影の風
怖い声が聞こえる。
何を言っているのかわからないけど、暗くてもとても怖い声が聞こえてくる。
「だいじょうぶ?」
「うん……だいじょうぶだよ、お母さん」
怖い声にうなされていつも熱を出していた。
体調の悪い日はいつも聞こえてくる声がより頭の中に響き渡り、すごく苦しくなる。
辛くて苦しくてすごく怖い。そんなうなされる日々が多々起きる。そんな弱い少年が俺であった。
〜〜〜〜〜〜
その日は偶然に体調がマシな日だった。
「大丈夫なの?」
「うん……今日はだいぶ楽なんだ……」
動きやすい服装をした自分は運動がてらに近くにある泉を目指してみることにした。
息を切らしながら森を歩き、そんな俺の身体を母が支えてくれる。
そうしてどうにか湖に到着し、そのほとりで休憩をすることにした。
母さんは少し離れ、母さんの相棒を呼びに行った。
母さんの相棒は虫のような翼を生やした小さな精霊、シルフィと呼ばれる風の精霊なのだが、実の所あまりシルフィとは会話をしたことがなければ顔も合わせなことがない。
母さんはすごい精霊使いと言う話は耳にしている。常に精霊を連れて多くのモンスターを倒し、村に平和もたらしてくれていると。
だが俺がそばにいるとシルフィはとても怯えた表情になって消えていなくなってしまう。
理由はわからない。だけどそのせいもあって母さんが精霊魔法を使っているところを、みたことがない。
そんなに嫌われているのかなと落ち込みながら体調を整える為に目を瞑り、軽く眠る。
ーー……い……。
ーー……くい。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしネしネしネしネしネしネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ!!!!!
「!?」
目を開くと真っ黒な風が周囲を包み込んでいた。
ーーニクイィィイイ!!!
ーードウシテ、ドウシテェエエ!!
ーーイタイィィ……イタイヨオオオ!!
ーードウシテ、ボクタチヲコホシタノ?
手元にそんな声が聞こえて見ろ下すと小さな動物のような形をした影がこちらを見上げていた。
ーードウシテコロサレナクチャイケナカッタノ?
ーードウシテ? ドウシテ!?
ーーシンジャエ! シンジャエエ!!
「……ごめんね」
頬を何かが切るような感覚がしたが、そんなことを気にするよりも謝って小さな動物を抱き上げた。
「ごめんね。痛かったよね。苦しかったよね。
ごめんね。ごめんね……」
こんなことしかできない自分で……ごめんね……。
ーーごめんね。
ーー君のせいじゃないのに、怒ってごめんね。
ーー優しい君に押し付けてごめんね。
ーー無関係の君に悪口を言ってごめんね。
「……」
私、アスカが相棒のシルフィを呼んで戻ってきた時驚くべきことが起きていた。
ーーごめんね
ーーごめんね
ーーごめんね
私の子であるアストの側に大量の死精霊が彼を包み込んでいた。
しかもその死精霊達が浄化され、消えてなくなろうとしている。
死精霊はたくさんの恨みを持った精霊達が集まり、死という概念を持った特異な精霊だ。
恨みや怒り、生きている敵対的な存在に死という怒りを押し付ける精霊……その精霊が浄化できるのは恨みの相手が死んだ時だけ……。
それは精霊に圧倒的な嫌悪と恐怖を与え、怯えさせる。
アストはどういうわけかその死精霊を集めやすい体質でシルフィから恐怖と対象と見られ、その魔力に当てられて常に体調を悪化させていた。
だが今はどうだ?
恨みの存在である死精霊達はアストに身を寄せながら謝っている。
さらにいつのにか怪我をしている傷口に精霊達が次々とキスをしている。
魔力の譲渡。
しかも浄化された死精霊の魔力。それも1人や2人どころの騒ぎではなく100近い数の精霊達が次々と譲渡を行なっている。
まだまだ未熟な子供に魔力を与えれば成長の段階で純度の高い強力な魔力となり、魔力量も凄まじいことになる。
しかも魔力の塊である精霊からの魔力譲渡……。
(と、止めたほうがいいのでは?)
今……我が子が化け物になる瞬間を目の当たりにしているのではないかと思った私は止めるべきか悩む。
止めるべき……だろうが、アストの側にいるのは死精霊……下手に手出しはできない……。
悩んでいると魔力の譲渡が終わったのかアストから離れ、今度は何かを描き始めた。
それが一体なんなのかわからなかったがあっという間に描き終えた死精霊達は光となって消えていった。
すぐにアストの無事を確認するとアストはスヤスヤと眠っており、これまでの苦しそうな寝顔とは打って変わって落ち着いた風だ。
痕は残っているものの頬の傷はもうすでに塞がっている。
軽く触れてみたが魔力も安定している。
あれだけの魔力が注ぎ込まれたにも関わらずだ。
「ーーイタッ!」
すると指に鋭い痛みが走る。
手を引くとそこには小さな歯形があり、そこから血が流れ落ちる。
アストのそばを見てみるとそこには額に宝石のある真っ白な小動物が毛を逆立ててこちらを威嚇していた。
私がその小動物に手を伸ばそうとすると、小動物はさらに怖い表情を浮かべる。
どうしたものかと悩んでいるとシルフィが精霊に向かって羽ばたいて何か話し始めた。
小動物はこちらの警戒は緩めなかったがシルフィが話し終えると小動物はこちらに興味を示さなくなり、眠っているアスト擦り寄っていた。
「……ありがとう、シルフィ」
シルフィは笑顔を向け、今度は眠っているアストに飛んでいき、頬に触れ始めた。
死精霊がいなくなったことで、シルフィもアストに興味を持ち始めたのかな。
「ほんと……いったいなにをしたのかしらね、私の子は……」
思わず、そう呟かざるを得なかった。