2話 あの世界の人じゃなくなった日、この世界の人にされた日 の昼
プロローグ含めて3話目なのですが、ややこしいので2話目ということで。長くなってしまいました。書きたいことをすべて書くのではなく、無駄を切り捨てられるようになりたいです。そんな回ですがよろしければご覧ください。
通学バスに揺られて数十分。学校に到着する。
不快な疲労感が足腰に早くもまとわりついている。気づかなかったことにして校門をくぐって校舎に入り、下駄箱で靴を履き替える。
高校の教室は、1階が授業で使う体育館などの特別教室、2階が3年生、3階が2年生、4階が1年生に割り振られている。この教室と各階の割り振られ方には様々な噂があり、真偽のほどは不明である。職員室が2階にあるから、進路相談が多い3年生は2階、1年生は入学したてであるため、高校からの洗礼として一番移動に面倒な場所である4階、といった具合に、もっともらしいものから、いつの時代の運動部かと突っ込みたくなるような説まで実に色々だ。が、今重要なのは学校の不思議よりも、自分が現在2年生で教室は3階に存在するという事実である。朝っぱらから階段運動を行い、更に太腿に乳酸を蓄積させることにうんざりししながら階段を登る。
3階に着いて、額に滴る汗を、半袖のポロシャツから露になっている前腕で拭いながら、教室に入る。廊下と教室を隔てるむわっとした熱された空気の膜を、顔をしかめながら通過する。既に大半のクラスメイトは登校しており、間もなくホームルームが始まるが、各々好きな席に座ったり、親しいグループで集まりがやがやと話をしている。
目立つのは女子が手に持つ色とりどりのハンディ型の携帯扇風機だ。教室内の冷房設備といえば、室内の熱気をかき回す程度の効力しか持たない、天井に備え付けられた扇風機くらいのものである。そのため、当然涼しさはおろか、風のそよぎもまともに感じられないため、各々での冷房対策が求められてくる。
横目で扇風機をとらえながら、親に言って買ってもらおうと心に決める。
ポロシャツの襟を仰ぎながら、自分の席まで近づいて歩いていく。近づくと、近くの席に座っていた者が、教科書で顔を仰ぎながらこちらに気づき、声をかけてくる。「おー来た、おはよう。いっつも遅刻しそうだけどギリしないよなお前」と、軽い挨拶からシームレスに会話を始める。自分がいるグループの一人で、現在は席も近く、毎日同じような会話を交わす間柄だ。
「はよー、まあ長く寝てたいしね。間に合えばいいんよ間に合えば!てか暑すぎじゃね…」リュックを下ろしながら語る自分の言葉に友人が笑う。朝のゾンビの様な声とテンションはどこかへ消えたのか、友達と話す時間には完全に調子が戻って元気になっている。
そのままお喋りをしていると、教室の扉が開き、担任の教師が入ってくる。自席から離れておしゃべりをしていた連中は、担任が教壇を登るのをみて、自らの机に着席する。それを見計らっていた担任が「日直!」と今日の日直に朝の挨拶の号令をするよう促す。
日直の「起立、気を付けぇ。おはようございますー」の声に従い立ったり、座ったりする。面倒だから挨拶は適当に濁すのはいつものことだ。
その後再び着席し、窓の景色を眺めながら朝の連絡を聞き流す。授業以外に今日の予定は何かあったと考えるが、新学期はとうにすぎた。学校祭も宿泊研修もまだまだ先の話であり、特にイベントの話はないだろうと見当をつける。部活にも所属していないため、6時間の授業を乗り越えたらさっさと帰宅しよう。そう心に決めて、1時間目の教科書をリュックの中から取りだす。
・・・
4時間目が終わり、昼食を購買まで買いに向かう。朝が少ない分腹が減った。購買は1階にあるため、急いでいかなければ目当てのパンはおろか、全て3年生に奪われかねない。
小走りで階段を下っていく。母親からは「弁当持っていけばいいのに…」とたびたび言われたが、学園モノ、スポーツモノの漫画に出てくる購買へのかねてからの憧れや、親の弁当を同級生の前で披露することへの妙な羞恥心から、2年生に進級した時を境に断っている。
1階に到着する。列の最後尾につきながら、軽く背伸びをして食品コーナーの売れ行きをチェックする。商品棚に沢山あるパンやおにぎりを確認できた。そこそこ混んではいるが、並べばどうにか適当な惣菜パンひとつなら買えそうだ。ほっとため息をついて携帯を取り出す。いつも一緒に食事をとるメンバーに『飯買えそう!』と連絡を一応入れておく。昼食を食べ終えると他クラスに行ったり体育館でバスケをしたりするため、あまり時間をかけると置いていかれてしまう。
ちなみに他の面子は皆弁当を持ってきている。「そっちの方が金かかんないし楽だよ?ってか購買のメシだけでお腹いっぱいになんないじゃん」と言われたときは思わず返事に詰まった。その時の自分の感情を無視して、今はどのパンを買うかに胸を躍らせる。理想は焼きそばパン。時点でコロッケパン。それらがなければお握りかなんかを…と思っていた矢先、自分の数人前、これから商品を購入するの生徒のもとにぞろぞろと人が集ってきた。
「お、並んでんのナイスじゃん!ちょ、後で金渡すから俺らの分も買って!あ、その焼きそばパン焼きそばパンがいい!」「俺おにぎり全種類行っちゃうわ!」「まじ!やばすぎー!あ、アタシも焼きそばパン!」「いやーお前らそういうのやめろって!ほら後ろから睨まれてんじゃん!あ、今言ったやつ全部お願いシャス!」
…まあよくある光景といえばそれまでだ。この手の奴がいる可能性を考慮していなかった自分の落ち度でもある。が、目の前でやられたことで最悪の気分になった。商品は根こそぎ持っていかれるわ、ダラダラと話して決められることでこちらの休み時間は奪われていくわ…
友人たちからも『まだー?』『俺ら教室出ちゃうよ?』と連絡が来ている。諦めて戻ろうかと振り返った時に、後ろに並んでいた生徒が一人もいないことに気づいた。先ほどの惨状をみて、自分が買う頃には商品は売り切れてると悟ったのだろう。
この時妙な使命感が芽生えた。朝からいいことなしだったのだから、昼食くらい食べたいものを食べて、一日の中で最低一つでもいいことがあったと思いたい!ほかの奴らが諦めたことを自分は成し遂げたい!という実に幼稚なミッションである。
パンやおにぎりがまだ残っていることを願いながら待つ。
あと3人。手にはジュースとおにぎり。まだ大丈夫だ。
あと2人。ややしばらく眺めたあとコロッケパンを一つ買っていった。少し嫌な予感がする。
最後の1人…はしばし商品棚を見回したあと何も買わずに立ち去って行った。いろいろ察した。
俗まみれの悟りを開きながら、店頭の中年女性に「…パンとかご飯もの何か残ってるのありますか」と尋ねる。すかすかの商品棚を認めたうえで。
「ごめんねぇ。見てわかると思うけど一個もないの。何人か前の子たちが全部買っていっちゃって…ああいうのやめるよう言ってるんだけど先生でもないし中々いうこと聞いてくれなくてねぇ…
あ、残ってるものね、食べ物だったら残ってるのは野菜ジュースと杏仁豆腐かな…どうする?」
・・・
教室の友達が微妙な顔で自分を迎える。
「え、そんだけ?」「野菜ジュースと杏仁豆腐ってモデルかよ!女子でももっと食うぞ」「お前何しに下行ったんだよ!!」
と爆笑の中受け入れられた。恐らく自分の絶望した表情から色々察して空気を読んでくれたのだろう。自分を置いていかずに教室に待って残っていてくれたことにも感謝しなければ。
いい友人を持ったとしみじみ感じ入りながら、その思いが1mmも伝わらないであろう憮然とした表情で杏仁豆腐を食べる。
とりあえず今日一日についてこれ以上考えるのはやめよう。と胸中のもやもやを野菜ジュースで飲み下した。
飲み下せなかったが。
・・・
ジリジリとした日差しが夕方になっても照り付ける。
5.6時間目の授業を終えて、腕を枕に机に突っ伏す。自分の肌から香ばしい肉の匂いがするのが分かる。さっさと帰宅して風呂に飛び込みたい。そして母親の作った夕飯を腹いっぱい食べて布団にダイブして眠りたい。…今日こそは早く寝よう、と心に決める。色々と限界が来ている。部活動に所属していなくてつくづく良かった。
周囲は部活だりー、放課後〇〇行こ!と生気に溢れたやり取りが聞こえる。自分の体力が根こそぎ奪われているのは、今日一日不運に見舞われたせいであるとは思うのだが、それはそれとして、自分が貧弱すぎるのも問題だな、と少し己を戒める。
これからは帰宅してからジョギングでもしようか…などと考えていると担任が教室に入ってきた。
朝のホームルームのリプレイのように各々が自席に戻りざわつきが収まる様子が音だけでわかる。
…が、朝と違い、静まり返った後も担任から帰りの連絡がない。不思議に思い顔を上げる。
担任は額に汗を浮かべながら緊張感のある面持ちで口を結び教壇前に立ち尽くしている。
様子を変に思ったのは自分だけではないようで、ひそひそとあちこちで声が上がる。そのうち、クラスのお調子者が「先生どうしたんすかー!?え、まさかタバコとかクラスで見つかった系!?」などとでかい声を上げる。くすくすと笑い声が上がるが、視線の先の担任教師の表情は変わらない。
笑い声も徐々に収まり、本格的に様子がおかしいと生徒が悟りだしたタイミングで、絞り出すように担任が話し始めた。
「…今日みんなにはもう少し教室に残ってもらう。俺も正確に事態を把握できているわけじゃない…
ただ、これから起こる出来事に落ち着いて対処してほし…」
リィィィィン リィィィィン リィィィィン リィィィィン リィィィィン リィィィィン リィィィン
担任が言葉を言い切らないうちに音が響く。
携帯の通知音のようにありふれていて、サイレンのようにけたたましく、それでいて世界にただ一つしか存在を許されないような、教会にある、厳かな鐘楼の音にも聞こえる。
不思議なのは。その音の出所が分からないことだ。
「うぉあっ!」「え、何、何、やばい!やばいって!!」「え、誰!何!?何なの!!」「落ち着け!!落ち着いて席に座るんだ!!!」悲鳴と怒号が一瞬にして飛び交い始める。
「なんだこれ…なんかやばい…」いつもは何事においても余裕を持っている友人が忙しなく周囲を見回す。かくいう自分は、碌に思考が働いていなかった。頭の中には謎の音と同時に警鐘が鳴り響く。
やばいのは分かる。でも皆が言う「やばい」とは少し違う。
本当に何かが自分に起こる!!!
それ以外考えられなくなってしまった。
ハッハッと荒い呼吸をしながら次の展開を待つ。この異音は前兆にすぎない。何の根拠もないが、それだけは分かる。
間もなくして音がやんだ。
「…終わった?」「なんだったの?」「やばあ、ネットにあげよ」「てか同じことなってる奴いないか調べようぜ!」「まず座れ!!!座って話を聞け!!!」
周囲は徐々に落ち着きを取り戻し始める。地震の揺れが収まり、揺り返しはないか、もう動き出しても問題はないか、と探ってからそろそろ動き出すように。
だが、何故か理解できる。今のは揺れ「そのもの」じゃない。これから起こる出来事への警告音─はあくまでこちらの主観であり─実態は、通知音とか。その程度のものだろう。
この根拠不明の予感は数瞬後に現実のものとなった。
〚誤キゲン以下がか。次dieを切り非楽、若樹死゛ん類よ。そ散らの厳5にこ散ら鋸羽場を.。o○せ尾為、發♪と雲丹間違いあればご容赦願いたい。………チューニングが済んだようだ。正しく聞こえているだろうか〛
この日、この世界での俺の人生は、終わりを告げた。
次で彼の転移前の話は終わりの予定です。読んでくださっている方々、本当にありがとうございます。
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