3話 あの世界の人じゃなくなった日、この世界の人にされた日 迎えられなかった放課後
3話です。切りのいいところまで、と思って書き始めたのですが随分と長くなりました。
ご覧ください。
静寂が訪れる。先ほどまでの騒ぎが嘘のように。
その「声」が響いたとき、生物は音を発することを忘れた。
急に静かになったことで感覚が鋭敏になってくる。さっきまで聞こえなかった、己の心臓の音と、天井際の扇風機の駆動音がやけに大きく聞こえる。頬を伝って制服のズボンに汗が落ち、小さな染みを作りだしたのが分かった。
しかしズボンを手でさすることはおろか、視線を下にずらすことすらできない。声を発せなくなっただけに留まらず、あらゆる動作を起こすことが許されなくなった気がした。今激しく音を立てている心臓の音も止めた方がいい気がしてきた。
「声」は続きを語り始める。
後に、世界各国の調査によって、この声が地球上に響いていた時間、約5分の間に、窒息死した者が多数発生したことを始めとした、不可逆の現象がいくつか発生したことが明らかとなるが、現時点の人類に、それを知る術はない。
「ご静聴感謝する。私からの干渉は、今から13時間48分29秒前に、人類の分類手段の一つである『国』の代表を務める存在に予め通達している。情報拡散を実施し、当方が干渉を行うより前には、人類諸君がこちらのことをある程度理解しているよう伝えていたのだが…。
…当方の存在を理解したうえで話を聞いている人類は1%未満か。」
「この現状を反映させ、これから人類諸君に事項通達をするにあたって、有効的と判断される要素を精査、追加した。
結果、単なる音声のみによる通知ではなく、何らかの『存在』が言を発していると認識し、諸君らが当方を知覚することが此方の用務を円滑に果たせると判断した。よって『名乗り』に相当する行為と、諸君の脳に虚像描画を実行する。」
「当方は人類が理解しうる表現において、統合思念体とされる概念に最も近しい存在である。その一部が情報伝達をしているため、個体としての自我は存在しない。が、便宜上『私』と称させていただく。
『私』の言葉は即ち『私』の総意であり、私の独断ではないと理解していただきたい。」
「それから、注釈を3点。
まず私の発する音は、異なる言語複数を用いる、人類全体が等しく理解できるよう、各々の『母国語』とされるものに翻訳させていただく。これから実行する情報伝達上発生する『単位』『時間』等の一般的共有概念についても、諸君らに最適化された表現を行うつもりであるため安心していただきたい。
2点目は人類諸君の抱く疑問や感情は常に収集、分類化しているということだ。モニタリング、と形容すれば伝わりやすいだろうか。時間、精度共に0.0000000000000001%以下であることを保証する。大勢が同様の疑問を抱いていると判断した場合などは都度返答させていただくつもりだ。
そして3点目。諸君らの脳に虚像を生み出すことにするが、現行の脳の働きを阻害するような真似はしないため安心してもらっていい。
…では改めて。私の名は」
その言葉と同時にまるで自分が思い浮かべたかのように、瞼の裏に映し出されるように、胸から上だけのシルエットが現れる。
「繧「繝医Λ繝ウ繝�ぅ繧ケ繝サ繧ォ繧ェ繧ケ繝サ繧ェ繝ェ繝ウ繝昴せ繝サ繧「繝シ繧ケ繧ャ繝ォ繧コ繝サ繧「繝」
…思考能力が停止しかけているからか、他の理由からか、親切心溢れる自己紹介は、一切理解できなかった。少なくとも自分は16年生きてきて、一度も耳にしたことのない音と、言語の枠を超越した組み合わせによるものだったように思う。
ただ、何者かなど分かるはずもないが、人間にこんな真似はできないだろう。人間にできないのなら地球上のどんな生物にもできるはずがない。ということは…
「・・・繝サ繧「繝ォ繧ォ繝�上の代表的活動生物:『人類』自らが設定した呼称:〈地球〉において、私の名称を理解した人類、凡そ0.00000002%…。現状では私の目的である『円滑な情報伝達』が実行できない可能性が生じる。次善策を模索…」
「…ふむ。人類への干渉開始から凡そ1分37秒経過時点で私への認識は地球上において、『神』、及び疑似概念28.9%、『化物』、及び疑似概念21.7%、『宇宙人』『地球外生命体』及び疑似概念17.6%。に大別されていると把握。」
「…ふむ。では、これらの認識を統合させた存在であると自己を仮定させ、姿を変質させ、名称を設定しよう。
人類が用いる言語で最も使用率の高い『英語』を基準に、God(神)、Monster(化物)、Alien(宇宙人)から、頭文字を拾って、これからは私は自己を【GMA】と称させていただく。」
こう語り終えると、脳に映し出されるシルエットに角と翼が生えた。
「GMA。…うむ。私の名はGMA。今回人類諸君への伝達事項を語る任についた。とはいえ自身の判断のもと、自身に命令を下し実行しているのだが。
…失礼。今回の伝達事項に移るまでに2分24秒の時間を消費。可及的速やかに話題を移らせていただこう。」
こうして神であり化け物であり宇宙人である、「GMA」からの話が始まった。
「まず初めに、端的に今回の人類干渉の目的を語らせていただこう。
現在生後11年~18年まで経過し、現時点でこちらの基準である程度健康であると判断した人類を一人、地球とは異なる地へ移動させようと私は検討している。
理由は『異なる地へ出現した存在による世界の影響』を図るためである。」
何故だか自己紹介をすることに拘って時間をかけていたため、話が進まない。そのため、不安は尽きないが多少落ち着きを取り戻し、頭を使う余裕ができてきた。
(…は?何を言っているんだコイツは?地球とは異なる地へ移動?月だの火星だのに飛ばされるってことか?そんなもの世界に影響を及ぼすなんてことする前に死んで終わりだろうが。)
「どうやら少なくない数の人類諸君に誤解を与えているようであるため補足情報を述べる。今回の実験における『異なる地』、というものは、いわゆる太陽系惑星をはじめとした、異星間移動を指すのではなく、現在人類諸君が存在している…『この世』『この世界』と称するのが適切だろうか。それとは全く異なる地に移動してもらう。次元も、宇宙も、星も、何もかもが完全に異なる世界である。」
(さらっと実験て言いやがった。分かってはいたことだが、GMAは人間の上位存在というやつで、俺たちはモルモットみたいな実験動物や家畜のようなものなんだろう。
それから、地球とは全く異なる世界って、要するに異世界転生ってことか。この場合は異世界『転移』になるのか?…リアルにそんな話を聞くことになるとは…。
って納得してる場合か!ふざけるな!冗談じゃない!死んでも御免だぞ!!)
人類に起こりうる現象に理解はできたが、それでも疑問と怒りは尽きない。
自分の考えを見透かすかのようにGMAは言葉を続ける。
「先程の説明により人類に疑問が多数生じたことを把握。分類化し、一つずつ答えていくこととしよう。なお、私という存在への疑問については、説明をしたところで理解不可能である確率が高いため、返答しないものとする。」
そういって奴は一問一答の形で疑問に答え始めた。
Q.何故10代の子供なのか?世界に影響を及ぼすというのなら学者やアスリートなどすでに優れた結果を出した人間の方がよいのでは?
A.「前提として、我々は地球上の人類が異世界に送り出されることで生じる、世界の変化を観測することが目的である。転移後の世界を─この場合定義不明であるが─良い方向へ向けてもらうことは要求しない。転移者がそれを目指すのは自由だが。
また、10代という年齢設定は、そちらへの直接干渉前に調査した結果、日本国を代表とした10~20代前半の人間に『異世界転移』という概念が書籍、映像媒体等で広く認知されており、本実験実行にあたり、理解を得るのが容易であると判断したことが挙げられる。
その他、転移者が加齢による自然死をすると仮定した場合、若い人類はより長く観測できると判断した。
また、転移直後即座に死亡されては、実験によるデータ採取が有意義なものと言えなくなるため、ある程度の適応力、学習能力、判断力、身体能力が発達した年齢を選択した。」
Q.何人転移させられるのか?
A.「1名である。私が行使する転移の力に限界があること、大勢の人間を転移させた場合、世界の変化の原因が調査しがたくなることなどから1名の転移を行う。」
Q.選び方は?
「まず初めに現在諸君らが住む国を無作為に絞り込む。次に対象国の土地の分割方法に習い、同様に無作為に選択する。これを繰り返し、徐々に小規模なものとしてゆき、最終的に1名を選択する。
無作為の選出である保証をすることはできないが、実験の目的上、特定の人間を選出することに意味はないという事実から納得していただきたく思う。」
Q.選ばれる人間の判断基準は?
「先程も述べたように、年齢と健康状態を除いた個体値は一切考慮せず無作為に抽出する。」
Q.例えば転移後、すぐに死んだ場合なども含め、今後二人目、三人目の転移者が出ることはあるのか?
「現時点で回答不可。転移者と転移先世界の変化を観測して判断を行う予定である。」
Q.転移後の世界について詳しく知りたい
「今この場で詳細を語ることは不可能と判断。時間的猶予がないこと、人類諸君の疑問は尽きず、疑問解消は果たせないことが理由である。」
・・・
その後も幾つかヤツは疑問に答えていった。多くの人間が同時に抱く疑問に回答する、と語ったように知りたいことは大体知れた、ような気がする。目の前に姿があるのなら、体を動かして声を出せるのなら、止まらない質問を繰り出すことになるのだろうが。
少し余裕ができた自覚が生まれる。恐らく転移者は一人だと聞いたからだ。いくら少子高齢化の時代とは言え、全人類で11~18歳の人間なんて1億人は余裕で越すだろう。そこからくじを引いて当たりが出る確率など0に等しい。帰り道に車にはねられる方が余程現実的だ。
同じことを考えた者が多くいたのか、教室内の空気が少し緩んだような気がした。
後は自分が選ばれなかったことを確認して、友達と安心を分かち合って、急いで家に帰ろう。なんだか無性に両親の顔が見たくなった。
胸の隅っこにある妙な蟠りを無視してGMAの次の言葉を待つ。
「安堵と納得の感情表出者の割合の増加を把握。
さて、それでは転移者の選定に移るとしよう。
先程も伝えたようにこれは完全に無作為な選出である。
また、選定された後の流れとしては、こちらが転移準備を完了させるのに誤差±0.001秒で凡そ2分15秒かかる。それまでは地球で待機してもらい、時間経過後自動的に転移が開始される。
付け加えるならば、異世界転移の成功率は様々な状況下で2195兆8759億回の実験を実施、いずれも100%となっている。転移中の不測の事態は起こらないと保証する。」
地獄のくじ引きが始まる。
「初めに国家を選択。人類諸君らの認知上、国家であるか審議中である存在であっても、一定の活動実態が存在する場合、これも対象に含むものとする。
選定開始
………転移候補者の国籍、『日本』に決定。」
教室に再び緊張感が走る。自分の心臓が一段激しく跳ねたのが分かった。
まだ大丈夫。全然大丈夫だ。日本の小学生高学年、中学生、高校生全部合わせたら1000万人なんて余裕で超える。問題ない。胸の蟠りが強くなった気がした。
「第二に、日本国内の土地分割方法『47都道府県』から選択。
選定開始
………転移候補者の居住地、『〇〇』に決定。」
汗が噴き出してきた。手も、足も湿ってきた。胸のざわつきが激しくなる。何かを訴えかけるように。
その後、市区町村まで絞り込まれた。
自分の住む町だった。
「…続いて、候補者が通学する学校を選択。なお、現在学校に通っていない人間の場合は対象居住地から最も近い学校に所属しているものとする。
選定開始
………『〇〇高校』に決定」
…うちの学校近くにどれだけ学校に通っていない若者がいただろうか。熱を持ち始めた頭で考えてみる。答えは出ない。当然そんなこと知らないからだ。
胸のざわつきは、激しく脈動する心臓の鼓動と一つになって主張してくる。
「…続いて〇〇高校から学年を選択。なお、現在学校に通っていない人間の場合は、現在の年齢で生徒として在籍していた場合の学年とする。
選定開始
………『2年生』に決定」
どこからかアンモニア臭がしてきた。自分も吐きそうだ。昼食が少なくてよかったのかもしれない。
ところで俺って何年生だったかな。ピッカピカの1年生じゃなかったっけ!
「続いて『〇〇高校2年生』からクラスを選択。なお現在通っていない人間の場合は、均等に割り振られるようにする。
選定開始
………『〇組』に決定。」
てか今選ばれなかったことが確定してるやつって喜んで踊ったりしてんのかな。むかつくぜ!
あっ、多分動けないから喜びたくても喜べないか!ハハハッ!
また頬を汗が流れたかと思った。でも目から流れてることに気づいた。
そして気づいたときにはいつしか激しい胸の鼓動も収まっていた。
どの辺りだったかな。気づいたのは。自分の住んでる市が選ばれたところくらいかな。
「それでは最終選択を行う。『〇〇高校2年生 〇組』から出席番号を用いて転移者を選出する。」
自分で言ったじゃないか。忘れてたよ。…いや、気づいてたけど気づかない振りをしてただけかな。
「選定開始」
何かが自分に起きるって。普段そんな勘がいい方じゃないんだけどな。
「『出席番号〇番』に決定。」
それに今日一日通して自覚してたじゃないか。
「異世界転移者決定。転移者は 。」
俺はついてないんだ。
・・・
GMAの声が響く。
「ではこれより転移準備を開始する。転移者 は2分15秒ほど待機するように。
さて、それでは人類の諸君さらばだ。また縁があれば干渉するとしよう。」
・・・
その言葉を最後に音が途絶える。同時に凍り付いていたような全身が楽になるのを感じる。
本当に死ぬかと思った。生きてる。動ける。ほっと一息つきかけてすぐに思い出す。友人が『選ばれた』ことに。急いであいつの方を向く。クラスメイト達も同じ方向を見てる。もう声も出せるし体も動かせる。それなのに誰も声をあげなかった。
あいつはゆっくりと立ち上がる。そのままふらつくようにして教室の中を歩きだす。
咄嗟に「お、おい…」と声をかけるがそれ以上何と言っていいのかわからない。
すると首だけ動かしてこっちをみてきた。
あいつは、笑いながら泣いていた。この時の顔を俺は一生忘れないだろう。
姿が遠ざかっていく。震えながら口をパクパクと動かしている担任の前を通り過ぎて教室のドアに向かう。その後すぐに転がるように走り出すのが見えた。
それが。最後に見た学校で一番の友人の姿だった。
・・・
気づいたら階段を飛ぶように駆け下りながら走っていた。
どこに向かっているのか自分でもわからない。逃げているつもりなんだろうか。
靴も履き替えないで学校を飛び出す。校門まで走り続ける。校門を越えたところで頭から盛大に転んだ。
ザァアと細かい砂か何かに肌を擦りながら倒れこんだのが分かった。
恐る恐る手をついて上半身を起こして目を開ける。目の前にはやはり砂がびっしりとあった。尻もちをつくようにして、体の向きを変える。目線の少し先に深い足跡ができていた。この砂に足を取られて転んだらしい。
ハッと気づいて辺りを見回す。
そこは辺り一面砂の海だった。
「ああ…」
夢じゃなかった。夢であってほしかった。
「来ちゃったんだァ…」
ヒヒッと変な笑いがこみあげてきて、すぐに激情に襲われる。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
高校生活真っ只中。夏の暑い日。俺は。
異世界に転移した。
ようやく主人公が転移しました。かなり勢いで書き上げましたので、後日修正をするかもしれないです。
文中に出てくる〇〇や空白は特定の個人になりうる要素を極力排除した結果です。
最後の転移した彼の名前だけは後々出す予定です。
感想お待ちしております。