祝賀会場
「ヘレナ・エフティヒア! お前が聖女、アノア・アイノールを陰でいじめていた事は分かっている!」
会場がざわめく。
春の祝賀の夜会で、政略とはいえ婚約者のいる身でありながら、他の女性をエスコートして現れた公爵子息。
その彼が、入場してきた婚約者の令嬢を怒鳴りつけ、追及し始めたのだ。
フォルマ教には多くの貴族達が病や怪我などで世話になっている。
そのフォルマ教の聖女ともなれば、誰もが一目置く存在であり、そして瑕疵があってもある程度は見て見ぬ振りをするほどの相手であった。
「ディンナト公爵子息様、何を言っていらっしゃるのですか? わたくし達はいつも一緒におりますが、ヘレナ様がアイノール嬢をいじめているところなど見たこともございませんわよ?」
「サマラス公爵令嬢、それは君が見ていない場所で行われたからだ。証人もいる」
「証人ですって?」
「ええ、わたくしですわ、テオドシア様」
そう言ったのは王女・ラオディナーである。
「まあ、王女殿下」
テオドシアは扇で表情を隠した。
ラオディナーは国王の正妃の娘。つまりニカウォルの従兄妹だ。
信用ならない、とテオドシアは眉をほんの少し動かした。
「ヘレナ様お1人で、アノア様をここで口にできないような言葉で責めておりましたの」
「あら……ではなぜそのときにアイノール嬢をお助けにならなかったんですの?」
「……怖かったんですわ。社交界では優しく美しいと讃えられるヘレナ様が、あんな醜い、恐ろしいお顔をなさるなんて……。驚いて呆然としておりましたら、ヘレナ様は人の来た気配に気づいていなくなってしまわれたんですの。わたくし今でも見たものが信じられませんわ。まさかあんな方だったなんて」
「気のせいじゃございませんかしら。他のどなたかと間違ったとか。ヘレナ様はそんな方じゃございませんわよ? ああ! もしかして逆だったのでは? アイノール嬢でしたら下町育ちですから、いろんな言葉をご存知でしょうし」
「わたし、そんな事しません!」
テオドシアはアノアの言葉など聞こえなかった様子で扇をあおぐ。
「いずれにしてもどなたかと見間違えたのではございませんか? 違っていたなどとなれば大変でございますわよ?」
テオドシア公爵令嬢の母は国王の姉である。
こちらも王女とは従姉妹。子供の頃から知っているため遠慮がない。
「見間違いなどではありませんわ。ねえアノア様」
「はい!」
「そうだ。それにエフティヒア侯爵家には聖女の誘拐・殺害未遂容疑もかかっている」
「な……!」
「お前のような女を我が公爵家に入れるわけにはいかない。婚約は破棄させてもらう!」
「まあ……!」
「なんて事!」
ざわざわと周囲の貴族達がヘレナを見て何やら小声で話し出す。
その視線にヘレナは恐ろしくなって小さく震え出したが、友人達がぎゅっと手を握ってくれた事で落ち着いた。
そうだ、自分には信じてくれる友人達が、そして家族が、フェレス達がいる。
会場に来る前のフェレスの言葉が思い出された。
『誰がなんと言おうと、何が起ころうとも、わたくしども全員がお嬢様の味方で、必ずお助けする事をお忘れにならないでくださいませ』
わたしにはこんなにたくさんの味方がいる!
「わたくし、誰かに恥じるような、そんな真似はいたしておりません!」
ヘレナが声を上げた事で、彼女に向けられる視線がわずかに和らいだ。
そのとき、周囲を囲む貴族達の間をかき分けてやってきた人物がいる。
「聖女の誘拐・殺害未遂とは穏やかではないね」
その場の王女と聖女を除く全員が礼をとった。




