4話 染みすらも残せない世界
ついに異世界編始められました。
よろしければご覧ください。
絶叫とともに砂の上でのたうち回る。ポロシャツや制服ズボンの繊維の隙間や、首元に砂が入り込むが気づく余裕すらない。
「嫌だ!嫌だ!嫌だァァァァッァァ!!!」
日頃大きな声など滅多に出さないため、喉がすぐに痛くなってくる。それでも構わず叫び続ける。
「ああああああ!!!あああ!帰して!!帰してよお!!誰か!誰か助けてええ!!」
こんなに涙を流したのは幾つ以来だろうか。両目から溢れて止む気配がない。
尻もちを着いた、傍から見ると実に滑稽な姿のまま砂を掴んで目の前に投げつける。砂は目が細かく、握ったそばから皺の隙間より零れ落ちるか、汗ばんだ手のひらに張り付く。飛んで行った微量の砂粒は風に乗って流されていった。
「かえ、せ…たすけて…ゴホッ、ゴホッ、ハァ…ハァ…フーッ、フーッ、グスッ…」
どれだけの時間がたったか。声を出そうとすると喉に鋭い痛みが走る。声を出そうにも脳か筋肉が無意識に制動をかけ、それ以上体の持ち主の暴挙を許さなくなった。代わりに口からこぼれ出るのは咳と痰交じりの嗚咽だった。
「…」
声を出す気力も無くなって大の字に転がる。ランニングを終えた後のように、大きく荒く呼吸をしたいところだが、そうすると呼吸をすると砂が口に入り込み、じゃりじゃりと不快なためできるだけ小さく呼吸をする。
「…暑。あと頭痛い…」
泣こうが叫ぼうが何も変わらない現状に、却って少し平静を取り戻した。取り戻したと同時に、鋭い痛みが目の奥や、体中を襲う。
太陽の光が刺激にならないよう、目を腕で覆い遮る。
こういうのをアドレナリンのが分泌されていたというのだろうか。
先程までは気にならなかった痛みが全身を巡る。
今日一日を振り返ってみれば、朝からバス停まで走り、碌に食事もとらずここまで来た。転移前の季節はもう夏で、十分に暑く、汗をずっとかいていたが、水分もあまりとっていなかった。
加えてつい先ほどの行動で喉を傷め、涙と鼻水を垂らし、無駄に水分を消失した。
日頃体育の運動すら真面目に受けない貧弱な肉体にはかなりの負荷がかかっていた。
ここまでの負債が一気に伸し掛かる。すぐに日陰にでも移動し、水分の摂取をしなければならない。が、砂漠に寝転がってみると、自身の骨格に合わせて柔らかい砂が形を変え、全身を包むのが分かる。精神、身体共に疲労困憊で、全身をジリジリと焼く陽の暑さもあまり感じず、眠気すら覚えてきた。
鈍った頭で考える。少なくとも今のままこの炎天下の名から身一つを長時間晒すのは、確実に生命の危険を呼ぶ。体に鞭打ってでも移動し、日陰に入るなり、水分摂取をするなりしなければ。
そう決断し、ゆっくりと体を起こす。服にまとわりついていた砂がサァ…と流れ落ちる。ふらつく体を両足でどうにか支え、踏ん張りながら立ち上がる。
立ち上がった後、未だぼんやりする頭で考える。目指すはオアシスだ。イメージは砂漠の中、太陽の光を反射して光る湖。その傍らに、大きく葉を広げた高い幹をもつ木がある。湖に飛び込んで浴びるだけの水を飲んだ後、そのまま全身を洗い、木陰に移動し、体を乾かせる。なかなか趣がある。元の世界じゃ海外旅行でもしなければ味わえなかった体験だ。
そんな風に考えながら、前へ進む。
数歩歩いたところで立ち止まる。ふと疑問を覚える。
「どうしてこっちに進めばオアシスがあると思ったんだっけ…」
少し考えたが答えは出ず、再び歩き始める。
数歩歩いたところで立ち止まる。再び疑問を覚える。
「俺何しようとしてたんだっけ…」
視界が歪み始める。暑さでくらくらしてきたようだ。脈絡なく新しいことを思い出す。
「夜の砂漠は涼しいんだったっけ…」
ならばそれまでの辛抱だと、現状の水分摂取と日陰確保のことはとうに忘れ、再び歩行を開始する。
またしても疑問が湧いてきたが、今度は歩みを止めずに考える。
「今って何時くらいだ?あとどれくらいで夜になるんだ?」
かなりの暑さだ。丁度真昼くらいだろうか。でもこっちに来た時向こうは夕方だった。いや、同じ地球でも国が変わればこっちは朝でこっちは夜、となる。異世界が今昼でもおかしくないか…。
そんなことを考えながら、時間を確かめるために空を見上げる。方角なぞさっぱり分からないが、地平線に太陽どれだけ近づいているか、沈んでいるのかである程度時間が分かるはずだ。
空を見上げていると違和感に気づく。
「…あれ?」そこには本来あるはずのものがなかった。
と、同時に大きな眩暈が起きる。自身の体を支えきれず、後頭部から後ろに倒れこむ。体が動かない。今の状況についてや疑問を整理したいところだが、頭が働かない。眠りに落ちるときと似ているようでどこか違う暗い波が意識を流そうとする。
徐々に閉じていく瞼で空を見続ける。雲一つない晴天。こっちの世界も空は青色で安心した。
しかし、
「太陽が…ない?」
それが意識を手放す前、最後に抱いた疑問だった。
・・・
「~♪~♪~~~~♪」
鼻歌交じりに砂漠の上を歩く者がいる。
日焼けや体温の水分が奪われないよう全身に布を巻き、皮膚の露出を防いでいる。
上機嫌なのには理由があった。
ついに、来年あの一団がこの国にやってくると聞いたからだ。うまいこと国の広報担当者と仲良くなり、先んじて情報をもらえるよう対策していたのが功を奏した。といってもまだ来年の話である。が、自分の少し先の未来、自分も彼らの徽章をつけた時の姿を想像して、今から頬が緩む。
常に干上がっている大地に城を構えるこの国は、いついかなる時に資源採取が滞っても生活ができるように、備蓄を第一とし、贅沢はあまり褒められた行為ではないとしている。が、こんな嬉しい日は許されるはずだ。そう自分を言い聞かせて弾む足取りで家へ歩みを進める。秘蔵の干物を取り出そうか、それとも”氷纏”された果物でも食べようか。いやいや果物は来年自分が選ばれたときのご褒美に…そんなことを考えながら歩いていると、少し先に白い何かが見えた。
「?」誰かの家の布が、ここまで風で飛んできたのだろうか。それとも誰かが落としたのか。心当たりはないものの、落とし物であれば次に国へ行ったときに衛兵にでも届ければいい。。そう思って近づいていく。
「…?…!!」
徐々に山に近づいていくと、それは背を丸めた上半身と服であることが分かった。
つまるところ。人が倒れているのだ。慌てて意識不明者の元へ走って向い、必死に呼びかけながら状態を探る。
「~‼~‼~‼~‼~‼~‼」
…明らかに服装がこの国のものじゃない。どこかの国の旅行者が道に迷ったのだろうか。
不思議な点は他にもある。荷物がない。この砂漠下を歩くには、最低限地図や水分、携帯食料が必要になってくる。それらを何も有していないというのは、やはりおかしい。
(何かトラブルに巻き込まれた…?)考えられるのはそのくらいのものである。
とりあえず、倒れている人間の肩を担いで引きずって家まで歩く。だいぶ身長差がある上に、意識を消失しているため、連れて行くのも一苦労だった。
彼が目を覚ましたのはその日の真夜中だった。
・・・
時間を彼らの出会いから僅かに遡る。倒れ伏した彼を遠くから眺める”目”があった。
「…ふむ。あのままでは対象が死亡するところだった。研究サンプルとしても連れてきた意味がない。とはいえ転移しただけで気を失うか。先が思いやられるな。」
はるか遠くから彼の動向を探るのは、GMA。彼を転移させた存在でもある。
「…仕方あるまい。彼の旅が早々に終わらないようにしなければ。因果を操作し、彼らが当初の予定よりも早くに出会えるようにする。…実行完了。本体からの苦情、帰還命令が届いている。それでは私が行える支援は最後となる。彼が世界とふれあい、どのような変化を及ぼすのか、実に興味深い。
これからは本体の方で眺めさせてもらおう。」
そう呟き、彼は去っていった。
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