5話 ファーストコンタクトはジェスチャーゲームから
前話投稿から随分空きました。申し訳ございません。
書きたいことはあるのに書く時間が取れないことがとてももどかしいです。
それでは、ご覧ください。
此処はどこだろう…。何も見えない。聞こえない。
頭は砂漠に放り出された時よりも少しすっきりしている。ひんやりしていて気持ちが良い。海で仰向けになって流されているみたいだ。周りが真っ暗だから夜の海だろうか。家族旅行で行った、海辺のホテルの窓から眺めた景色を時を思い出す。本来はどこまでも透き通っているはずなのに、時間が変わるだけで表層の表情すら読み取れなくなる。見つめるだけで吞み込まれそうな深み。夜の海は潮水の塊なんかじゃなく、大きな「流れ」のように思えた。
漂っているだけで何もすることがないのでぼーっとしていると、ふとした考えが頭をよぎった。
朝母さんに「行ってきます」って言えばよかったな。もう多分一生言えない。なんなら「ただいま」も。
何で言わなかったんだっけ。違う。時間がなくて言えなかったんだ。何で時間がなかったんだっけ。
朝は弱くて起きられないからだ。これも厳密にはちょっと違う。夜更かしするようになったからだ。
そうやって言い訳してぎりぎりまで寝てるせいで、朝は母さんの顔すらまともに見てない。
…いつまで両親の顔を思い出せるかな。最後にちゃんと顔を見たのはいつだっただろうか。
「…い」
「…?」
ちょっとした思い出しが、次々と連鎖して、今日までのことを脳裏に書き起こす。
母さんが作ってくれたご飯、「おいしい」くらい言えばよかったな。そう思いながら食べてるんだから。
何も言わないで食べて、空になった皿だけ洗い場にもっていく自分を、母さんはどう思っていたんだろう。ご飯の中身だって自分の都合で朝時間なくて、毎回夕飯の残りじゃなくてわざわざ作ってくれてたのに。それに対して「ありがとう」なんて絶対言っていない。
「…なさい」
「!」
父さんとももっと話せばよかったな。父さんはいつも、朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくる。だから日中は会えない。でも夜は自分も夜更かししてるんだから、帰ってきたら顔くらい見せればよかった。「お帰り」くらい言えばよかった。帰ってきたのにも気づいていたけど、面倒くさいとすら思わずに無視して過ごしていた。
家族との会話する機会が減って、いつしか皆で出かけることもなくなった。
「…ごめんなさい」
「~~!~~~!!」
後悔ばかりだ。当たり前だけど、全部後になって、取り返しがつかない事態になって、悔やんでも悔やみきれない思いをしている。
自身の悔恨に比例するように、波の音が強くなってきた。さっきまでは聞こえなかったのに。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
「~~~!!~~~!!」
波音が激しくなる。体が波に流され始めた。これでよかったのかもしれない。いっそ深海の底にでも連れて行ってくれ。もう疲れた。どれのことを言っているのか自分でもわからないが、こんなに苦しくて悲しい思いをして、最後に後悔するくらいならもう死んでしまった方がいい。
波の流れが激しくなる。しかし、同時に光が差し始めた。夜明けに太陽が昇るように。黒い流れが透き通った海に還るように。
…変だな。こっちに太陽がないことはさっき確認したのに。あれ…。そういえばあれから自分はどうなったんだっけ…。
「~~~~~~!!!」
急速に意識が浮上する。水中に沈みこもうとしていた体が、強い光に引き戻される。
「…アァッ!!」
「!!」
はじかれる様にして体を起こす。何かが自分の腹元に落ちる感触がする。小さくパリパリと目脂が剥がれる音と共に、目を開くと、暖かな光が差し込んできた。光に導かれるように上を見上げる。
見上げた先には、藁のようなものが網目状に編まれた天井があった。その隙間から漏れるようにして光が入ってきていた。
視線を下に戻して呼吸を落ち着ける。跳ねる心臓を穏やかにしようと深呼吸をする。どうやら自分はうなされていたらしい。ため息とともに、熱を測るようにして手掌で額に触れる。少しひんやりする。そのことに自覚するとともに、先程胸元に落ちた物を拾い上げる。
それは布だった。少し湿っている。どうやら先ほどまではこの濡れた布が自分の額に乗せられていたらしい。それを理解するとともに、初めて人の気配が近くにあることに気づいた。
顔を横に向けると、そこには少女が立っていた。こちらを不安そうに見つめていたが、視線が合うとほっとしたように笑顔になる。
歳は自分よりも少し下だろうか。身長の低さや、顔にある幼さなからそんな風に思う。上下ともにくすんだ灰色の布を縫い合わせたと思われる服を着用し、胸元には石を削ったようなネックレスをつけ、腰には茶色の布を巻いている。どことなく、歴史の教科書か何かでみた、石器時代の人々の服装を想起させる。
「~~!~~。~~~?」
少女が何か語り掛けてくる。しかし何を言っているのかさっぱりわからない。
その声から自分がうなされていた時に彼女が声をかけ続けてくれたのだと分かったが、それは今重要じゃない。
…これから自身の身に起こる受難をまた一つ察してしまった。当然といえば当然だが、そこはもう少しご都合主義であってくれよとも思う。あまり知らないが、こういう異世界とかに転生するやつって大体その辺はスムーズに事が進むものじゃないのか?
色々前置きしたが、話は非常に単純最悪で。
そうつまりは。
こちらの世界の言葉が分からない。
最悪の事実に気づくとともに、なんと返事をしたものか迷う。彼女とて、日本語は分からないだろう。彼女にとってはこちらの言葉こそ異世界語だし、GMAの奴が放課後に語っていた時のニュアンスでは、この世界に転移した人間は自分が初めてのはずだ。過去の転移者、転生者が日本語を広めていた、とかいうことは期待しない方がいい。
先程まで笑顔で語り掛けてきていた少女は次第に顔を曇らせて、こちらを再び不安そうに見つめだした。
そしておずおずと自身の両耳を指さして首を傾げる。
…ああそうか。耳が聞こえないのかと思ったのか。彼女からしてみればこちらの世界の言葉が分からないのかな?、なんて思うはずもない。
というか「首を傾げる」って動作はこっちでも疑問を呈すことになるんだな。人間である以上世界が違っていても、同じ場所に同じパーツがついているなら似たような文化になるのかな。日本でもアメリカでも大体動作の意味とかは同じだし。
…今更ながらだが、こっちの世界の現地人が、恐らく俺と同じ「人間」と思われる生物でよかった。全身灰色、真っ裸のやたらでかい黒目だけの瞳とかだったら最初に視界に収めた時点で漏らしていたかもしれない。
妙な方向に思考が展開していたが、彼女へのアンサーをしていなかったため、慌てて首を振る。…これが否定を示したのが伝わっただろうか。
コミュニケーションのテンポが悪い。言葉が通じないというのはかなりのストレスだ。日本で外国人から写真撮影を頼まれたりした時なんかも、互いに相手の国の言語は分からないが、まだ何とか対応できた。「国」が違うことと、「世界」が違うことの開きは大きいらしい。
少女は不安そうな表情から困惑気な顔に切り替える。「ならどうして私の言葉が伝わらないの?」という感情は伝わってくる。
気まずい沈黙が流れる。…表情が伝える意味や、ボディランゲージはどうやらほぼどちらの世界も同じだと思われる。ならもうオーバーアクションで伝わるか試すしかないか…。
初めに手掌を上にして少女の顔に差し出す。少女は自分を指さし小首をかしげる。どうやら少女を示したことが伝わった。安心とともにすぐの動作に移る。差し出した手を戻し、自分の口元を指さしながらパクパクと唇を開閉する。次に、両手の手のひらを上に向け、腕を広げながら手を耳横まで持ってくる。
最後にそのポーズとともに、首を左右に振る。…傍からみれば海外コメディの外国人の物まねだ。少々気恥しいが、それよりも、正しく少女には伝わっただろうか。
少女は目を見開き激しくうなずく。ニュアンスは微妙に異なるかもしれないが、おそらく伝わった。安心してほっと一息つく。
少女を見れば困ったようにおろおろして下を向いてしまった。共に言葉が通じないことは分かったが、状況が好転したわけじゃない。どうしたものか…。
再び沈黙が流れる。先に動き出したのは彼女だった。
何か思い出すように、パッと顔をあげると自分のことを指さし始める。少女自身のことで何か伝えたいことがあるのだろうか。理解できている、という風にうなずくと、今度は手を胸元にあて、こちらを見据えた。
…綺麗な瞳だ。透明な緑色。よく美形を形容するときに瞳の色を宝石に例えるが、それに照らし合わせるならば、エメラルドだろうか。
天井から漏れ出る光よりも強いものを発し、見ていると引き込まれそうになる。
そんな感想を抱いていると、彼女はゆっくりと、噛んで含めるように、一語ずつ話し始めた。
「レ、イ、サ。 レイサ。 レイサ・ガゼーラ!」
すぐに少女の名だと分かった。伝わったよ、と少し笑顔でうなずく。少女…レイサは今日見た中で一番の笑顔に顔を綻ばせ、うんうん!とうなずく。
…本来助けた人助けられた人がいれば、名乗りあうのが当たり前だよな。言葉が通じないことで、そんな当たり前が随分と遠回りになり、自分も彼女もすっかり忘れていた。
名乗られたら、名乗り返さなきゃな。
レイサと同じように自分の顔を指さし、次に胸元に手を当てる。
親からもらった名を、意識しなくても自然と出る言葉を確かめるように発する。
「カ、イ、ゴ。 カイゴ。 ウスイ・カイゴ。」
レイサは笑顔のまま、「カイゴ!カイゴ!」とはしゃぐ。
そう。薄井 海吾。それが俺の名前だ。
名乗ると同時に、もう一つの当たり前を思い出す。
「レイサ」
少女に呼びかける。
「?」
少女はニコニコとしたまま体を揺らして言葉の続きを待つ。
先ほどまでの夢を思い出す。伝わっても伝わらなくてもいい。
もう後悔はしたくない。あの時言っていれば、なんて思いたくない。だから言う。
「…俺を助けてくれて……ありがとう。」
薄井海吾 17歳。異世界人と初の接触。限定的ではあるが、対話に成功。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
サクサク次の展開に移りたいところですが、次話は今回の話をレイサ視点で語りたいと思います。
よろしければ、感想お待ちしております。