お客様は先生さん
「ただいま……はあ……」
やっと家に辿り着き、疲れで溜息を漏らした。
「まったく……アルマのせいだからな」
アルマのご飯とかちゃんと探したかったのに……
「くう」
「反省してないだろ、それ」
ごめんチャイじゃない。
「たく……母さん、ただ……い、ま……」
リビングに荷物を持って行くとそこには母がおり、お茶を飲んでいたが、その対面にいる女の人がこちらに手を構えて固まっていた。
「……えっと、どちら様で?」
「……は? え?」
「おかえりなさい、アスト。
収穫はどうだった?」
「それが聞いてよ!
アルマが人に噛みついちゃって、それどころじゃなかったんだよ!」
「まあ! やんちゃね」
もうすでにこの場からいなくなったアルマがのやんちゃぶりに母さんは何故か喜んでいる。
アルマはというと窓のそばにあるクッションに眠っている。
あのクッション……赤ちゃんの頃に使っていた自分の枕だとか。
「……ところで、どちら様ですか?」
「私の客。リリンよ」
「ああ! だからこんなに買い出しを。納得」
結構重かったけど、3人分ならそれはそれで納得だ。
でも……
「だ、大丈夫ですか?」
「だだだだ、だいじょうぶよ!
それよりも!」
「???」
「っ〜〜〜〜!! なんでもないわよ!」
そう言ってキッチンへ向かった母さんの方へ行っていった。
何か言いたいことでもあったのかな?
「ちょ、ちょっとアスカ!」
「なに?」
「なに? じゃないわよ! どうなんてのよ、あんたの息子!」
「言ったじゃない、魔力の譲渡が行われたって」
「それにしたってあの魔力量はおかしいじゃない!
あれだけの魔力があれば、大都市に必要な魔力を数十年は余裕で賄える魔力量じゃない!」
「それどころの話じゃないわよリリン。
あの純度の魔力なら、国宝級の魔法石がバンバン作れるわよ。
しかも片手間で」
「そんなことされたら経済的な面も完全に崩壊するじゃない!!?」
「だからあなたを呼んだんでしょ!
あなた、私よりも魔法について知識があるんだから、しっかりと教えてあげてよ!」
「な!? そ、それって、私がアストに魔力コントロールを教えろってこと!?」
「そう言ってるのよ!」
自分が呼ばれた理由を理解してリリンは頭を抱える。
「あなたは魔王。魔法について、あなた以上に知っている人は私の知人にはいないわ」
「……あなたはいいの? できる限り普通な子として育てたいって言ってたじゃない。
自分はいつも、家の責任や重圧を押し付けるのではなく、ごく普通の、一般的な家庭を目指したいって言ってたじゃない」
「……父親がいない時点で、一般的な家庭とは言えないわ。
それに……」
「?」
「アルマ〜。ご飯だって」
「……」
「おきろー」
「……私のわがままで、あの子がやりたいことを、目標を奪いたくない」
「アスカ……」
アスカがアストに送る視線は本当に我が子に送る母親の目線だった。
「私の都合で、勝手にあの子の人生を左右させたくないもの」
「……たく。あのバーサーカーとも呼ばれたアスカ・ヒムロと呼ばれた勇者が、すっかり丸くなったものね」
リリンはすっかりと母親となったアスカを寂しく思いつつも嬉しく思いながらアルマと戯れているアストに声をかけた。
「アストくん」
「はい?」
アストに声をかけられるとアルマは起き上がって警戒な色を見る。アストはアルマの頭を撫でて落ち着かせる。
「あんた、将来なんになりたいの?」
「しょうらい?」
「あんたなら間違いなく、優秀な魔法使いなれる。
剣術も鍛えれば一流な魔法剣士になれる才能だってある。
でもそんな将来を目指すのはあんた次第だ。
あんたは将来、なんになりたい?」
リリンの問いかけ。それはまだ幼いアストには早いかもしれない。
リリン自身も返事がもらえると思っていない。
「ーー自分は、精霊使いになりたい!」
だが思いもよらないほどあっさりとアストは精霊使いになるという答えを出した。
「自分は、精霊達のことをもっと知りたい。
シルフィのことも、アルマのことも、もっとたくさん知りたい」
そして……あの黒い影のことも……。
「もっともっと精霊のことを……この子達のことを知って、立派な精霊使いになって、実力でアルマに認められるようになりたい」
「……」
「それが、自分の夢です」
「……」
アストの真剣な目に息を呑むリリン。
その目は……すでに覚悟が決まった目だった。
「……精霊使いになる最短の道は、エルストリア魔法学園に入学することよ」
「! この学園に入れば、なれますか!」
「入学するだけじゃ足りないわ。
勉強して勉強して、精霊にもそして学園に蔓延る有象無象共に認めさせてやりなさい!
あなたが、最高の精霊使いである、ということを!」
「!? 最高の……精霊使い!」
「そのために必要なものが山ほどあるわ。
精霊や魔法の知識、そして体力や剣術に武術……あんたに不足しているものはたくさんあるわ!」
「それでも目指すという覚悟があるならば、この私が、あんたを徹底的に鍛えてやるわ!
その覚悟あるなら、私についてきなさい!」
「! ハイッ!」
こうしてアストは、『精霊使いになる』という目標に向けて歩み始めたのであった。