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開戦前会談

 次の日、ランデヴェルト平原の空は快晴だった。

 

 半面、両軍が布陣する地上はどんよりとした空気が立ち込めている。


「一度、開戦の前に使者を送り、開戦の是非を話し合ってはどうだろうか?」


 開戦前最後の軍議で、エルメックさんが提案した。


「馬鹿な! ここまで来たら、戦うのみだ!」


 発言したのは最近、五千の兵を率いて多種族連結軍へ参加したメテウス王国の将軍だった。

 名前は確か、ウレイムさんだったかな?

 筋肉隆々の如何にも武人という見た目だ。


「ウレイム殿、これだけの大軍がぶつかれば、双方に多大な犠牲が出る。敵将のゲール殿は視野の広い方だ。それに良識もある。開戦を思い止まってくれるやもしれん」


 一部の指揮官を除いて、パトラティアの提案した作戦を知る者はいない。

 敵に悟られないようにする為だ。


 勝つ為の作戦を立てた上で、不戦の提案をしたのはリスネに対する配慮だろう。


 ウレイムさんは少し馬鹿にしたように笑い、

「勇名を馳せたエルメック将軍も老いたのですかな?」

などと失礼なことを言う。


 この発言だけ聞いても、この人とはあまり仲良くなれそうにない。


「ウレイム殿、その言い方はあまりに失礼ではないか?」


 シーベルの街から同行しているダンベルトさんが注意をするが、ウレイムさんはあまり気にしていないようだった。


「私も使者を送るにのは賛成です。戦わずに済む可能性があるならするべきでしょう」


 ダンベルトさんはエルメックさんに同意した。

 さらにエルメックさんを慕う者たちも話し合いの場を設けることに賛成する。


 こうなってはウレイムさんのような主戦派は黙るしかない。


 後は会談の席に誰が参加するかだが…………


「私を行かせてください」とリスネが名乗り出る。

 彼女の狙いは父であるゲール将軍との直接対談だろう。


 だとしたら…………


「俺も行くべきでしょう」

と続いた。


「ハヤテ、あなたが危険を冒す必要は無いわ」


「こっちが西方連合の総司令官を指名するんだから、俺が行くべきだろ」


 それが礼儀ではないだろうか。


「危険じゃというなら、頼れる護衛を付ければいい話じゃ」


 アイラが提案する。

 といっても、あまり大人数になるのはまずいと思い、最終的にリザ、香、アイラ、ローランが俺とリスネに同行することになった。


 さらにエルメックさんも同行を希望する。


「年寄りが一人くらい居た方が年齢の平均が取れるだろう」


「分かりました。よろしくお願いします」


 千代経由で機巧人を使者として西方連合軍へ送るとすぐに返答があった。


 会談を承諾する条件として、互いの随員を十名までに制限することを提示してくる。


「うむ、ならば、もう少し増やせるの」


 元々、六人で行くつもりだったので問題はない。

 その気になれば、シャルたちも連れていけるが、

「止めておこうか。これ以上、人数を増やしても仕方ないよ」

 リザたちがいれば、護衛としては問題無いだろう。


 両軍が対峙する戦場の真ん中で会談は行われることになった。

 互いの軍の兵士の視線を感じながら、俺たちは会談の席へ座る。


 俺がリスネの父親、ゲール将軍を見たのは二度目だった。

 厳格で気難しそうな人で冗談が通じそうではない。


 それと驚いたことがある。

 随員を十人までと指定してきたゲール将軍は護衛を一人しか連れて来なかった。


「君がハヤテ殿で間違いか?」


 ゲール将軍の声を聞くと背筋を伸ばさないといけない気持ちになった。


「間違いありません。俺……私が多種族連結軍の代表をしているユウキハヤテです」


 ゲール将軍の視線はとても冷たかった

 カードゲームの世界でもたまにいるが、本当の意味でのポーカーフェイスだ。

 ゲール将軍の考えていることが全く分からない。


 それにたった二人で来たのはどうしてだろうか?


「君は私が随員は十名までと指定したのに二人できたことに驚いているようだな?」


 ゲール将軍は俺が思っていたことを正確に言い当てる。


「まぁ、そうですね」


「君に私を謀殺する気があれば、一個連隊の護衛がついても無意味だろう。特にアイラ殿とそちらの剣士殿の力は異常だ。余計な警戒をされない為、信頼できる副官と二人で来ることにした」


 ゲール将軍の副官が軽く頭を下げた。


「それでは結論から言わせて頂こう。ご厚意には感謝するが、降伏も撤退もあり得ない。私は軍人として、サンフォード王国に、そして、西方連合へ忠誠を尽くしてきた。今更、生き方を変えることは出来ない」


 ゲール将軍が宣言した時、リスネが震えたのが分かった。


「負けることが分かっているのに戦うのですか?」


 言ったのは俺ではない。

 リスネだ。


「なんだと?」と言ったゲール将軍は表情はポーカーフェイスではなかった。


 俺は初めてゲール将軍の感情を見た気がする。


「お父……ゲール将軍にはこの戦いが無謀だと分かっていると思います」

とリスネは続けた。


 ゲール将軍は少し間を置き、

「西方連合始まって以来の窮地だというのにこちらへ参加する者は徴兵で集めた者だけだ。駆けつけてくれた者など誰もいない。それが答えではないか?」

と言いながら、リスネを見た。


「だったら…………」とリスネが言いかけるが、ゲール将軍はそれを遮り、


「だからといって、西方連合を見捨てるわけにはいかない。ここで裏切れば、私は後世で恥を知らない男、と非難されるだろう」


「ゲール殿、確かに王族や貴族を裏切ることになるやもしれん。しかし、民衆を裏切ることには決してならない」


 エルメックさんが説得を試みるが、ゲール将軍は首を横に振る。


「あなたの言葉は最もかもしれないが、やはり裏切るわけにはいかない。この上は一戦し、互いに悔いの残らないよう戦うのみだ」


 説得が無理だと悟ったリスネは俯く。


 俺はゲール将軍と目が合った。


「一つだけ聞いても良いですか?」と俺が尋ねる。


「答えられることなら」


「降伏や撤退の意志が無いならなぜ会談に応じてくれたのですか?」


「…………一度、君に会ってみたかった」


「えっ?」


 その答えに俺は驚く。

 理由が分からなかった。


「なるほど。こうして会ってみたが、そこが知れない」


 ゲール将軍は微かに笑った。

 それが珍しいことだったようでリスネが驚く。


「頑固者の娘が惚れる男がどんな奴か、それが知りたかった」


 ゲール将軍の言葉の言葉に対し、リスネは何か言おうとして飲み込んだようだ。


「ハヤテ殿、敵である私がこのようなことを言うべきではないし、おかしなことだが、あなた方が勝った場合は娘のことをよろしく頼む」


「えっ、あの……はい……」


 俺が答えるとゲールは立ち上がった。


「それでは戦場で」


 ゲール将軍はそれだけ言うと自軍の陣地へ戻って行く。


 階段の結果、開戦が不可避であることが決定する。


「さて、私たちも帰りましょうか」


 リスネが不自然なほど明るく言う。


「こうなることは分かっていたわ。エルメック将軍、父の用兵は〝神速〟の異名を持っています。隙を見せたら、一気に崩されますよ」


「…………心得た」


「アイラさん、前回みたいに簡単には制空権を取れないわよ。出撃する時は気を付けてちょうだいね」


「……そうじゃな」


「それからそれから…………!?」


 涙を零しながら、しゃべり続けるリスネを抱き締めた。


「リスネ、無理をしないでくれ」


 リスネは俺に体を任せる。


「うん、ごめんなさい。…………忙しいのは分かっているわ。でも少しだけ、ほんの少しだけ時間をくれるかしら。絶対に気持ちを立て直すから…………」


 泣くリスネの頭を撫でながら、俺たちは自軍陣地へ戻った。

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