ボードゲーム⑤
「ナターシャ、ハヤテにくっつき過ぎだ、離れろ」
リザがいつの間にか高台へ昇ってきていた。
そして、俺とナターシャの間に割って入る。
「まさか、ハヤテを襲ってないよな?」
アイラは心配そうに、ナターシャへ尋ねる。
「今思うとフィールレイさんも寝てたし、襲っても良かったかも」
ナターシャはからかうような口調で言った。
それを聞いたリザは俺の腕にしがみ付く。
「おい、動きづらいって……」
「いくらナターシャでもハヤテは渡さないからな!」
どうやらリザに降りる意思はないらしい。
まぁ、下のことはアイラとフィールレイに任せればいいか。
駒の立ち位置は変えた。
あとはこの手番の動きだけど…………
「ナターシャ、砲兵隊の駒で相手の司令官の駒を取ってくれ」
「いいの?」とナターシャは言う。
俺だって、ここですんなりとゲームが終わるとは思っていない。
「どっちにしろ。相手に札を使わせないといけないからね」
ナターシャは俺の指示に従い、相手の司令官の駒を取ろうとするが、
『我は《緊急札・防壁》を発動。この手番で我の司令官の駒を取ることは出来ない』
やはり対策はあった。
しかし、これで札を使わせることは出来た。
まだ何かあるかもしれない。
それでもこちらが司令官の駒に攻撃を集中していれば、いずれは札も尽きる。
相手の英雄の駒を取らないように立ち回っていれば、残った駒の力で押し切れるかもしれない。
そう考えたところで俺は苦笑してしまった。
結局、俺に劇的な勝利を演出する才能はないのかもしれない。
ボードゲームでも、カードゲームでも同じだ。
勝つ時も負ける時も地味で絵にならない。
俺がゲームで劇的に勝ったのなんて、あの世界大会の決勝の最終戦(※第1部分『プロローグ』参照)だけかもしれない。
『我は《自発札・降格》を発動。司令官を除く盤上の駒を一つ、歩兵隊へ変更する』
巨大な蛇人の声で、変な自己分析をしていた意識は目の前のゲームに戻る。
いけないなぁ。
今はゲームに集中しよう。
「降格か……」
厄介な札を使われた。
こっちの駒は一つ、歩兵隊に変えられてしまう。
しかも、あの札は司令官の駒以外はどの駒でも対象に出来る。
恐らく、英雄を歩兵隊に変えられてしまうだろう。
などと考えていたら、
『我は自分の英雄の駒を歩兵隊に変更する』
巨大な蛇人が指定してきたのは英雄の駒。
しかし、それは自分の英雄の駒だ。
「そうか、しまった…………!」
俺が英雄の駒を取らなくても、この方法なら自軍から英雄を消滅させられる。
「なんだ、あいつ、自分の駒を弱くしたぞ」
リザは不思議そうだったが、俺にはこの後の展開が予想できた。
『さらに我は《誘発カード・英雄再誕》を発動する』
英雄再誕、自分の残りの駒が歩兵隊と司令官だけになった時に発動できる。
その効果は…………
『残っている歩兵隊の駒を全て英雄に変更する』
相手の残っていた歩兵隊の駒に光が当たるとそれは英雄に変化した。
その数は五つ。
駒のパワーバランスはひっくり返った。
そして、英雄の駒の一つを動かし、こちらの砲兵隊の駒を討ち取る。
「ハヤテ、これは…………」
ナターシャは暗い表情だった。
恐らく、この状況は盤上だけなら詰みだと言いたいのだろう。
それは俺にだって分かる。
逆転の可能性があるとしたら、劇的に勝つ切り札を引くしかない。
なんだか、こんな状況、前にもあった気がするな。
でも今回は…………
「最初に一枚引いて、二十九枚…………こっちが取った駒が九で二十枚…………こっちが取られた駒が八で十二枚………それにお互いにカードを使って駒を復活させたりしたから、残りの山札は八枚か…………」
世界大会の時の十六枚に比べたら、半分だ。
それでも八分の一、12.5%……
やっぱりこういう時は手が震えるな。
「ハヤテ」
そんな震える手にナターシャが自分の手を重ねた。
「盤上は厳しい。けど勝つ方法はまだあるんだって分かる」
「どうして、そう思うんだい?」
「だって、ハヤテの眼、まだ勝負を諦めてないから」
ナターシャが笑いながら言う。
「ハヤテ、もし勝つための札を引けなくても、どうにか負けないように努力するよ。だから、心配しないで」
ナターシャはそう言ってくれた。
体の震えが止まる。
「まったく俺はいつも誰かに支えられているなぁ…………」
一人じゃ何もできないことを実感する。
大きく息を吸って、札を引いた。
「…………良かった。俺はまた、主人公に成れたみたいだよ。俺は《誘発札・乱世終焉、泰平到来》を発動する!」
乱世終焉、泰平到来。
この札は盤上に英雄の駒が三つ以上存在する時に発動できる。
その効果は……
「平和な時代に英雄は必要ない! 盤上の全ての英雄は消滅する。そして、消滅した自分の英雄の駒と同じだけ自軍の駒も消滅させなければならない」
俺は騎兵隊の駒を選択し、消滅させる。
相手は英雄の駒が消滅し、司令官の駒しか存在しなくなった。
「乱世終焉、泰平到来の札の効果を受けてもらう」
これはどんな札の効果でも、防ぐことは出来ない。
巨大な蛇人の司令官の駒が消滅した。
『…………我の負けだ』
強大な蛇人はそう宣言した。
『英雄がいない時代こそ、我の願い。盤上だけではなく、この世がそうなることを願う。我に勝った者に秘宝を渡そう』
それだけ言うと巨大な蛇人は石像に戻ってしまった。
そして、その石像に亀裂が入る。
次の瞬間、石像は砕けてしまった。
「えっ? どういうこと?」
俺が呆然としていると、アイラとフィールレイは砕け散った石像に近づいた。
「ハヤテ、こんなものが出てきたぞ!」
アイラが手にしたのは本だった。
「他には何も無さそうだ」とフィールレイが言う。
俺は高台から降りて、アイラたちと合流する。
「これが秘宝?」
本の中身を確認しようとした時だった。
急に部屋全体が揺れ始める。




