、日中はレイサの家事や仕事の手伝いをして、夜になると、レイサからはこの世界の言葉や常識を教わっている。初めはこれも難航した。なにせ教わるための語彙が理解できない。数か月かけて、ようやく形になった。そんなわけで、ここからは、俺が学んだこの世界の常識を幾つかざっくりまとめておく。


 ・レイサの家は、『砂漠国 タスバロッコ』のすぐ近くにある。タスバロッコはレイサがそう発音したように聞こえたからそのままそう記してある。レイサはタスバロッコに接する砂漠地帯に住んでいた。地球だと発見済みの土地は必ずどこかの国の領土だったから、誰のものでもない土地、というのは理解できるようで理解できない。とはいえ実際にはタスバロッコの物みたいなモノであり、レイサの育ってきた、文化や風習はタスバロッコ由来のもので、あくまで地図上では「国外」。ということらしい。国内に住まないのかと聞いてみたら曖昧に笑っていた。まあ簡単に引っ越せるものでもないか。


・俺が転移した日から気になっていた太陽ないのに明るいし暑い問題。これは、レイサ曰く陽神(アルー)夜神(アヌー)が交代制で見守っているということであるんだとか。つまり朝昼の神様が俺たちを直視していると暑いし、夜の神様がこちらを見つめていると涼しくなるのだとか。地球において現代人として相応に知識を持った身からすると突っ込みどころがないわけでもないが、そこで暮らす人々がそういうならそうなのだろう。この話を認めると=神の存在を認めることになるが、…まあいいや。GMAの存在があるから、否定しきれないし、その辺の感覚は麻痺させておこう。


・ちなみに、その神様を含めてタスバロッコでは、『ハイウェバ教』を信仰しているものが多いらしい。どの世界にも宗教ってあるんだな。心の拠り所がなければ生きられないのはこっちも同じってことなのか、はたまた本当に神様がいるからなのか…。


・・・


 眠たくなってきた。自分の途中まで書いた日記を見返す。一日の量としてはかなりのものだ。書きたいことは他にもあるが、別に今日書ききらなければいけない理由もない。そろそろ寝よう。


 お世辞にも心地良いとはいえない、布団(というか布を重ねた物)に横になる。横ではレイサがすぅすぅと寝息を立てている。粗い布でできた服に身を包む、細身な少女を見つめる。

数か月暮らしていて分かったが、彼女は金銭的に余裕があまりない。切り詰めなければいけないほどではないのだろうが、生きるために日銭を稼ぐような生き方をしている。

自分の存在が彼女にとってどれだけ負担になっているのだろう。最近はいつも考えてしまう。言葉の通じない、魔技も使えない飯だけは食べる男との同居生活。共同生活というにはあまりにも彼女に背負わせているものの比重が高くなってしまっている。

もう後悔はしたくない。彼女に自分ができることは何かないだろうか。そんなことを考え、意識をまどろみの中に沈めた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

感想お待ちしております。

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