欠陥と出会い
女神様の力は確かなようで俺は異世界へ到着した。
今は人気のない森にいる。
…………あの駄女神、街とかからスタートじゃないのか。
「こんな森で何から始めれば…………」
「ワオォォォ!」
獣、犬のような叫び声が聞こえた。
召喚盤が反応する。
周囲を見渡すと木々が揺れた。
「いきなりかよ。頼むからチュートリアル級のモンスターにしてくれよ」
木々を揺らしながら、現れたのは狼のようなモンスターだった。
数は三体。
すでに臨戦態勢だ。
「ちょっと待ってくれよ!」
敵は三体、小回りが利きそうだ。
こういうモンスターに相性が良さそうなのは…………
「ガウッ!」
狼のようなモンスターは考える時間を与えてくれなかった。
「ああ、もう!」
俺は咄嗟に頭に浮かんだカードを引いた。
「…………こいつは?」
引いたのはとても懐かしいカードだった。
「ゴブリンソルジャーを召喚!」
子供の頃に憧れた台詞と動作、そして出現する俺のモンスター、ピンチのはずなのに心が躍る。
なんだかんだで、俺は異世界を楽しめるかもしれない。
ゴブリンソルジャー
レベル② 属性(土) 召喚コスト1000
攻撃力1000 体力1000
ゴブリン族の攻撃力を+200する。
『あれはただのゴブリンじゃない。戦い方を知った兵士だ』
随分と懐かしいモンスターを召喚したな。まだ、子供でデッキ作りにお金をかけられなかった時、安くて強いからゴブリンアグロを使っていたっけ。
…………で、こいつは狼に勝てるのか?
ゴブリンソルジャーと狼みたいなモンスターが睨み合う。
三対一、数では不利だ。
「他に何かモンスターを召喚しようか?」
しかし、決断する前に戦いが始まってしまった。
ヤバいかな、と思ったが、それは杞憂だったようでゴブリンソルジャーはあっという間に狼を撃退する。
「やった! 結構強いぞ。ゴブリンソルジャー! …………ん?」
召喚盤を見ると残りのソウルポイントが1000と表示されていた。
ミストローンは初期ソウルポイント2000で始まるゲームだ。
ゴブリンソルジャーの召喚コストは1000、計算が合う。
「あの駄女神、こんなところを原作再現しなくてもいいじゃん…………だけど、まぁ、体力使って闘ったり、魔力を使って魔法を発動したりすることを考えると代償無しで召喚を行うっていうのは虫が良すぎるか。でも、これって、うっかりコスト2000以上のモンスターを召喚していたら、死んでいたのかな? それに戻らないってことはないよな?」
ソウル=魂を削って戦う、ってバトル漫画だと諸刃の剣だからなぁ。
だとしたら、あの駄女神、説明不足過ぎる。
「ぐぐぐ…………」
考え事をしているとゴブリンソルジャーが俺に視線を送ってきた。
敵意ではない。
恐らく、指示を待っているのだろう。
「ごめんごめん。ありがとう。もう戻っていいよ」
俺は召喚したゴブリンソルジャーのカードをデッキに戻した。
するとソウルポイントは1900まで回復する。
「なるほど、デッキに戻れば、ソウルポイントも元に戻るわけだ。だけど、全部じゃないな」
そういえば、さっきの戦闘で狼から一度、噛み付かれていた。その分のダメージを負ったから、全部が戻らなかったのか。
となると、もし撃破されたら、コストにしたソウルポイントは全損ってことになるのかな?
「…………んっ、ちょっと待て」
俺は嫌な予想がして青ざめる。
けど、いやいや、いくらあの駄女神でもそんなことをするはずは…………
俺は予想が外れていることを祈り、デッキに手を置いた。そして、イメージし、カードを引く。
「…………」
イメージは間違いない。
先ほどよりはっきり思い浮かべた。
しかし、カードは白紙だった。
怒りでプルプルと震えた。
俺がイメージしたのは『パーソン』カードの『エルフクイーン』だった。
しかし、『エルフクイーン』はカード化されなかった。
「あの駄女神、『モンスターカード』しか召喚できないじゃねーか!!」
それはミストワームのゲーム性を崩壊させる欠陥だった。
ミストワームには三種類のカードが存在する。
モンスターカード、パーソンカード、サポートカードだ。
モンスターを召喚するためにはソウルポイントを消費する。
初期のソウルポイントは2000だ。
これでは上級モンスターは召喚できない。
召喚するためにはパーソンカードやサポートカードでソウルポイントを増やす必要がある。
必要があるのだが…………
「あの駄女神、モンスターカードしか使えなくなっている! いや、モンスターを召喚できるように頼んだのは俺だけど、そうじゃないだろ…………!」
ソウルポイントが2000から増えない状況で召喚できるのはコスト2000のレベル④までだ。
いや、レベル④を召喚したら、ソウルポイントが0になる。
って、ことはレベル3までの低級モンスターしか召喚できない。
…………あれ、これって詰んでね?
チートで無双できる予定だったのに破綻した!
それに悪いことは続くようで急に雲行きが怪しくなる。
雨に降られて、体温を奪われたくない。
こんな森の中で体調を崩すのは避けたかった。
「今はとにかく雨宿りか…………」
少し歩くと洞窟があった。
ここなら雨風を防げそうだ。
念の為、警戒するが召喚盤は反応しない。
外敵はいないようだ。
「これからどうするかなぁ……」
レベル3以下のモンスターで救えるほど世界は甘くないだろう。英雄気取りで無謀な闘いをするよりは、気ままに過ごすべきじゃないか?
さっき走って分かったが、体力は強化されている。
あの駄女神には悪いが、俺は二度も簡単に死にたくないから無難に生きて行こうか。
そんなことを考えていると、洞窟の奥から物音がした。
目を凝らすが真っ暗で何も見えない。
「召喚盤は反応しないけど、何かいるな…………」
俺は召喚盤を展開し、カードを引いた。
「ゴブリンヴァンガードを召喚」
ゴブリンヴァンガード
レベル① 属性(土) 召喚コスト500
攻撃力500 体力1000
『物音を立てるな。奴は臆病だ。気付かれるぞ』
「あれ、テキストが削られている?」
ゴブリンヴァンガードは絵で松明を持っていたから、召喚したのだが、テキストが無くなっている部分があった。
本来なら「相手の手札を1枚確認する」というテキストがあったが、それが無くなっていた。
「この世界に適さないテキストは削られるってことかな。ということは、ゴブリンソルジャーのゴブリン族にバフをかける能力は生きているわけだ」
なら、何か出来ることがあるかもしれない。
けど、それを考えるのは今じゃないな。
ゴブリンヴァンガードの後に続いて、洞窟の中へと進んでいく。
「グッ」とゴブリンヴァンガードが低い鳴き声と漏らした。
何かを発見したらしい。
明かりに照らされた先にいたのは金髪の少女だ。
ボロボロの服で体中泥だらけ、見た目は15歳前後だろうか。
だが、どこか違和感がある。
人よりも顔全体の輪郭がはっきりしている気がする。
ミストローンの世界大会でいろんな国の外国人と対戦したが、その人たちよりはっきりとした顔立ちだ。
泥で汚れているのに美しい顔なのがよく分かる。
それに耳が尖っていた。
「エルフ…………?」
俺の言葉を理解した少女はビクッとした。
「エルフじゃない、私、ハーフエルフ。あなた、誰……?」
エルフ、いや、ハーフエルフの少女はか細い声で怯えながら言う。
見た目の美しさとは釣り合わない怯えた子供っぽい反応だった。
よく見ると鉄製の首輪をしている。
「…………」
あーっ、これ絶対に何か厄介ごと抱えているな。
脱走した奴隷とかだな。
「ごめんごめん、追手とかじゃないから。たまたま、雨宿りに立ち寄っただけだからね。雨が止んだら、出ていくよ」
笑いながら、説明するとハーフエルフの少女は少しだけ警戒心を薄めた。
それでも完全に警戒心を解いたわけではなく、俺に怯えている。
今の俺にこの子の警戒を解く手段はない。
気まずくなり、洞窟の入口の方へ向かった。
俺が近くにいない方が少女も安心するだろう。
読んで頂き、ありがとうございます。