とある女処刑人の出会い①
新しい登場人物の視点になっております。
ご了承ください。
私はこの家に生まれたことを恨んでいた。
処刑人の家系。
生まれながらにして、闇で生きることが確定している。
父は立派な人で処刑人の他にも医者をしている。
ほぼ無償で人の命を救っているのに、賞賛してくれる人はほとんどいない。
まだ男は良い。
周りから白い目で見られても一応の身分があるから、落ち目の貴族と結婚できる。
しかし、処刑人の家系に生まれた女を貰ってくれる家なんてどこにもない。
それでも私はこの家から逃げられずにいた。
父は尊敬すべき人格の人だし、私にはこれ以外の生き方がない。
どこに行っても私が多くの人間を殺した事実は無くならない。
いつしか感情をどこかに捨ててしまったらしく、人を殺すことに何も感じなくなっていた。
でも、今回は……
「マリー、大丈夫か? 今回の処刑、やはり私が…………」
死刑囚と面会するする寸前に父がそんなことを言ってきた。
「大丈夫です。今までも女性の死刑囚は私が執り行ってきたじゃないですか。それとも私の腕が信じられませんか?」
私が一人前になってから女性の死刑囚はすべて私が執行をしてきた。
父なりの死刑囚に対する配慮だろう。
「お前の腕は信頼している。だが、今回の御仁は……」
「心配しなくても大丈夫です。私がやります。今回の処刑はたった一人。しかも単純な斬首刑。首を刎ねて、それで終わりです」
多分、今日は私の処刑人としての人生で忘れられない日になるだろう。
何しろ、今日、処刑されるのは王族なのだから。
今日、私は朝食を取らずに一杯のワインを飲み、死刑囚シャルロッテ・ロキアの待つ部屋へ向かった。
謀反や汚職で捕まった貴族の処刑に立ち会ったことはある。
貴族というものは自分のことしか考えられないようで、最期まで暴れたり、偉そうだったり、あるいはみっともなく命乞いをしたり……
いや、死に向かう人間は皆同じようなものか。
そんな人間に接し過ぎたせいで私もおかしくなっているかもしれない。
結婚したいなんて贅沢は言わない。
しかし、人生のどこかで安らかな時間は過ごしたいなぁ……
「さて……」
私は今日の罪人が待つ部屋に到着する。
部屋の外で待機している兵士に身分を明かして、部屋の中へ入った。
さて、王族という人間はどんな顔で死と向き合っているのだろうか?
普通の人が聞いたら、引くような類の興味を抱きながら、私はロキア王女と対面する。
「本日、刑の執行を担当します。マリー・アンダーソンです」
膝を付き、頭を下げる。
怒鳴って来るか、それとも恐怖で声すら出せないか。
「顔を上げてください。アンダーソンさん」
私の予想は裏切られる。
その声はとても優しい声だった。
死を目前にした人間が、これから自分の首を刎ねる相手に掛ける声色とはとても思えない。
私は驚き、思わず顔を上げた。
そこにいた人物はおおよそ死を待つ罪人には見えない。
堂々としていて、気高くて……
「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。私のことは迷惑でなければ、シャルロッテとお呼びください」
それに執行人の私に対して、礼節を持っている。
死刑囚からこんな言葉を掛けられてことも、こんな優しい視線を送られたことも初めてだ。
「もし、呼びにくかったら、気軽にシャルでもいいですよ」
「そ、それは恐れ多いです。…………では、シャルロッテ様の呼ばせてください」
私がそう言うとシャルロッテ様は一瞬驚き、そして、微笑んだ。
「ど、どうなされましたか?」
「いえ、昔、同じようなやり取りをしたことを思い出しましてね。どんな方が来るか、ちょっと不安だったんですけど、あなたのような優しそうな方が来て、安心しました」
シャルロッテ様はまるでこれから友人関係を始めるような口調で接してくれる。
私はここへ来た目的を忘れてしまいそうになった。
「さて、話をしているだけというわけにもいきませんよね。私はどうしたらいいですか?」
シャルロッテ様が相変わらず、優しい声で接してくれる。
「えっ? あっ、はい。二つ、お願いをしても宜しいですか?」
「はい、どうぞ」
「まずは服を着替えてもらいます」
「はい、分かりました」
「それから……髪を切らせてください」
「髪を? なぜですか?」
シャルロッテ様は不思議そうな表情になる。
「…………」
私が理由の説明に戸惑っていると、シャルロッテ様は分かったようで微笑み、
「あっ、分かりました。首を落とす時に髪が長いと邪魔になるんですね」
まるで他人事のように言う。
「はい……」
「それなら初めに髪を切ってしまいましょう。その方が服に切った髪が付かなくていいです」
自分の刑の執行をそんな風に段取りする罪人を私は知らない。
「分かりました。散髪師を呼びますね」
「待ってください」
ここまで協力的だったシャルロッテ様が初めて意見を言う。
私は何を言われるかと緊張した。
ここにきて、何か無茶を言うのではないか。
そんなことを思ってしまう。
「あなたが切ってくれませんか?」
「私がですか?」
「はい、アンダーソンさんは優しそうなので任せても良いかな、と思いました。こんな立場で注文を付けるべきじゃないのですけど、髪に触れる人は選びたいんですよ。ご迷惑ですか?」
シャルロッテ様は心配そうな表情で言う。
この程度のことを我儘だと思っているようだった。
「迷惑ではありません。分かりました。私が担当致します」
「ありがとうございます」
シャルロッテ様は笑顔になった。
「それから私のことはマリーとお呼びください。嫌じゃなければ、ですけど…………」
「そんなことありませんよ。マリーさん」
シャルロッテ様はそう言って、私に微笑んでくれる。
本当にこうしているとシャルロッテ様が罪人だと忘れてしまう。
でも、私が聞いている罪状は極悪で、自分が生きる為に西方連合の機密を魔王軍に売ったと聞いている。
そして、いずれは西方連合を滅ぼそうとしていた、と。
「シャルロッテ様は本当に西方連合を滅ぼそうとしていたのですか?」
髪を切り始めて、無言になり、私はそんなことを口にする。
「えっ? 私の罪ってそういうことになっているんですか?」
演技とか、惚けているとか、ではなく、本当に初めて知ったようだった。
「シャルロッテ様、そもそも、あなたは本当に死ななければならないような罪を犯したのですか? 私にはあなたがそんなことをしたようには思えません」
「マリーさんは優しい方ですね。……そうですね。この髪を切ったら、少しだけ私のことを教えますね」
シャルロッテ様は相変わらず、優しい声で私に話してくれる。




