香とリザ
今回は一人称が香の視点になっております。
分かりづらい構成になってしまい、申し訳ありません。
次の話からまたハヤテの視点に戻りますので、ご理解の頂ければ幸いです。
ハヤテとレリアーナが出て行った宿屋。
私は何をすべきなんでしょうか?
リザちゃんはベッドから出てきてくれません。
気持ちが分かる、なんて安い言葉は使えません。。
私はリザちゃんがどんな目に遭ってきたかを知っています。
リザちゃんは私がどれだけ恵まれていたかを知っています。
ハヤテが私とリザちゃんを繋げてくれました。
でも、それがなかったら、私とリザちゃんは違い過ぎます。
生まれも、性格も、境遇も、種族も。
唯一の共通点は好きな人が同じということだけでしょうか。
思い返すとリザちゃんと二人だけになるのは初めてです。
もし、あんなことがなかったとしても何を話せばいいか、悩んでいたかもしれません。
それを考えると余計に今、会話をするのは大変です。
「香、ごめん…………」
「………………!」
突然言われて、椅子から落ちそうになりました。
リザちゃんから、こんな弱々しい声で話しかけられたことはありません。
「謝ることなんて何もないですよ」
「でも、ごめん。私が甘かったんだ。私の元ご主人様、別の街にいた。だから、会わないと思ってた。もっと考えるべきだった。冒険者なんだから、街を移動するのは当たり前だった。最近、忘れてかもしれない」
「…………何をですか?」
「私、奴隷だ。人権無い。ハヤテが私を大切にしてくれるから、我儘になっていた。私が奴隷だった事実は消せない。どこまで行っても逃げられない」
「そんなことないです。昨日だって言ったじゃないですか。ジンブに行けば…………」
「やっぱり私、行かない…………」
何言っているんですか!?
「正規のルートなら『白銀の道』を通って、安全に東方同盟へ行けるかもしれない。でも、亡命、不正規のルートは魔王軍の領土を通るんだろ?」
多分、私の知識からリザちゃんはそれを知ったんですね。
確かに亡命というからには、敵の領土を通ることになるでしょう。
「そんな危険を犯す理由はない。だから…………」
私はリザちゃんが包まっていた毛布を強引に剥がしました。
リザちゃんはまた泣いていました。
「危険を犯す理由ならあります! リザちゃんが友達だからです!!」
「香、私たちは出会って、どれくらいだ?」
「えっと、三週間くらいだったと思います」
「そうだ。三週間くらいだ。たったそれだけの付き合いだ。ハヤテとだって、まだ出会って、一カ月ちょっとしか経ってない。私たちの付き合いなんてそれくらいだ」
「だから何ですか!?」
今は私は怒っているのでしょうか?
悲しいでしょうか?
分かりません。
「私はその三週間で色々なことがありました。初めてクエストで人から褒められました。初めて人の前で酔ってだらしない、恥ずかしいところを見せました。初めてリザちゃんと喧嘩もしました。私がドレイクにやられて動けなくなった時、見捨てませんでした。私の刀を作る為に素材をくれましたし、修行に付き合ってくれました。たった三週間です。でも、その三週間でこれだけのことをしてくれたんです。これだけの思い出が出来たんです! だから、リザちゃんの為に動きたいんです。ハヤテと一緒にいたい。それと同じくらいリザちゃんとも一緒にいたいんです」
「…………相変わらずメンヘラだな」
リザちゃんは少しだけ笑いました。
「メンヘラで構いません。メンヘラで何が悪いんですか?」
「ううん、悪くない。香が不器用なのは魔力操作だけじゃないな」
「どういうことですか?」
「香がずる賢かったら、ハヤテを言いくるめて、独り占めできたのに」
「それ、どうやってやるんですか? やり方が分かりませんよ」
私は苦笑しました。
「そうだな。香はそんなこと出来ないな」
「それにリザちゃんがいなくなった後のハヤテさんを立ち直らせる自信が私にはありませんから。絶対にいなくならないでくださいね」
リザちゃんを抱き締めました。
誰かにこんなことをしたのは初めてです。
「香、慣れないことしなくてもいい」
「じゃあ、もういなくなるなんて言わないでくださいね」
「分かった。メンヘラを怒らせたら、怖そうだからな。私はハヤテと香と一緒にいる」
リザちゃんは少しだけいつものような口調に戻りました。
これで少し安心ですね。
「香、一つ、お願いがあるんだ」
「なんですか、遠慮は要りませんよ」
今なら、なんだって聞いてあげます!
「私が一番、香が二番でいいか?」
…………えっ?
何の話ですか?
いえ、何の話か、想像は出来ますけど、このタイミングで言いますか!?
「香は優しい。なんだってやってくれるな。大丈夫、ジンブやハヤテの世界の言葉で言うところの、香は側室だ」
「…………それだと、リザちゃんが正室ですか?」
多分、頬がヒクヒクしていると思います。
「当然だ。私の方が先にハヤテと出会った」
「いえいえ、それに関しては先とか関係ないですよね? あんまり差別的なことを言いたくありませんけど、夫婦はお互いに年を取って、老いていくのが良いと思いますよ」
「いや、男は年を取っても若い女が好きだ。その点、私は最高だぞ。見た目は変わらないのに、経験はどんどん重ねていく」
「見た目は変わりませんか…………」
私は分かりやすいようにリザちゃんの胸に視線を向けました。
「おい、何を見ている?」
「いえ、変わらない、と自分で言わなくてもいいと思いまして。まだ少しくらい成長するかもしれませんよ」
「まだ、かなり成長する予定だ!」
「リザちゃんは身軽そうで羨ましいです。私なんて晒を巻いていないと動きづらくてしょうがないんですよね」
「これはなんだ!? 香は落ち込んだ私を励まそうとしていたんじゃなかったのか?」
「リザちゃんがどさくさに紛れて、ハヤテさんのことに対して、私に不利な約束をさせようとしたのが悪いです」
いくら弱っていても、そこは譲りませんよ。
だって、私はリザちゃんを奴隷に戻すつもりはないんです。
ずっと一緒にいるんですから、そんな約束はしません!
「それに私の方がハヤテさんにとって理想に近くないですか?」
これに関しては確信が持てます。
ハヤテさんが持っていた『えーぶい?』に映っていた女の子たちは黒髪清楚系が多かったんですよ!
「それは見た目だけだ。ハヤテ、メンヘラは好きじゃない」
今更ですけど、リザちゃん、メンヘラメンヘラって酷くないですか?
私はただ親しくなった人の傍にいたいだけですよ!
もし、裏切られたりしたら、斬っちゃうかもしれませんけど、私を裏切らない限り、私はハヤテさんに尽くしますよ!
「なんだか、メンヘラの思考を感じる」
「なっ!?」
言い返そうとした時、ドアの前で足音が止まりました。
リザちゃんが急に不安そうに表情になります。
昨日の男たちのことを思い出したのかもしれません。
「大丈夫ですよ。この足音はハヤテです」
私は安心させたくて、教えてあげました
「そ、そうなんだ」
それなのにリザちゃんは引いていました。
一体なぜでしょう?
入ってきたハヤテさんにリザちゃんが詰め寄りました。
「ハヤテ、ちょうど良かった!」
なっ!?
弱ったふりをして、ハヤテに何か言う気ですか!
私も勝手に体が動いてしましました。
「ハヤテ、私とリザちゃん、どっちが正室で、側室ですか!?」
言った後、その場にいた全員が冷たい視線を私に向けていました。
えーっと、今、私、何を言いました?
「本当に何があった!?」
とりあえず、冷静になりましょう。
さて、切腹の用意をしましょうか。
読んで頂き、ありがとうございます。




