全力の香
俺たちは食事をしながら、今回の依頼を説明する。
「ドレイクの角で刀を? それは面白そうだね」
ドラズさんは笑う。
「はい、私の父が鬼の角で刀を作った話をしてくださいました。ドレイクの角も武器に加工が可能だと思って、ドラズさんの所へ来ました」
「出来るか、出来ないかで言えば、可能だよ」
ドラズさんはあっさりと答えた。
「でもね、扱えるかは別問題だ」
ドラズさんの視線は鋭い。
「香ちゃんにその技量があるのかね?」
「それは…………」
香は押し黙る。
「一つ、賭けをしないかい?」
「賭け、ですか?」
「そうさ、刀は作る。恐らく、十日で出来るだろうね。香ちゃんはその十日間であたしの弟子、ディアスと『剣道』をやって、一回でも勝てれば、合格。あたしの打った刀を素材費用だけで渡してあげちゃう。でも、一回も勝てなかったら、刀は渡さない。あたしのものにする。どうだい?」
香は俺を見た。
「香の好きにすればいい。どんな結果になっても、それは香にとって経験として残るからね」
「ありがとうございます」
「決まりだね。あたしはすぐに準備にかかるよ。日が沈むまでの間はいつでも挑むといい。いいかい、ディアス?」
「勝手に決めて。いいかい、はないでしょ? やりますよ」
「香ちゃん、頑張んなよ。言っとくけど、ディアスは強いよ」
「分かりました。さっそく、お願いしてもいいですか!」
香は立ち上がり、「もちろん」とディアス君も応じた。
ディアス君に案内された先の建物は、外見も内装も剣道場のようだった。
「これに着替えてください。あと、これも渡しますね」
ディアス君は香に胴着と木刀を渡す。
「それは特殊な胴着と木刀です。魔力が残っている以上は人体の損傷を防ぎます。ただし、痛みは感じるので注意してください」
「分かりました」
「あっちに個室があるので、そこで着替えましょうか」
香とディアス君が胴着に着替える。
「じゃあ、始めますか」
ディアス君の構えは香と一緒だった。
「ドラズさんが香のお爺さんと一緒に旅をしていたって、言っていたから予想はしていたけど、同じ流派か」
「初手全力で行きます。魔陰流攻法ノ一『ミナカミ』!」
相変わらずの速度で香は攻め込んだ。
「魔陰流守法ノ一『セキアカギ』…………」
攻め込んだはずの香が木刀を落とし、右手を押さえた。
香の記憶を共有した俺は技としての『ミナカミ』も『セキアカギ』も知っている。
それでも何が起きたか分からなかった。
「もう終わりですか?」
「まだです」
香は木刀を拾い、上段に構えた。
「魔陰流攻法ノ二『シマ』!」
「魔陰流守法ノ二『セイハルナ』」
防がれ、今度は独特の突きの構えをする。
「魔陰流攻法ノ三『サルガキョウ』!」
「魔陰流守法ノ三『オウミョウギ』」
これも防がれ、下段に構える。
「魔陰流攻法ノ四『オイガミ』!」
「魔陰流守法ノ四『ビャクセンゲ』」
四度の攻勢は悉く防がれた。
それどころか、ディアス君のカウンター攻撃で、香の方がダメージを負っている。
「ディアスの方が強いな」とリザが言う。
俺もリザと同意見だった。
「今度はこっちから行きますね」
ディアス君が刀を鞘に納め、『ミナカミ』の構えを取る。
香は『セキアカギ』で迎撃するつもりらしい。
しかし、香の迎撃は失敗する。
ディアス君の『ミナカミ』が香の腹部を強打する。
「がはっ…………」
強烈な一撃を受けた香は膝をつき、動けなくなった。
この力量差を十日で埋めろって言うのか…………
香はもう立ち上がれないと思った。
しかし、俺の予想は裏切られる。
「ドラズさんの言っていた通りですね。ジンブ人は打たれ強い」
香は立ち上がった。
「素直に認めます…………魔陰流攻法四式、守法四式、どちらもディアスさんの方が上です」
「では、諦めますか?」
「諦めません。今日、負けても明日、また挑みます。だからこそ、今日を全力でやらせていただきます」
香は中段に構えた。
「なるほどジンブから遥々、西方連合へ来ただけはありますね」
ディアスも中段に構えた。
「やはりあなたも使えるのですね」
少しの間、沈黙した。
二人はほぼ同時に動き出す。
「「魔陰流奥義『カクブギョウ』!」」
大気が震える。全魔力を身体強化と武器強化に回した連撃のぶつかり合いだった。
その連撃が先に止まったのはディアス君だった。
香から距離を取る。
「奥義の勝負は分が悪いみたいですね。ジンブ人の魔力の量は桁違いです。でも、不器用だ…………」
ディアス君はそれ以上、何もしなかった。
香の連撃は空振り、そして、動きを止めた。
同時に木刀が砕ける。
「その木刀も特別製で使用者の魔力が尽きると壊れるようになっています。今日はここまでです。これ以上やると香さんの体に直接、打撃が入りますから」
「分かりました…………また、明日、お願いします」
香は今日初めて負けたわけではない。
この前のドレイク戦では大怪我をした。
過去には祖父や両親、両親の弟子たちに負けていた。
しかし、同世代の剣士に負けたのことはなかった。
だから、ショックで落ち込むと思ったが、
「世界は広いですね。西方連合に来て本当に良かったです」
香は笑っていた。
純粋に同世代のライバルが出来たことが嬉しそうだった。
読んで頂き、ありがとうございます。




