春のプールサイド。
あの夜の事はあまり覚えていない。
タマと夜中に田んぼへ行き、綺麗な蛍を見た。
それからどうした!?
私は気が付くと自分のアパートのベッドで寝ていた。
あの後の事は何も覚えていない。
寝不足なのかな?
夜中に働いているせいで時々時間の感覚が時々おかしくなる。
きっとそのせいだと思った。
タマと次に会う約束をしたら良かったと後悔する。
タマのラインや電話番号を聞くのをまた忘れてしまった。
タマが店に買い物に来ない限り、二度と会えないと思うとどうしようも無く、胸がざわつく。
少し期待をしながら、今日も夜中のコンビニバイトに出かけた。
夜中のコンビニではトラックやタクシーの運転手、近くの工場で働く作業員、少しやんちゃな若者が来る。
来ると言っても一時間に二、三人だ。
私はもくもくと作業するのが好きなので、暇な時間にもくもくと床の掃除をする。
ふと時計を見ると午前二時を回った所だった。
「会いたいな。。」
「誰に?もしかして私?!」
「ワッ!!?タマ!?」
「今日も買いに来たよ。」
タマはまた煮干しを持って来た。
「好きだね。」
「好きだよ。」
「煮干し。」
「じゃ無くて、美春が。」
「//////バカっ!!」
タマが変な事を言うので思わず赤面してしまった。
「何で煮干しばかり買いに来るの?」
「あ~、おばあちゃんがね、骨は大事だからって。」
「カルシウム?」
「そう。」
「だからって煮干しって。。」
「好きだからいいの。」
タマが少し怒った。
怒った顔も可愛いんだな、と思わずもっとからかいたくなる。
「ねぇ、美春、次いつ休み?」
私はシフト表を確認した。
「明日休みだけど。」
「じゃあ、また遊ぼ!夜中に。」
「可愛い顔してタマって案外不良だよね?」
「別に~。」
「私は夜の方が良いけど。人居ないし。」
「なら遊ぼうよ!」
「私は良いけど、おばあちゃん、心配しない?」
「大丈夫、大丈夫。」
タマは何の心配も無さそうにニコニコしている。
「じゃあ、明日のこの前と同じ時間に公園で待ち合わせね。」
「分かった。」
約束をするとタマはニコニコと手を振って帰って行った。
私はまたタマが来てくれた事でかすかな高揚感を感じる。
その日、家に向かう足取りは軽かった。
目が覚めたらもう辺りは暗かった。
時計を確認すると、時計の針は九時を指していた。
今は晩の九時。タマと約束したのは明日の一時なのでまだ時間が有った。
私は晩ご飯?を食べ、スマホで今日のニュースをチェックする。
この前は何を着ようか悩んだが、今日は迷う事も無く、この前タマが洗濯して返してくれた服を選んだ。
タマが着てたと思うと少しドキドキする。
気が付くと約束の時間に近づいていたので私は自転車で公園に向かった。
こんな時間には公園は誰も居ない。街頭が薄気味悪く光っているので一人だと、絶対に来ないなと思う。
今日も私の方が早かったので、私はベンチに座った。
時計の針は丁度一時を指した。
ガバッ!
「美春っ!」
後ろからタマが抱き付いて来た。
「あれ?今日は驚かないの?」
「驚かないよ。絶対すると思ってたから。」
「なんだ。」
「驚かせたかったの?」
「そうでも無いかも。美春に抱き付きたかっただけだし。」
「そう。。////」
タマの顔が直ぐ隣に有る。
いつまでもタマが私から離れ無いので私は自分の心臓の音が聞かれ無いように、そっとタマから離れた。
「ねぇ、今日はどうする?」
私は相変わらず今日のプランを考えて居なかった。
「これ。」
タマが手に持っているナイロンのバックを私に差し出した。
「何?これ?」
中を確認すると、紺色のスクール水着が二着入っていた。
「これ、どうしたの?」
「買ったの。」
「買ったって、何処で着るの?こんな時期のこんな時間にプール何てやって無いよ。」
「有るんだなぁ。それが。やってる所。」
「嘘!?」
「何処!?」
「いいから、まぁ付いて来て。」
タマは私の手を引くと、歩きだした。
何処に向かうのか分からないので私はただ付いて行く。
大通りはこの時間だからか、車は全く走っていない。
いつもバイトに行く時はもう少し走っているのに今日は不思議な位静だ。
大通りをしばらく進むと、タマは住宅街に入る道へ曲がった。
どの家も明かりが消え、静寂が広がる。
まるで夢でも見ているような気分になる。
しばらく歩き辺りに田んぼが出てきた。
この辺りは見覚えが有る。
私が昔通っていた小学生の近くだ。
昔と変わらない風景に思わずほっこりする。
まだこの辺は開拓が進んで居なかったんだ。
「付いたよ。」
「、って!?ここ、私の通ってた小学校じゃん!?」
「うん。小学校。」
「もしかして、プールって。。ここ?」
「そうだよ。」
「それって不法侵入じゃん!?ってか、今の時期のプールってヤバくない!?」
確か夏しか使わない小学校のプールは今の時期は掃除もされておらず、とても人が入れるような状態じゃ無い。
「大丈夫だから来て。」
タマが校門を軽々と登った。
「美春。」
たまが校門の上から私に手を差し出した。
「マジ!?」
「マジ。」
ニコニコと笑顔で私を見るタマに負けて、私はタマの手を取った。
私はタマに負担がかからないように
門をしっかり掴み、力を入れて登った。
上に登ると二人で中に向かって飛び降りた。
「余裕だね。」
「そりゃね。」
私達は共犯者の笑顔を浮かべる。
「監視カメラとか無いよね?」
「大丈夫、大丈夫。」
事前に調べたのか、タマは全く気にしている様子も無いので私もタマを信じる事にする。
中に入るとグラウンドの奥に有るプールを目指す。
学校の中からプールまでの柵は低いので簡単に入る事が出来そうだ。
タマはこの時期のプールがとんでも無い事を知らないのだろうか?
嫌、知らない訳は無いだろう。
小学校に通っていたら誰しもプールのヤゴ取りをした事が有る筈だから。
私は楽しみにしているタマに申し訳ない気持ちにらなりながら、柵を登った。
「えっ!?嘘。。。」
私の目の前にはエメラルドグリーンに光輝くプールの水面が広がっていた。
「何これ。。」
タマはこの状況が当然で有るかのような顔をしている。
「どうしたの?美春?着替えよ♪」
「う、うん。」
何なんだ!?これは!?
この時期のプールってこんなんだったか!?
まるで誰かが泳ぐために予め準備していたかのように綺麗だ。
今の小学生はこの時期にもプールに入るのか!?
もう春だけど、絶対寒いから!?
私の心配を予想にタマは鼻歌を歌いながら着替え始めた。
誰も居ないのを良いことに、タマは全裸になっている。
私は思わず目を背けた。
「美春も早く着替えなよ!」
着替えたタマの水着には山城と書かれたゼッケンが付いていた。
もしかして!?と思い、私の水着を見ると、予想は的中した。
『西山』
「私の名字。。」
「そうだよ。」
「縫ったの?」
「私、学校のプール入るの初めてなんだよね。だから、この水着に憧れてたの。」
そう言うと、タマは長い髪をゴムで束ね、白いスイミングキャップを被った。
「はい。美春の帽子。」
私は帽子を受け取った。
「小学生じゃん。。」
「行くよー!」
タマはダッシュしたかと思うと、真ん中の三番コースの台の上から飛び込んだ。
タマはそのまま下に沈んだ。
「ブハっ!!」
「大丈夫?タマ?」
「私、泳げないんだよね。」
タマは苦笑いした。
「美春は泳げる?」
「うん。。まぁ、一応。」
私は二番コースの上に立つと飛び込みクロールで一気にプールの端まで行き、ターンして帰って来た。
「うわっ!?美春!凄い!!めちゃめちゃ泳ぐの上手じゃん!?」
「あ~、うん。一応二歳から小学六年までスイミング習ってたから。」
「めっちゃ凄い!!尊敬する!!」
タマがキラキラした目で私を見た。
「大したこと無いよ。」
「凄いって!ホント!私にも教えてよ!」
「えっ、うん。いいよ。」
それから私は全く泳げないタマの手を引いてバタ足の練習をした。
タマは私に手を引かれながらも泳げた事に満足したようだ。
それから二人でプールの中で水の掛け合いをした。
私は楽しくてすっかり忘れている。
今が三月だと言う事を。
疲れて二人でプールサイドで寝転んだ。
空には一面の星空が広がっている。
最近夜空を見る事何て無かったので、都会でもまだこんな星空が見える事に感動する。
「ねぇ。」
横に寝ていたタマが私の手をギュッと握って甘えた目で私を見た。
「膝枕して欲しい。」
「いいよ。」
私は起き上がると、足を曲げて座り、膝をポンポンと叩いた。
タマは嬉しそうな顔で私の膝の上に頭を乗せた。
「美春の膝枕気持ちいい。」
「そう?」
タマはうっすらと目を細めた。
「おばあちゃんに良くこうしてもらってたんだ。」
「優しいおばあちゃんだったんだね。」
「うん、とっても。」
タマがあまりに気持ち良さそうな顔をするので私はタマの頭をそっと撫でた。
タマは目を細め、気持ち良さそうに撫でられていた。
「美春もしてあげる。」
「ん?」
「膝枕。」
「私はいいよ。」
私は恥ずかしくなって断ったが、タマが嬉しそうな顔で膝を叩くので、タマの膝にそっと頭を乗せた。
柔らかくて気持ちいい。
タマの体にピタリとくっついているせいか、タマの心臓の音が聞こえる。
とても心地良い。
「家さ、母親が厳しかったんだよね。だから、物心付く前から毎日習い事させられてたんだ。」
私は気が付くと自分の話をしていた。
「父親が大学病院で外科医やってるエリートでさ、私一人娘だから、期待をかけられていたと言うか、父親の娘に見合うような娘になって欲しかったんだろうね。父親は怖かったから。」
「母親の実家は都内にいくつかマンション持ってて、母親は働かなくても生活出来た訳。だから、母親の親は母親に何もやらせ無かったみたい。そんな母親は自分じゃ何も出来ないの。父親とだって、親が決めたお見合いだったみたいだし。」
「でね、母親は父親に良くバカにされてた。父親は私が出来ない事が有ったら全部母親のせいにした。」
「だからきっと母親は自分の遺伝子のせいで私が出来ないと言われるのが怖くて私にとても厳しくした。物心付いてから、母親に優しくされた記憶なんか無いから。」
気が付くと私の目から涙が流れていた。
一度溢れた涙は止まらなくなっていた。
「寂しかったんだね。」
タマは私にそう言うと、私の頬を伝う涙をペロっと舐めた。
一瞬ドキリとするが、星空に照らされたタマの顔を見ると何故か安心した。
そして私はそのまま眠ってしまった。
私は深い闇の中に落ちるように更に深い眠りの中へ入っていく。
数日後、私の母校の小学校は何年も前に廃校になっていた事を知る事になる。