西方連合会議へ
西方連合会議まで一週間と迫り、今日、俺たちはレイドアを出発する。
「ローランは今日も部屋にいるのかい?」
出発の寸前にナターシャにローランのことを聞いてみた。
「うん、部屋の前に食事を置いておくのだけれど、食べてくれないの……」
ローランのことは心配だ。
でも、俺たちも余裕が無かった。
「ローランには黙って行ってごめん。帰ったら話をしよう、って伝えてくれないかな」
ナターシャは「分かったわ」と答えた。
「ハヤテ……」とアイラが彼女らしくない弱々しい声で言う。
「シャルロッテは儂の大切な友達じゃ。あやつがいなければ、儂は生きようと思わんかった。ハヤテたちに会えんかった。シャルロッテには恩があるじゃ」
「分かっているよ、心配しないでくれ。大丈夫だから」
我ながら、こんなに根拠のない「大丈夫」もそうそうないだろう。
アイラもそれは分かっている。
分かった上で微笑んでくれた。
俺たちは屋敷を出て、レイドアの街を進んでいく。
西方連合の通達が街にも伝わっているようで街は騒がしかった。
「西方連合が各国の騎士にしている冒険者のリストを確認したの。あれだけの人数を引き抜かれたら、レイドアの冒険者ギルドは機能を失うわ」
リスネさんが暗い表情になった。
シャルのことも心配だが、ギルドのことも心配なのだろう。
俺たちがレイドアの門を潜った時だった。
「ハヤテ!」と俺を叫ぶリザの声がした。
レイドアの街中からリザが走って来る。
連れて行け、と言うと思った。
「ごめん、今回は連れて行けない」
俺がそう言うとリザは首を横に振る。
「付いていく為に来たわけじゃない。一言、言いに来た」
「……なんだい?」
「私はハヤテがどんな選択をしても尊重する。その上で私は絶対にハヤテについていくからな。私だけは絶対にハヤテの傍から離れないからな」
「………………!?」
リザの一言で俺は酷く心を乱してしまった。
彼女の言葉は俺の心の奥底にある黒い考えを見透かしている。
「心配しないでくれ。大丈夫、俺たちはここに帰って来る。もちろん、シャルもね」
「…………分かった。待ってる。こっちのことは私に任せろ」
「ありがとう。行ってくるね」
俺たちは西方連合の首都首都『ペンデリオ』へ出発した。
レイドアを出発してから四日が経った。
移動中も西方連合の歴史などを勉強する。
西方連合は約百年前、魔王の登場から数年後に発足した。
魔王の登場以前は他種族が覇権を争う時代だった。
俺が知る言葉で言うなら、戦国時代と言うべきだろう。
それは魔王の登場で終焉を迎える。
強大な戦力を有し、最も覇権に近かった竜人族は謎の疫病に襲われた。
その結果、竜人族は壊滅的な打撃を受けて、覇権争いから脱落し、魔王の傘下に入る。
魔王がこの疫病を発生させたことを知ったのは最近だ。
竜人族は生きる為、奴隷のように戦った。
その結果、多くの種族を傘下に加え、魔王軍が発足する。
その脅威は長年続いていたエルフとドワーフの戦争すら、終わらせる。
長年の戦争で疲弊していたエルフ族とドワーフ族に魔王軍と単独で戦う力は残っていなかった。
二つの種族は西方連合に参加することになるが、参加当時の待遇は二つの種族でまったく別のモノだった。
エルフの見た目は美しい。
その為、貴族や王族はエルフと縁を結ぶことに積極的だった。
好待遇で西方連合へ参加する。
一方で武骨なドワーフは抗争地帯に近い場所へ移るように言われ、生活は困窮してしまう。
そんな状態を打開したのは、レイドアのギルドマスター、アンジェラさんだった。
彼女はドワーフの鍛冶職人としての技術を高く評価し、ギルド・冒険者・武器職人の関係を構築する。
レイドアで長く冒険者をしている熟練者の殆どはドワーフが造った武器や防具を身に着けている。
武器職人としての地位を確立したドワーフには仕事の受注が来るようになり、今では安定した生活をしている。
その礼として、ドワーフたちは特殊な技術でレイドアの城壁を建築し、魔力で再生するその城壁はレイドア攻防戦の際に活躍した。
「アンジェラさんは四十前後だと思っていたけど、本当はもっと年上なのか? だとしたら、あの見た目は一体…………」
新しい疑問が生まれるがそれは頭の片隅へ置いておくことにした。
そういえば、魔王は南の大陸にも拠点を作ったんだよな。
それが砂漠の国だ。
百年前、南の大陸も戦国だった。
王描人族と闘狼人族を中心に覇権争いが繰り広げられていた。
その中で蛇人族は弱い立場の種族を集めて、新たな勢力を形成しつつあった。
そこに魔王の助力が加わり、砂漠の国は一気に南の大陸の覇者になる。
その代償に多くの歴史を失った。
魔王が本気なれば、十年足らずで西方世界の全てを飲み込んでいたかもしれない。
しかし、奴が気まぐれで始めた覇業は気まぐれに終わったのだ。
大した理由もなく、ただ飽きてしまった。
子供が途中でゲームを投げ出すように途中でやめてしまった。
結果、残ったのは西方連合軍、魔王軍、獣人連合軍だ。
戦争は慢性的に行われ、それが終わったのはつい最近だ。
俺が魔王を倒して、脅威は無くなった。
砂漠の国と獣人連合も終戦を迎えて、全ては終わったと思った。
「エピローグ、とはいかないものなのかな」
俺はリスネさんから渡された西方連合の歴史書を閉じて、呟いた。
「ハヤテさん、そろそろ寝なさいよ」
リスネさんが言う。
現在、俺たちは野営をして、夜を過ごしていた。
予定では明後日、ペンデリオへ到着する。
「寝ようと思ってんだけど、眠くならないだ」
リスネさんは俺の額を小突いた。
「駄目、寝なさい。ハヤテさん、昨日も。一昨日も同じことを言って、ほとんど寝ていないじゃない。そんなに寝れないなら、催眠魔法を使うけど?」
「そこまではしなくて大丈夫だよ」
俺はそう言って、魔具の明かりを消して、毛布に入った。
温風の出る魔具のおかげでテントの中は暖かい。
しかし、今日も俺は満足に寝れなかった。
シャルが連れて行かれた夜から、嫌な夢を見るようになってしまった。
あの魔王が人間を、街を襲っているんだ。
無慈悲に全てが焦土に変わっていく。
でも、おかしいことに俺の視点はいつの間に魔王になる。
そして、最終的に俺自身が魔王として全ての人間を殺す。
そんな夢を見るようになってしまった。
今日のその悪夢ですぐに目が覚める。
「俺があいつみたいになるだって? 馬鹿らしい…………」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。




