第60話:癒しの海
瀬田が開発した魔道具の力で隷属紋から解放された人々。
その中に、行き先が定まらない2人がいた。
ラムルと同じくらいの年頃の子供たちだ。
「魔法を教えてくれるって言われたんです」
「凄い魔法を使えるようになったけど、使い過ぎると死んじゃうんです」
2人は隷属から解放されたと分かると、張りつめていたものが切れたように泣き出した。
聞けば、2~3年前に孤児院から引き取られた子供たちで、他にも何人かいたらしい。
彼等は隷属紋に登録された魔法を使い続けるうちに痩せ細り、やがて衰弱死するという。
「僕たち、何処へ行けばいいんですか?」
「孤児院には戻りたくないです…」
彼等の歳では、仕事を見つけてどこかで暮らすという選択肢は無理だ。
「君たちには、考える時間と場所が必要だね」
話を聞いた瀬田はしばし思案し、子供たちを連れて転移する。
心を癒す風景と、考える時間を与えられる場所へ。
人魚の里シイ。
夏の女神サーラの眷属たちが住まう場所は、気候が温暖で年間通してマリンレジャーが楽しめる。
ハイシーズンの夏に比べれば観光客は少ないが、それでもそこそこ賑わっている。
膨大な数の魔法を授かった青年は、日頃は命を守る者として働いていた。
子供たちを連れてそこへ転移して来た瀬田は、部下の姿を探して周囲を見回す。
「あれ? どうしたんですか?」
声をかけられて振り向くと、褐色の肌に金髪の引き締まった体躯をした青年が歩いて来ていた。
「ここに日本人の森田という者がいる筈なんだが、呼んで来てもらえるかね?」
「やだなぁ社長、ここにいるじゃないですか」
「???」
森田を呼んでもらおうとしたら予想外の返事、瀬田は思わず青年を二度見。
どう見ても海の男という感じの、こんがり焼けたイケメンだ。
「俺ですよ、森田。ここではヒロヤで通ってますけど」
「森田君は黒髪で色白ぽっちゃり男子の筈だが…変身の魔法でも使ってるのかい?」
もはや別人な森田の変化に、瀬田は困惑する。
「いやいや、日焼けして髪色落ちて筋肉ついただけですよ?」
「森田君がシックスパックになるなんて、誰も想像つかないだろうね」
昼間はビーチで活動するヒロヤ(森田)は、しっかり日焼けして身体が鍛えられていた。
黒かった髪は海水と強い日差しを浴び続けた事で脱色が進み、白金色に変わってしまった。
マリンレジャーの仕事をする人には普通にある事だが、ヒロヤほどの大変化となると驚きしかない。
ヒロヤの変化にしばらく戸惑ったが、ここに来た目的を思い出した瀬田。
彼は連れて来た子供たちを紹介した。
「戦闘奴隷として使われていた子たちだ。心の傷が癒えるまでゆっくり過ごさせてやってくれ」
「分かりました」
そして行き先の定まらない子らは、ヒロヤとの共同生活を始める。
どう見ても体力系キャラな青年が元神官と聞いて、子供たちはビックリしていた。
青い海と白い砂浜を見つめて、子供たちはゆっくりと心の傷を癒やしてゆく。
人魚たちは鱗を与え、子供たちを海の中へ誘う。
陽光が差し込む明るい海の中、優しく手を引いてくれる美しい人魚。
鮮やかな色彩の魚たちを眺めながら、海の底へと進む。
「…凄い…こんなに綺麗なんだ、海の中って…」
幻想的な風景に、子供たちは初めて微笑んだ。
水の中を浮遊する感覚は、心地よく穏やかな気持ちにさせてくれた。
子供たちが眠りについた真夜中、ヒロヤは自宅の窓から夜空を見上げる。
満天の星空が広がるそこに、ジワジワと黒い影が見えてくる。
(懲りずにまた来たな…)
それはまだ遠く、余程の視力でないと目視出来ないが、彼は遠くを見る仕事をしているので視力が上がっていた。
現れたのは飛行能力を持つ魔物と魔族たち。
それらを片付けるのが、彼のもう1つの仕事。
不老不死に近い人魚たちは、その心臓に膨大なエネルギーを蓄える。
それを狙って頻繁に魔族が攻めて来るので、ヒロヤが毎回撃退していた。
(…情報なんかあげないよ…)
どこかから視ているであろう者に向けて呟く。
監視魔法妨害、展開
これでどんな戦闘が行われたか、大魔道士が水盤で視る事は出来ない。
反射魔法、展開
光の矢、全敵ロックオン
敵の攻撃を攻撃吸収で吸収して倍返しの方が強力な反撃になるが、今回は反撃までの時間が短い反射魔法を使う。
それで撃ち漏らした場合に備えて自前の攻撃魔法で追加攻撃する。
人魚の里とその周辺海域は防壁系魔法の聖域を常設しているので、敵の攻撃が当たる事も侵入される事も無いのだが。
ヒロヤはその防壁の外側に反射魔法を被せるように展開した。
上空に広がる敵が一斉に攻撃を放つが、即座に返される。
魔物たちは大体その反射で自滅して消えた。
魔族たちは自らの魔法で死亡するほどヤワではないが、一緒に飛んでくる光の矢で止めを刺される。
無詠唱、同時に複数の魔法を1人で発動させている事は、人魚たち以外に知る者は無い。
僅かな時間で、魔族と魔物の群れは消滅した。
(…いいかげん諦めたらいいのに)
フッと溜息をつくと、ヒロヤは窓から離れてベッドに寝転がった。




