合格通知
町から少し遠くにある我が家。到着した。
「すぅ……はぁ……」
正直……討伐試験の帰宅はいつも慣れない。
上手くやれただろうか。ミスはしてないだろうか。被害は最小限に出来ただろうか……。
考えれば考えるほど答えが出ない。
「……すぅ……よし!」
覚悟も決まり、いざ帰宅!
「ただいま!」
「遅いわ!」
「ガインッ!?」
勢いよく帰宅すると頭に何かが飛んできた。
「うう……」
額がヒリヒリして痛い……。
「たく。毎回毎回、同じことしてんじゃないわよ」
「せ、先生……」
顔を上げると褐色肌の女性、リリン先生が呆れながらこちらを見ていた。
「だ、ただいま戻りました、リリン先生」
「……おかえりなさい」
「それで? 討伐はどうだったの?」
「う〜ん……正直に言っていいの?」
「ええ」
「……ぶっちゃけ、ドラゴンの方が弱かった」
「……」
「力や火力でゴリ押してくるドラゴンよりも、特性や能力が変質的だったマザースパイダースネークの方が強かった気がした。
……これって、俺が単純に相性が悪いってだけの話かな?」
「……正直、私でさえも、マザー(マザースパイダースネークの略)の討伐の方が苦労する。
あれは魔力を持つ存在には圧倒的に相性が悪いから」
「やっぱり……」
「討伐には、圧倒的な火力で叩き潰す他ないわ」
先生の話を聞いて納得する。
マザーは蛇のようなしなやかさと、蜘蛛の糸攻撃が強力で討伐にはかなりの人員を導入し、それでも勝てるかどうか、と言ったところだ。
「それに比べてドラゴンは若いのはかなり慢心していて力や火力での力押しのくらいがある。
あんたにとってはとても相手にしやすい相手だったでしょうね」
「……うん」
確かに……今回の討伐は、マザーの時に比べて上手く戦うことができたし、被害状況もあの時に比べてほとんど無かった。
「それだけキサマが強くなったという証だ。
ただ強くなっただけでなく、戦況を見極め、相手を見極め、油断もおごりもしない。立派な戦士となった」
「見極めは全然だけど……油断もおごりもしてる余裕なんてないよ」
「そういうところは好感が持てるが……師が言ったことには胸を張りなさい」
「……はい」
先生の言葉に嬉しくなって俯く。
きっと俺の顔は赤くなっているだろう。
「アスト。もう帰ってきたの」
先生からお褒めの言葉を受け取ると。家の奥からエプロン姿のキリッとした黒髪の女性、アスカ母さんがキッチンの方から現れた。
……ああそうそう。そういえば、この10年で一番良かったと思える出来事があった。
それは……。
「ただいま母さん」
「こんなに早く帰ってくるなら、もっと早くに準備したのに。
ね、アルマ」
「くう!」
そう言ってアルマを抱き上げる母さん。
そう。アルマが俺以外に心を開いたのだ。
町にいるコップンくん達には未だ冷たい態度ではあるが、それでもそばにいることすら嫌っていたアルマがそれ許しているし、母さんや先生に至っては触れることも抱き上げることも膝の上に乗せることも許している。
「……ところで」
「うん。ありがと、シルフィ。お陰で助かったよ」
そう言うと背後から姿を現したシルフィが笑みこちらに向けて母さんの方へ飛んでいく。
シルフィが母さんの肩に座るとアルマを渡してきたので受け取ろうとするが、その前にアルマが母さんの腕から飛び出てかおにとびつかれる。
そしてそのまま頭を登っていきいつもの定位置で横になった。
「くぅう」
「相変わらず頭の上に乗るのが好きね」
「ちょっと重い……」
以前は枕の上が定位置だったのに、今ではすっかり俺の頭の上がアルマのお気に入りとなっている。
「ふふふ。さあ、ご飯にしましょう」
「ーーさて。夕食も食べ終えたところで、試験の結果を伝えるとしよう」
「! ……」
俺の身体に緊張が走る。
討伐も訓練も勉強も前例で頑張った。
それで死にかけるとかザラだったが……それでも頑張った!
その集大成である討伐試験……俺は唾を飲み込む。
「……誠に残念なことだが……」
「……」
ダメだったか……。
「……文句の付け所もない合格だ」
「……! ほ、ほんとうですか!?」
「ひっっっっっっっっっじょ〜〜〜〜〜〜〜に!!! 残念なことにな!!」
「……やった。やったああ!!!」
先生から、やっと合格通知がもらえた!
試験結果にだけはなかなか合格通知を出してくれなかった先生が合格と認めくれた!
「自分と相手の力量を完全に把握し、被害状況も限りなく0に近い状態で最後のアースドラゴンを討伐したんだ……不本意だが、文句をつける点が見つからないわ」
もう文句なしの合格だった。
「それだったら、いいですよね!
本格的に精霊魔法を学ぶこと」
「……しかたない」
「よし。よし!」
これでちゃんと、精霊のことを学べる!
いつも声を聞いて力を少しだけ貸してもらうだけだったからな……ちゃんと精霊のことも知って、より理解を深めていくぞ!
「……だがそうなると……私達では教えきれないな」
「え? ……ああそうでしたね。
精霊を連れているとはいえ、母さんは精霊使いではないし、先生は……」
「精霊魔法は知識として知っているだけだからな……」
ということはそう。精霊魔法を本格的に学ぶには、その本業の人に学ぶか、そのことを学べる学校に行くしかない。
目標を口にした時、最初から決まっていたことだ。
「ーー精霊のことを学ぶなら、きちんとした専門機関で学ぶべきだ」
「……うん」
「ならばこの家を出て、私の元を離れ、そして己が道を進むのです」
「……はい!」
自分が進むべき道……自ら望んで進む未来。
どんなに時間がかかろうと、必ずや精霊使いになってみせる。アルマやシルフィ、出会う精霊達に認められる立派な精霊使いに!
「……それじゃあ、今度は私ね」
「ーーこれ……」
俺は鏡の前で体を隠すような黒いローブに身を包んでいた。
「私が作った魔法使い見習いとしてのローブよ」
「母さんが?」
「私の家は決して裕福ではないけれど、せめてアストが着て恥ずかしくないようにって」
「母さん……」
そう言って作られた制服は相当上質な作りとなっている。
素材から装飾までとても綺麗な仕上がりだ。
「ーーあなたがこの先どんな道に進んでも、私達はずっと、あなたの味方よ」
「……うん」
「頑張りなさい。私達は、ずっとあなたを応援しているわ」
「……うん」
母さん達は俺の姿を喜んでくれて、俺は嬉しくなって思わず涙を流した。
その後、鏡の前で何度もローブを纏い、注意されるまで何度もそれを繰り返し、興奮してなかなか眠ることができなかった。
〜〜〜〜〜〜
3日後ーー
「それじゃあ、気をつけて行ってきな」
「……あの」
「なに?」
「……町の人総出で見送らなくてもいいと思うんだけど……」
町の入り口。
日が登るよりも早い時間。魔法使い見習いとしてのローブと推薦者からの推薦書となると魔法使いのとんがり帽子を被って町を出るところなのだが……。
霧に包まれる朝速時間に俺を見送るためだけに町のみんな集まってくれた。
「じゃあな、アスト!」
「寂しくなるな……」
「死体のように転がるあの集団が、もう見れなくなるのか……」
「あの……最後の奴はコップンくん達が続ければまた出来ますよ」
「「「「誰がするか!!!」」」」
「え〜……」
「だいたいな! あんな地獄みたいな奴を特訓と認められか!」
「……そういえば初めての時ザボって、そこからきついお仕置きで岩を」
「言うな、思い出させるな!」
「だって回収大変だったもん!」
朝早くから響き渡る全略拒否にどっと笑いが起こる。
それにつられて俺や母さん達も笑みをこぼした。
「くっそ……。もう2度と帰ってくんじゃねえぞ!」
「ええ……」
「お前が帰ってくると……その……また見送りとか、めんどうなことしなくちゃならねえだろうが!」
「コッペ様、ツンデレ気持ち悪いです」
「うるせえ!」
「「「「「あははは!!!」」」」」
この町を出る。そう言ったさみしさがすっかりなくなっていた。
「……いってきます!」
それに元気をもらった俺ははっきりと返事を返すとみんなはしっかりこっちを見返して笑みを浮かべた。
「ーー元気でやれよ!」
「ーー絶対精霊使いになれよ!」
「ーーたまには帰ってこいよ!」
「いってきまーーーす!!」
俺は馬車から顔を出して町のみんなに大きく手を振りながら魔法学園があるエルストリアへ向かった。