四美神
小さな存在の精一杯の言葉に、女神達の雰囲気が和らぐ。
「よく来た、小さき者よ。名は何という?」
「フェレスでございます」
「フェレス。大変であったな。どこぞの竜が人を近づけぬ結界を張っておったゆえ、山への道を探すだけでも苦労であっただろう」
「いいえ、いいえ」
「いいや。間違いなく大仕事であったよ。見ておったぞ、フェレス」
その言葉にフェレスは思わず顔を上げた。
「何か言いたい事があるのであろう? 言ってみるがよい」
見ていたのであれば。
なぜ。
慈悲を。
復讐は。
たすけて。
憎い。
様々な言葉がフェレスの内で暴れる。
それを見越したように女神が言った。
「わたくしの季節を、そしてわたくしに感謝を捧げるという場であなたの主人が貶められ、辱められたことは知っています。罪を捏造され、殺されたことも」
「では!」
あまりに無礼な言葉を吐き出しかけて、フェレスは口を閉じる。
彼女のその様子に、女神達は憐れみを感じた。
「どうしたいかしら。仇を討ちたい? 名誉を回復したい? それとも……」
そこで春の女神は姉妹達を見やる。みな微笑んでうなずいた。
「あなたが望むなら、時間を巻き戻すこともできるわ」
フェレスは再び勢いよく顔を上げる。
四季の女神が全員、笑みを浮かべてフェレスを見つめていた。
「できますよ、フェレス。あなたが望むなら」
「お願い……お願いします! 時間を巻き戻してください! あの事件が起きる前に! どうか、どうか!」
「ええ、ええ。もちろんです。ただね、フェレス。わたくし達は神と言っても人の世との関わりは制限されているの。時間を巻き戻すために必要なことはあなた自身がしなければならないし、巻き戻したあとも同じ事にならないよう、あなたが力を尽くさなければならないのよ」
「やります。どんな事でも、なんでもやります! ですからどうか、どうかお嬢様や旦那様、皆様を、わたしの家族をお救いください!」
フェレスの言葉に女神は笑った。にっこりと。
「ええ、フェレス。いい子ですね。さあではこちらへいらっしゃい、わたくし達のそばへ」
フェレスが立ち上がり女神達のそばに近寄ると、春の女神はフェレスの手をそっと取り握りしめた。
「あの山へはね、普通の人間は近づけなかったのですよ」
秋の女神が小さく笑って、いたずらっぽくザフィリカルスを見る。
「どこかの竜のせいでね」
ザフィリカルスが心外だ、とわずかに顔をゆがめると、秋の女神はくすくす笑った。
「近づけるのは次へと進化を始めた者だけです。人である事をやめ、世界に覚悟と責任を持つ準備ができた者だけ」
「そなたは人の殻を脱ぎ捨てる準備ができておる。巻き戻しをするには人を捨てねばならん。全てがうまく行ったとして、そなたの愛する者たちとはもう一緒には暮らせぬが、それでも良いか?」
女神達が静かにフェレスを見ていた。
フェレスは唇をかたく引き結び、しっかりとうなずいた。
女神達は嬉しそうに互いを見交わす。
そしてフェレスに祝福を授けた。
「フェレス、おまえに輝きを」
「フェレス、あなたに果物を」
「フェレス、そなたに音楽を」
「フェレス、あなたに優しい水を」
光が集まってフェレスの体の中に入っていく。
それはぐるぐると螺旋を描くように体内を巡って、そしてフェレスと一体となった。
光が収まるとフェレスの髪が複雑に結われ、まとめられて、真珠の下がった細い銀の鎖がまるで守るように飾られた。
フェレスはこの日、人の肉体を脱ぎ捨て、地上の神の末席を生きるものとなった。