一緒に
昨日、ヘレナは無事結婚式を終えて王弟殿下が拝領している土地へと移っていった。
気が抜けたフェレスは、今日は1日お休みで庭でぼんやりしている。
復讐を誓ってあの山を登っていたのは20年以上昔の事だ。
あの頃の事は、もうあまり覚えていない。
毎日が幸せで、幸せで、苦しかったことなんか思い出したくもなくて、そしてそんな必要もなかった。
肩にかけたショールはもうだいぶくたびれたが、今もこれが1番のお気に入りだ。
ベンチに腰掛けていると風が強く吹いて、一瞬目を閉じる。
次に目を開けると、そこにはいつも心の端のほうで姿を思い浮かべていた人がいた。
いや、正確には人ではない。
ザフィリカルス。
わたしの愛しい竜。
困ったような、拗ねたような、よくわからない複雑な表情の彼。
フェレスは立ち上がってザフィリカルスに一歩近づいた。
その頬を両手で包み込む。
「会いたかった」
ザフィリカルスは右手だけを掴んで、その手首の内側に頬を寄せるようにして口付ける。
「迎えに来た」
フェレスが微笑んでうなずくと、ザフィリカルスは彼女を引き寄せ、抱きしめた。
「ここにいなくていいのか」
「幸せだったから。十分たくさんの幸せをもらったから、もういいの。これ以上はきっと良くない」
1度目のとき、いつか捨てられるんじゃないかとフェレスはずっと怯えていた。
だから人よりも仕事をしたし、できない事はできるまでやった。
生まれた国からいらないと追い出された彼女は、またここでもいらないと追い出されるんじゃないかと不安だった。
そんな事はなかったのに。
2度目はそれがちゃんと分かっていた。
だから、前よりもずっと幸せを感じられたし、周囲のことも大切にできたと思う。
しっかりと、愛せた。
愛していると、伝えられた。
自分はいらない人間ではなかった。
だから、もう大丈夫なのだ。
ザフィリカルスが、どこか自信なげな表情でフェレスをのぞき込む。
「一緒に、いたい。竜になってくれるか」
フェレスは花がほころぶような美しい笑みを浮かべて、背伸びをするとザフィリカルスに口付けた。
「わたしも、竜になってあなたとずっと一緒にいたい」
ザフィリカルスが再び強く彼女を抱きしめる。
また、強い風が吹いた。
その風がおさまったとき、庭園にはもう誰の姿もなかった。
ただ、小さなつむじ風がベンチのそばを走り抜けていっただけ。
ー 終 ー




