アイス・カオリ登場
俺たちが初めに到着した街は『レイドア』という要塞都市だった。
四方が高い壁に囲まれ、対空防御の軍備を有した難攻不落の都市だ。
正規軍が駐留し、大きなギルドも存在する。
冒険者の数も多いので力量にあったクエストを受けることが出来き、その為、死亡率も低い。
「だから、駆け出しさんには恵まれた環境ですよ」
とギルド嬢が教えてくれた。
俺とリザは到着した日に冒険者の登録を済ませた。
登録料は二人合わせて20万メダ。
かなりの痛手ではある。
それでもリザの話だとギルドに所属した方が良いらしい。
張り出されたクエストは階級に当てはまれば、誰でも受けられるし、難しいと思えばパーティやレイドを組むこともできる。
しかし、これで鉄鉱石や動物の毛皮などを売って得た金銭のほとんどを使ってしまった。
「明日、クエストを見に行こう。このままだと数日後の食事も怪しい」
生きる為にはお金がいる。
今はリザもいるんだ。
この子の人生にも責任を持たないといけない。
「でも銅階級からっていうのが、めんどくさい。ハヤテなら上位クエストだって行ける」
「だとしても、決まりは決まりだよ。それを守ることは集団に属する以上必要だ」
「…………ハヤテ、こんなに食べて大丈夫か?」
リザは心配そうな顔をする。
森にいる時はあまり気にしなかったが、リザは大食いだった。
体のどこに入っているんだってくらいに…………もしかしたら、種族の違いかもしれない。
「子供が遠慮しなくていい」
「子供じゃない。ハヤテの相棒だ」
そう言いながら、リザは肉を平らげた。
「野菜、残ってるぞ」
「野菜は嫌いだ」
「駄目、ちゃんと食べなさい」
「う~~~ん」と唸りながら、リザは嫌そうに野菜を食べる。
レイドアへ到着した当日、俺たちは格安の宿屋で部屋を借りて就寝する。
次の日、俺とリザは朝早くにギルドへ向かった。
新しいクエストは朝に張り出される。
効率の良さそうなクエストを受ける為にはこの時間に来る必要があった。
昨日、来たのは商店で鉄鉱石や毛皮を売却した後だったので夕方だった。
その為、人が多かったが、今日は静かだ。
「うーん」
俺はクエストが張り出されているボードの前で難しい顔になった。
早起きした甲斐があり、俺たちの階級でも受けられる割のいいクエストはいくつかある。
しかし、問題があった。
「条件が三人以上の依頼ばっかりだ」
二人で受けられるクエストはなかった。
いや、無いわけではないが、二人だとクエストの報酬がガクッと下がってしまう。
「ゴブリンを召喚して、人数を偽造する?」
リザが真顔で言うので、本気か、冗談か分からなかった。
「ゴブリンは冒険者登録していないから、受付で引っかかるだろ」
「確かにそうだ」
どうやら本気だったらしい。
現実的なことを言うと誰かもう一人、誘うべきだろう。
だけど、ソロの冒険者はほとんどいない。
それに知名度がない俺たちがいきなり話しかけても組んでくれるとは限らない。
「すいません? あなたもジンブ出身の方ですか?」
突然、声を掛けられた。
振り向くと黒髪の美人が立っていた。
「日本人?」
時代劇に出てきそうな着物姿、腰には日本刀と小刀を差していた。
「ニホンジン? 私は東方の島国『ジンブ』の出身ですが」
女性は不思議そうな表情をする。
東方の島国、ってやっぱり日本じゃん。
もしかして、この世界の世界地図を作ったら、俺のいた世界と同じになるんじゃないか?
なるほど、肌とか髪の色が俺と同じだったから、声を掛けて来たのか。
「すいません、俺の勘違いでした。話を戻しましょう。話しかけてきたのはパーティのことですか?」
俺が聞くと女性は笑った。
「話が早くて助かります。私は修行の為に西方連合に来ました。それで今は生活の為に冒険者をやっているんですけど、言葉の壁のせいで固定の仲間を作ることが出来なくて困っていました。そこにあなた方が現れたのです」
「俺たち?」
「はい、あなた方が流暢なジンブ語を話しているのを聞いて、声を掛けました」
流暢なジンブ語? あっ、なるほど、確か駄女神が言語の理解を付与してくれているんだっけ。
でも、なんでリザまで?
「ハヤテが考えていることは分かる、多分、あれじゃない? リンクのせい」
「あ~~」と俺は納得した。
というより、それぐらいしか心当たりがない。
「どうかしましたか?」
女性が不思議そうに尋ねてくる。
「いいえ、何でもありません。確かに言葉の壁は難しいですね。俺たちももう一人、仲間を探していたんです。組んでくれるなら、助かります」
「良かったです。私も助かります。私はアイス・カオリと言います。アイスが姓で、カオリが名前です」
「俺はユウキ・ハヤテ、あなたと同じでユウキが姓で、ハヤテが名前です。で、こっちは…………」
「妻のリザだ」
「そうなんですね」
…………おい!
「相棒のリザだ」と修正を加える。
「ハヤテ、悪い虫が付かないように私を妻って言っておいて方が良い。こういう清楚系に限って、中身が淫乱だったり、凄い依存してきたりする。メンヘラとかヤンデレだ」
「どこ情報だよ」
「ハヤテ」
「俺? いつ俺がそんなことを…………!」
リンクのことを思い出した。
「お前、その記憶はすぐに消すんだ!」
「もう心に刻んだ。これは一生消えない。ハヤテの好み、完全に把握している」
「だから、あの時、いきなり20歳って言い出したのか!?」
「ハヤテの好きな性癖も把握済み。恥ずかしいけど頑張る」
「頑張るな。求めないから! というか、リザには…………」
俺は無意識にリザのある部分を見てしまった。
「ハヤテ、失礼なことを考えてる。まだ私、成長する」
リザは睨んでくる。
「あははは…………」
俺はリザから視線を逸らした。
「えっと、あの~~」
アイスさんが困っていた。
「あっ、すいませんでした。さて、アイスさんを入れて三人でクエストへ行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします。さてと…………」
アイスさんはクエストボードを見始めた。
「西方の文字、分かるんですか?」
「クエストの文字くらいは読めるようになりました。でも会話は苦手ですね。…………あっ、これが良いと思います。私は銀階級Ⅲなので、私がリーダーならこれを受けられます」
アイスさんが手に取ったのは、オーガ二体の討伐クエストだった。
「それはありがたいけど、会ったばかりの俺たちの実力を見ないで大丈夫ですか?」
「大丈夫です。オーガ二体なら、二人が駆け出しさんでも私一人でどうにかできます」
俺はリザに耳元で「オーガって弱いの?」と尋ねる。
「ううん、トロールよりも弱いけど、ゴブリンとかよりは強い」
リザの話が本当なら、アイスさんは相当の実力者か、自信過剰な愚か者だな。
まぁ、俺やリザもまったく戦力にならないってことはないだろうから、大丈夫だとは思う。
「今日の出発で大丈夫ですか?」
アイスさんが尋ねる。
「大丈夫ですよ」と返答する。
「それは良かったです。準備が出来次第、向かいましょう」
アイスさんを加えた三人パーティで俺たちは初めてのクエストに向かった。




