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エルメックの申し出

「そんなことがあったとはの。儂も一緒に遊びたかったわい」


 アイラが残念そうに言う。

 

 現在、俺はローラン、リスネ、そして途中で合流したアイラと一緒にエルメックさんのところへ向かっていた。


 ナターシャはどこかへ行った妹分リザ・サリファ・ルイスたちを探しに行っている。


 香はリスネからの報復を恐れて、どこかへ逃げてしまった。


「香さん、次に見つけたら、どうしてくれようかしら…………?」


 リスネは恨みの籠った口調で言う。


「香の奴も引き際が分かるようになってきたの」


 アイラはケラケラと笑った。


「あんな酷い目に遭うくらいなら本当にハヤテをヤっちゃえばよかった…………」

などとリスネが言う。


「そんな勇気無いくせによく言う。キスすら出来なかったんだろ?」


 ローランが指摘するとリスネは不機嫌になる。


「私はどっかの非常識な竜人とか、元女騎士みたいに突然、男を襲ったりはしないのよ」


「それはおぬしが臆病者なだけじゃろ」とアイラが言う。


 リスネは旗色と悪くなると思ったようでそれ以上、口喧嘩をしようとしなかった。


「それにしてもナターシャの言う通りハヤテがリンクしたら、初体験がバレるな」とローラン。


「他の人に知られちゃうのは問題ね…………。シャルロッテ様に記憶操作系の魔法でも教わろうかしら?」


「それは難しいだろうな。記憶操作系の魔法は特異魔法だからな。まぁ、知られても良いじゃないか?」


 ローランはいつもと同じ口調で言う。


「あんたって恥ずかしいって感情あるのかしら?」

 

「仕方ないだろ」


 ローランは冗談や強がりで言っているわけではないようだ。

 本当に淡々としているというか、サバサバしているというか……


「うむ、やはりハヤテの左腕を斬り落とすしかないかの」


 アイラの口調は真剣だった。


「なんで今日は朝から俺の手足を斬ろうとする奴が多いんだよ!」


 てか、そんなことをされたら、リントブルムたちに会えなくなる。

 それは嫌だ。


「まぁ、どうせ、おぬしとリザは当分、前には進まんじゃろ。その間に何か対策を考えればよい」


 話をしながら歩いて、エルメックさんのいるテントへ到着した。



「エルメックさん、おはようございます。入っても良いですか?」


「構わない」とテントの中からエルメックさんの声が聞こえた。


 昨日の戦いの直後、重傷を負ったエルメックさんは意識を失ってしまい、医療部隊に運ばれていった。


 幸い、夜になって意識を取り戻したが、遅い時間だったので昨日は会いに行っていない。


 テントの中に入ると夫人であるシュナさんもいた。


「情けない姿で悪いな」


 エルメックさんはベッドから起き上がろうとする。


 俺は「そのままでいいですから」といい、エルメックさんを止める。


「まったく、この人ったら、いい年して無茶をするからこうなるんです」


 シュナさんは少しからかうように言うが、エルメックさんが生きていたことにホッとしているのがよく分かる。


 エルメックさんは一瞬、苦笑し、すぐに真面目な表情になった。


「ハヤテ殿、一つ、願いを言ってもいいか?」


「なんですか?」


「私が負傷兵を率いてロキア王国方面への撤退することを許可してくれないだろうか?」


 そう提案するエルメックさんにはいつもの軍人らしい雰囲気が無いように思えた。


「そこまで重傷なのですか?」


 俺たちよりも付き合いが長いローランが心配そうに言う。


「ローラン、心配するな。傷は塞がっている。魔力は回復していないが命に関わる状態ではない。ただ、私の役割はここまでだと思っている」


「戦いはまだ終わっていません。あなたがいなかったら、誰が全軍の指揮を執るんですか?」


 疑問を投げかけたのはリスネだ。

 今までいくつもの勢力が混在する軍をまとめてきたのはエルメックさんの手腕だった。

 凡人ではここまで上手くまとめることは出来なかっただろう。


「ゲール殿が敗北し、西方連合の軍は消失した。もう将軍も、兵もいない。軍同士の戦いは終わったのだ」


「だとしてもじゃ、西方連合の王族共はペンデリオに籠っておる。戦わないにしても、残存勢力をまとめ、進軍する必要があるじゃろう」


 アイラが指摘した。

 その通りだ。


 俺たちはここで止まらない。

 民衆を苦しめている五大国の王たちを打倒して初めて、新しい秩序の土台を作り始めることが出来る。


「それに関して、リスネ殿が軍の指揮を行えば、問題無い」


「わ、私ですか?」


 エルメックさんから指名されたリスネは驚いていた。


「昨日の戦い、途中から指揮権を任せたが、実に見事な用兵を行った。貴方の実力なら問題ないだろう」


「ですが、私は実績ないギルド嬢です。指揮官たちが付いてくるわけがありません」


「優秀な指揮官なら、あなたの才能に気付き、命令に従うはずだ。そうならない者たちには私が責任を持て、連れて帰る」


 エルメックさんは楽がしたいわけではない。

 これから先、手柄は欲しさに独断専行するウレイム将軍のような者の出現を危惧しているのだ。


 最悪の場合、そういった者たちが暴走し、内部崩壊する可能性もある。


 すでに西方連合軍は大軍を動かす力を失った。

 だとしたら、ペンデリオへ侵攻する軍は精鋭の方が良い。


 それに撤退を命じられた諸国もそのエルメックさんが一緒に退くのだから、文句も言えない。


「…………どうだろう、ハヤテ君、私を離脱させてはくれないだろうか?」


 俺はシュナさんを見た。

 彼女は何も言わない。


 エルメック夫妻は二人の息子を戦争で亡くしている。

 せめて二人には安らかな老後を過ごして欲しい。


「分かりました。リスネ、軍の再編を任せても良いかな?」


「その質問、拒否権が無いじゃない。…………分かった。ゼルさんたちを集めて、ペンデリオへ向かう軍を再編する。先に失礼するわね」


 リスネはテントから出て行く。


「エルメックさん、今までありがとうございました。第二の人生を謳歌していください」


 俺はエルメックさんに頭を下げた。


「第二の人生か……。私は魔王軍との戦争が終わることも、西方連合が滅ぶことも想像していなかった。いつか戦場で死ぬと思い、今日まで生きてきたが、そうではない人生もあるようだ。それに私の人生には新しい楽しみも出来た」


「楽しみですか?」


 俺が聞き返すとエルメックさんの表情がとても優しくなる。

 今までの軍人の雰囲気が消えていた。


「厚かましいと思われるかもしれないが、ハヤテ殿がシャルロッテ様やローランたちと作る未来を見守りたい。息子たちはもういないが、生きていれば、君と同じくらいの年齢になっていただろう」


「…………」


「すまない。こんな言い方は迷惑だったな」


「そんなことはありません。俺は子供の頃に両親を亡くしてしまいました。だから、父親という存在が分かりません。ですが、エルメックさんのような方が父親なら、俺は誇らしいです」


「そうか、そう言ってくれるか。君たちの帰りを待っている。無事全てを終わらせて帰って来てくれ」


「はい、行ってきます」


 その日の午前中の軍議で俺はエルメックさんの離脱、軍の再編を発表した。

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