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フェレス・レシャ

 フェレス・レシャはエフティヒア侯爵家のメイドである。


 年の頃なら20代半ば。

 長い黒髪を邪魔にならないようまとめて上げ、メガネの奥の瞳は薄い紫色で知性を感じさせる。

 クラシカルなメイド服に身を包み、あまり表情を変える事のない彼女は、その有能さで他家からの引き抜きも多かった。



 だが彼女は幼い頃にこの国に流れ着いたさい、侯爵家に拾われたおかげで生き延びる事ができた。

 性別さえ定かではないほど骨ばかりの汚れた子供と、病気で死にかけていたその母親を拾って居場所を与えてくれたエフティヒア侯爵に深く感謝しており、よそへ移るなど考えられない事であったのだ。




 侯爵家の人々はみな誠実で思いやりがあり、領民からも慕われている。


 そんな彼らと彼らを支える使用人達の、現在唯一の悩みがエフティヒア侯爵家の次女、ヘレナ・エフティヒアの婚約相手の事だ。


 その婚約者、ディンナト公爵家の嫡男は、勉学をおろそかにし、女性相手に派手に遊び回り、金銭の浪費も激しい。


 幼い頃はそうでもなかったが、成長するに連れてよろしくない友人ばかりと行動するようになった。


 もともとこの婚約は国王から命じられたものである。

 王女が降嫁している国王派のディンナト公爵家と、中立派のエフティヒア侯爵家の縁を繋ぐ事で、貴族派に対抗しようと考えられたものだ。

 王家にはちょうど良い年回りの王子がおらず、他の家に取られるよりはと国王から強い圧力がかかり、解消する事もできない。


 どうしたものかと頭を悩ませている中、その知らせは入った。




「侯爵様! お嬢様が、お嬢様が本日の夜会で」


「どうした」


「婚約破棄をされたとの事です!」


「なに!」



 

 ヘレナ・エフティヒアは隠れてアノア嬢をいじめていた。

 それは友人達に見せる令嬢としての振る舞いからは信じられないほど醜いものだった。

 人を使ってアノア嬢を誘拐・殺害しようとした。

 また侯爵家はヘレナをいさめるどころか娘を公爵家へ嫁がせるためこれに協力。

 

 などなど。


 夜会の席で犯してもいない罪を責められ、一方的に婚約を破棄された、と。



 侯爵は怒り心頭、ディンナト公爵家へ抗議したが、相手は取り合わない。


 そうこうしているうちに教会騎士団がやって来た。

 連れて行かれてしまえば何をされるか分からない。


 門を固く閉じて国王の使者を待つつもりでいた侯爵だが、事態はあっという間に悪化していく。


 




 最初に起こったのは、門の外。

 屋敷を囲む騎士団の中から死者が出た。

 警戒中に矢で射殺されたのだという。

 

 それが2人3人と増えて行って、5人目を数える頃に教会騎士団の騎士団長が動いた。


「門を壊せ! 聖女をおとしめ、神に逆らう不届き者に天誅を下すのだ!!」


 火矢が屋敷に向かい放たれた。

 門はあっさりと壊された。城門ほど頑丈でない屋敷の門である。破城槌すら必要ではなかった。


 屋敷に次々と騎士達が押し入っていく。

 まるで全ての証拠を消し去るかのように、屋敷内にいた人間は侯爵含めみな殺され、あとには瓦礫しか残らなかった。






 フェレスはその日、遠くの村に滞在していた。


 ヘレナの乳母が職を辞し、故郷の村へ帰っていたのだが、冬の間に体調を崩してずっと寝込んでいると村長から知らせがあったのだ。

 ヘレナは誰より信頼するフェレスを村へと向かわせ、体が良くなるまで面倒を見てほしいと頼み込んだのだ。


 回復が難しいようなら、説得して屋敷へ連れ帰ってくれと。


 フェレスは二つ返事でこれを承知し、村へと向かった。


 ヘレナの乳母は冬の間に腰を痛め、寝たきりの日が続いた事で体を壊していた。

 フェレスはしばらく滞在し、栄養のある食事を摂らせ、筋肉も落ちていたので一緒に散歩をして、もう大丈夫と確信できるまで一緒にいた。


 屋敷に戻ったら迎えを寄越すと約束して村を離れ、王都へ近づくに連れて彼女の耳におかしな噂が入るようになった。


 ヘレナが聖女をいじめている、殺害まで企んだ、というもの。


 そのため婚約破棄された、というもの。


 侯爵家は彼女を庇い、教会に逆らって騎士を殺害したため天罰が降った、というもの。

 

 どういう事かと急いで戻った彼女が見たものは、瓦礫の山となった侯爵邸の跡地だった。








 フェレスは泣くよりも情報を集めた。

 誰か生き残ってはいないかとわずかな望みをかけて。


 結果分かったのは、誰一人生き残ってはおらず、聖女と結婚を望んだ公爵子息と、公爵家との繋がりを望んだ教会、エフティヒア侯爵となる事を企んだ一族の人間、それらの利害が一致した事が原因だったのだろうという予想だけだ。


 王家はこれに静観を決め込んでいる。


 本来助けるべき臣下を見捨てたのだと、フェレスは怒りを感じた。





 必ず復讐すると誓ったフェレスは、旅の途中で聞いた、竜が眠るという山へ向かった。

 もしも竜に会えたならば、ひとつだけなんでも願いを叶えてくれるという。


 高く険しいその山は常に曇っていて日が射さず、竜の気配で危険な獣は出ないが、草木もろくに生えないため風が強く吹き付けて凍えるような寒さだとの噂だ。


 食料を買い込み、暖かい服を着て、フェレスは山を登った。


 道は細く、険しい。

 風で目も開けられず、地面にしがみつくようにしながら、フェレスはそれでも頂上を目指してただひたすらに登って行った。


 心には、ただ憎しみしかなかった。








 登って、登って、ようやく頂上まであと少しというところまで来て、フェレスはとうとう倒れて動けなくなった。


 あと少し。あと少しなのに。

 頬を涙が流れる。

 神様。

 どうかお慈悲を。

 わたしに力を。

 お助けください、どうか神様……。



 そのとき、天から山の(いただき)に向けて、凄まじい音と衝撃とともに雷が落ちた。

 

 世界が砕けるかのような轟音だった。


 だがそれでもフェレスは動けない。


 すると、しばらくして雨が降り出した。

 冷たい雨だった。


 冷えていく自分の体を情けなく思う。と、フェレスの体の上に落ちる雨をさえぎるように影が差した。


 目だけを動かして影の正体を見る。

 そこには体の大きな男が1人、立っていた。

 

「娘、おまえは運がいい。女神がおまえを連れて来いと仰せだ」


 女神。

 どの女神の事だろう。

 

 男はフェレスを担ぎ上げて、まるで荷物か何かのように肩に乗せた。



 その頭に2本の角があるのを見ながら、フェレスはとうとう意識を失ったのだった。











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