番外編 彼が消えた後の世界 友を想う
いよいよ異世界…かと思ったら主人公と仲の良かった友達の話です。ごめんなさい。
「じゃあなー」
「おう!また明日ー」
普段からよく話すメンバーの帰宅を見送る。本音を言えば自分もさっさと帰りたいところだが、部活があるためそうも言っていられない。
3階の教室から出て1階の体育館に向かう。更衣室で運動用の恰好に着替えるためだ。更衣室は様々な運動部が一緒になって着替えるため、とても狭い。自分のスペースを確保するにも一苦労する。集団をかいくぐるようにして、なんとか端の方まで辿り着く。エナメルバックからシャツと短パンを取り出す。ポロシャツを脱ぐために胸元のボタンをはずしていると、そこら中であの話をしているのが聞こえてきた。
「やっぱ見つかってないんだって、2年の人…」「え、ガチでやばくね?」
「2組のさ、具合悪いっつってよく保健室行く松村って女子いんじゃん!そいつあの後窒息して死んだらしいぞ!」「あれやっぱマジなの?他にも世界中で病人とか高齢者とか死んでんだろ?」「まー確かにあん時体全然動かなくて、呼吸は何とかしてられる、みたいな感じだったもんな…」
「彼女が家から出てきてくれないんだよ、怖いって…」「もう2年のなんとかってやつが連れてかれたから大丈夫って言ってやればいいじゃん!」「言ってんだけどさー。『次があるかもしれない』とか『眠ると頭に化け物が出てくる』って言うんだよ。仮に次があったとしても2回連続でおんなじ学校の人間になるわけないだろ、って…」
「隣の席の木村がさ、横見たら漏らしてんの!めっちゃ泣いて『あ…あ…』とか言って!ガチきもくね!?」「いやお前そういうのやめろって!良くないから!ほらめっちゃみられてんじゃーん!」
着替えを済ませ、運動用のシューズを持って更衣室を出る。
体育館とグラウンドを繋げるガラス扉まで移動し、靴を履き替える。靴紐をしっかりと結び、履き心地に違和感がないことを確かめてから外に出る。
部活の始まりは、ゴールを倉庫からグラウンドまで持ってきて配置するところから始まる。倉庫に向かって歩いていると、後ろから走ってくる音が聞こえた。
「うぃーお疲れぃ!」「…おう、お疲れ」「いやマジで疲れてそーじゃん!シャキッとしろよー!」
話しかけてきたのは同じ部活の奴だ。ついでに言うなら同じクラスで、あの日様子のおかしかった担任に、ふざけた質問を投げかけたやつでもある。
普段は教室でも話すことはない。自分が親しくしている友人と、彼が好んで関わる人間の系統は真逆である。彼がよく親しくしているのは、そうだ。さっきの更衣室にいた連中みたいなやつらだ。
普段話しかけてこないやつが話しかけてくる。理由は容易に想像できる。内心うんざりだが表には出さないようにする。
「あいつ結局見つかってないんだってなーやばいよなー」「…そうだな」
「この間も学校にめっちゃ警察とかマスコミとか来てたしなー!
で、やばいのがさ!UTuberのボルガ来てたんだよ!やばくね!写真撮ってもらったもん俺!!
知ってるボルガ?めっちゃ面白いんよ!」
話したかったのはそこか。クラスメイトの失踪ではなく自分が著名人とコンタクトをとれたという実績。相手するのも馬鹿らしいが、露骨に突っぱねるのもまずい。こいつは先輩に取り入るのがうまいからだ。
「いや、知らない。悪いな」
そういうと鼻白んだように「…ま、いいけど。あいつも早く見つかってほしいよなー。お前も少ない友達さらに減っちゃったじゃん。あ、何か知ってたら教えろよ!みんなにも拡散して情報集めてやるからさ!」そう言うと奴は走り出し、近くにいた同じ部活のやつに話しかけに言った。
何か知ってたら…か。知っていたら口の軽さ以外に特技のないお前じゃなくて、あいつの親御さんか警察にでもとっくに話している。
GMAを名乗る神?化物?が俺たちに接触してきてから1週間が過ぎた。
あの日の数分間の出来事は世界に少なくない衝撃と被害を与えたらしい。
更衣室の連中が話していたように、俺たちの体が動かせなかったあの時、体の弱い人や小動物なんかは、筋肉だけじゃなく、心臓の動きも停止していたらしい。その他にも恐怖で失禁したとか、瞬きができなくて目の痛みに悩まされたとか…まあ大小あれど身体的・精神的被害を受けた人間が多数いるらしい。
自分たちに関係のない話で言えば、世界中の政治家が事前に知っていたのに何も対策しなかった、とか言って批判されているらしい。政治のことはよくわからないし、度々裏金がどうとか不正がどうとか報じられるため、信用したりはしていないが、『これから君の国の人間を異世界につれていくことになるかもしれないから今日の夕方までに国民に周知しておいてね。』と言われて実行できる方がどうかしていると思う。
あとはGMAの名前は何か、とかか。既に当事者達にとっての悲劇は、エンタメに昇華されようとしている。あの日GMAの名前を理解したできたやつが世界に2人はいたらしい。ソレが自分だと名乗るやつ、名前を考察しているやつ、などなど…
空を仰ぐ。いっそ空が一日中赤くでもなってくれたら、誰も彼もが異常な世界に巻き込まれでもしたら、今のような余裕はなくなるのに。…いや、いざそうなっても自分は喜べないだろう。
これだけ色々知っているのは調べたからだ。ネットで。新聞で。テレビで。
アイツの両親にも会いに行った。憔悴しているのは明らかだったが、快く受け入れてくれて、気丈に振舞って話をしてくれた。申し訳なかった。
当然のことながら、話を聞くどころかこっちが知りたいのに…という現状らしい。
憔悴している理由は何も情報がつかめないことだけでなく、連日マスコミや警察への対応に追われているかららしい。刑事ドラマやミステリー小説なんかではよく見かける嫌なシーンだが、現実でも被害者をこんな風に追い詰めるものだとは思わなかった。
思わず引っ越しはしないのかと尋ねた。そしてすぐに恥じた。引っ越しだってタダでできるわけじゃない。無責任なことを言ったと思い、すぐに謝罪しようとすると、「引っ越しはしないつもり。あの子が帰ってきたときに、私たちがここに住んでいなかったらどこで会えばいいか分からなくて困るでしょう?」と言われた。
ますます自分を恥ずかしく思い、死にたくなった。自分の見当違いの配慮もそうだが、両親はアイツがこの世界にいないことを確信し、いつか帰ってきたときに迎えられるようにと、根拠なき期待をするのではなく、自分達が今できることを実行していた。
さっきは更衣室で話していた奴らに嫌悪感を覚えたが、あれは同族嫌悪だったのかもしれない。
無力なくせに、無知なくせに、分かったような顔をしていたい、誰かを慮ったつもりになった自分になりたいだけなのかもしれない。
『消えた友人を見つけ出す。』そのつもりで自分は調べている。だが同時に不可能だともうすうす感づいている。全人類の脳みそに語り掛けることができるような奴が、「異世界に転移させる」と言った。まず間違いなく嘘じゃないだろう。そしてそれが真実ならただの高校生に、いや、どれだけ優れた頭脳を持つ現代の科学者にも太刀打ちできない問題だろう。
他人が集めた情報をタブレット一つで収集して、何かをした気になっている。それでもあの日のことを調べ続けているのは、紛れもなくただの自己満足だろう。
アイツがいなくなった時の表情が忘れられなくて。あの表情を忘れてしまいたくて。でも忘れたくないから、もう一度アイツの顔を見たいから。無意味な藻掻きを続けているのだろう。
「ああ…」
1週間かけて、色々無駄なりに動いて。心打たれる話を聞いて。嫌悪感抱く連中の姿を見てようやく気持ちに整理がついた。
「後悔してるんだ、俺…」
彼の呟きを聞いたものは誰もいない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
主人公の異世界での名前とタイトルをちょっと変更しました。
複数候補から悩んで決めたものだったのですが、微妙に納得いかないまま話を書いてきました。
そこで書いているうちに自分の書きたいテーマがはっきりしてきましたので、それに伴ってまだ話数が浅く、傷の少ないうちに修正してしまおうと考えました。
(幸いプロローグ以外でまだ主人公の名前出てませんし)
ご感想お待ちしております。