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短編

宮廷道化師

作者: 佐藤謙羊
掲載日:2020/11/07

 100の神々の加護を受け、100の国々を有する、ハンドレット帝国。

 その王宮にはひとりの道化師がいた。


 宮廷道化師の役割は、主に五つ。


 ひとつ目はその名のとおり、城や城下町で曲芸や寸劇を披露し、人々の名を楽しませること。

 ふたつ目は、有力者からペットのような扱いを受け、彼らの愛玩となること。


 ハンドレッド帝国の女王、ハバネロは今日も謁見場の玉座にふんぞり返り、大臣からの報告を聞いていた。

 その足元には、宮廷道化師であるジョーカーがしなだれかかっている。


 今日のジョーカーは頭にネコ耳をつけ、白塗りメイクにネコのようなヒゲを生やしていた。

 キンキラのタキシードに蝶ネクタイ。ねじり飴のような杖に先のくるんと曲がった靴。


 絵本の中から飛び出してきた、二足歩行するネコのような扮装をしている。


 飼い主に甘えるネコのような仕草で、主人であるハバネロの目を楽しませるジョーカー。

 ハバネロは上機嫌でジョーカーの頭を撫でていたが、突如激昂して、ジョーカーの髪をわしっと掴んだ。


「小麦が高騰してて、庶民がパンを食べられずに飢えているですって!? ならケーキを食べればいいだけじゃないの! それが嫌なら斬首よ斬首!」


 ハバネロは『斬首姫』の異名を取るほどの処刑好きであった。

 女王になってからというもの、毎日のように処刑を言い渡していたのだが、それは実行されることはない。


 なぜならば、ジョーカーがいたからだ。

 ハバネロの足元にいるジョーカーは、髪の毛を引っ張られながらもゴロニャーと鳴いた。


「それではハバネロ様、おいしいケーキをどうぞですニャ」


 手品のように、どこからともなく手のひらサイズのショートケーキを取り出すジョーカー。

 「あら、気が利くじゃない」とハバネロはそれを手づかみで頬張る。


「うん、これ、すごく美味しいケーキね! これならいくらでも食べられるわ!」


「なら、もうひとつどうぞですニャ」


 すぐさまおかわりのチョコレートケーキを差し出すジョーカー。

 ハバネロはさっそく次のケーキにかぶりついたが、ひと口めで「ウッ」と眉をしかめた。


「……おいしいけど、さすがに2個連続はキツいわね。ケーキってのはちょっとだけ食べるのがいいのかも」


 2個目は1個目よりもずっと多くの砂糖が使われているケーキなのだが、女王はそれに気付かない。


「よくお気づきになられましたニャ。女王様でもキツいものは、庶民はもっとキツいのですニャ」


「それもそうね……。大臣、庶民にケーキを食べさせるのは取り消しよ!

 やっぱり、パンがなくちゃね! だから、小麦の高騰を抑えるようにしなさい!

 それでもパンを食べられない人がいるなら、城の備蓄を使ってもかまわないわ!」


 そう。道化師の3つめの役割は、『権力者に意見する』ことであった。

 大臣や庶民が言ったら斬首モノの意見を、わかりやすく納得しやすい形で伝えるのである。


 そして、四つ目の役割はというと……。


 先ほど、女王に小麦高騰の報告をしていた中年大臣、ギンチャクは次なる問題に直面していた。

 今日は妻の誕生日だったのだがすっかり忘れていて、プレゼントを用意していなかったのだ。


「あなた、今日のお仕事が終わったら、どこへ連れて行ってくださるんざます?」


「えっ、あ、あの……えーっと……その……今日はこの城で普段どおりに……」


「んまあ!? 誕生日の夜を普段どおりに過ごせとおっしゃるざますの!?

 まさかあなた、わたくしのラグジュアリーな日をお忘れになっていたんじゃないざますね!?」


「も、もちろん忘れてはいないよ!」


「じゃあ、今日はわたくしに何をしてくださいますの!?」


「えーっと、肩もみとか、面白小話とか……」


「か、肩もみ!? 小話!?

 わたくしを、もうろくババアかなにかだと思ってるんざますの!?」


「こ、言葉を慎め! それに声が大きい! こんな所じゃなんだから、部屋戻ってから……」


「やっぱり、わたくしの誕生日を忘れていたんざますねっ!?

 城にいる若いメイドにはプレゼントを贈るクセにっ!

 きぃぃぃぃぃーーーーーーーーーっ! くやしぃぃぃぃぃーーーーーーーっ!!」


 廊下で言い争っているふたりの間に、そよ風のように舞いながらジョーカーが割り込んできた。

 ギンチャクの目の前でピッ! と二本指をかざす。


 中指とひとさし指の間には、チケットのようなものが挟まれていた。


「ギンチャク様、1年前から頼まれていたものをお持ちいたしましたニャ。

 このジョーカー、ついうっかりしていて今の今まで忘れておりましたニャ」


 ギンチャクは「へっ?」という顔をしていたが、妻は「んまあっ!?」と目を見開く。


「んまあっ!? これ、帝国エステのチケットざます!?

 予約がいっぱいで、1年待ちは当たり前の!?」


 なおもキョトンとしているギンチャクのかわりに、ジョーカーが頷き返す。


「はい奥様、これがギンチャク様からの『肩もみ』ですニャ。

 そしてこっちは『小話』ですニャ」


「ああっ!? こっちは、帝国歌劇のペアチケット!

 それも、わたくしがずっと観たかった演目ざます!

 あなた、わたくしの誕生日を覚えてくれてたんざますね!

 それも1年も前から、こんな最高のプレゼントを用意してくださるだなんて……!」


 妻はパアァ……! と頬を紅潮させ、ギンチャクをウットリと見つめる。

 ギンチャクはようやく事態が飲み込めたようで、オホンと咳払いをした。


「あ、ああ、もちろんだとも!

 実はビックリさせようと、直前まで黙っているつもりだったんだがな!

 だいいち、忘れるわけがないだろう! お前は最愛の妻なのだからな!」


「ああん、あなた! わたくしも誰よりも愛してるざますぅ!」


 ギンチャクは妻を抱擁しつつ、チケットをジョーカーの手からひったくる。


「ジョーカーよ、こんなギリギリになってチケットをよこしおって、お前は本当に役立たずだな!

 今日は特別な日だから許してやるが、今度ヘマをやったら承知せんからな!」


「こんな道化にお情けをかけてくださるとは、ギンチャク様は本当に立派なお方ですニャ」


「ふん、当然だ!」


「あなた、こんな道化はほっといて、早く行くざますぅ」


 礼も言わずに去っていくギンチャクとその妻。

 新婚の頃に戻ったように腕を組んで歩くふたりの背中を、ジョーカーは「やれやれ」と見送っていた。


 あまりといえばあまりの扱いであるが、これが彼の四つ目の仕事。

 『道化のフリをして、城内や城下町で起こる不協和音を取り除く』であった。


 そして最後、五つ目の彼の仕事はというと……。

 その前に、世界を統べる神々について、お話しておこう。


 国家の支配権は、名目上は『国王』であった。

 しかしどの国の王城にも天空へと繋がる転送装置があり、そこから天界へと行くことができる。


 その天界にいる神々こそが、この世界を自由に操る者たちであった。

 神は国に付いているので、多くの神々を住まわせている国こそが大いなる力をえる。


 前述のとおり、ハンドレッド帝国には100もの神々がいた。


 神々と人々、この関係性を現代風にせ説明すると、『親会社』と『子会社』の関係。

 国家の裁量はすべて、子会社の国王に委ねられているが、その行く末は、親会社である神々にしっかりと監視されていた。


 神々に利益還元できる国王こそが、良い国王というわけである。


 そしてその神々のひとりである『大天空神ホライゾン』は、ある日、異国から来たというある男を、ハンドレッド帝国に推挙した。


 男の名は、『ゴルロス・カーン』。

 『コストカッター』の異名を取り、さまざまな国の財政を建て直してきたという凄腕の賢人である。


 神の推薦であれば間違いないであろうと、ハンドレッド帝国の女王ハバネロは、ゴルロスを大賢者に任命した。

 そしてゴルロスは、さっそくその腕前を披露する。


 彼はなんと、最初のパフォーマンスとして、宮廷道化師であるジョーカーを血祭りにあげたのだ。


「ジョーカーは宮廷道化師の立場を利用し、国費を不当に浪費していたのだ!

 高級なケーキにエステサロン、帝国歌劇の高額なるチケットなどを購入している!」


 弾劾裁判を受けたジョーカーは、被告席で無実を訴えた。


「それはこの国の為政を滞りなく行なうために必要なものでしたニャ。

 ケーキは女王のために、チケットは大臣たちのために使ったものなのですニャ」


 大臣たちは今までさんざんジョーカーに助けられておきながら、一斉に手のひらを返していた。

 彼らは城の道化よりも、神に推薦された大賢者の味方をしたほうが得策だと考えたのだ。


「演劇のチケットだと!? ワシは受け取っておらんぞ! こいつめ、大臣であるワシに罪をなすりつけるとは、とんでもない道化だ!」


 そして姫も、いままでさんざん暴君っぷりを諫められきたというのに、この時ばかりはジョーカーの言い分を無視する。


「ジョーカー! あなたの国費の無駄遣いは目に余るものがあるわ!

 先代の国王があなたを推していたから、アタシの代でも飼ってあげてたけど、まさかずっと手を噛んでいたとはね!

 斬首よ斬首! ……と言いたいところだけど、先代がうるさそうだから、追放よ追放!」


 とうわけで、ジョーカーは帝国追放を言い渡されてしまう。


 ジョーカーの追放には、国民からの多くの反対があった。

 ジョーカーは帝国の各地を慰問し、曲芸で人々の目を楽しませていたからだ。


 しかし、意見する道化のいなくなった女王の決定は、もう覆ることはない。

 ゴルロス・カーンはここぞとばかりに、新たなる施策をふたつ行なった。


 ひとつは庶民の遊興の埋め合わせをするため、『ゴルロスカジノ』を帝国にも設立するということ。

 『ゴルロスカジノ』はすでに帝国外にも存在する、カジノ施設である。


 これは庶民のためというよりも、完全にゴルロスが私腹を肥やすためでしかなかった。

 なぜならばジョーカーの慰問はすべて無償で、お金のない者たちも楽しめたのに対し、カジノはお金のない者は完全にシャットアウトだったから。


 それとは真逆に、もうひとつの施策は国民には好評を博していた。


 それは、帝国を追い出されたジョーカーの姿を、リアルタイムで帝国の空に映し出すというもの。

 これは『大天空神ホライゾン』の神の力によって実現化したもので、まさに『トゥルーマン・ジョーカー』と呼べるものであった。


 これで空を見上げさえすれば、いつでもジョーカーの姿が見られる! と国民からは大好評。

 しかしこれには、ゴルロスの黒い思惑があった。


 自分が筆頭になって追い出した道化師が落ちぶれていく様を見せれば、国民たちはジョーカーに愛想を尽かすであろう。

 そしてそれを断行したゴルロスこそが、新たなる国民のヒーローになれるであろう、と……!


 その仕込みはすでになされた。

 ゴルロスの手によってジョーカーは『真の道化』にさせられ、帝国の人々に笑われながら死んでいく運命となってしまったのだ。


 ジョーカーは帝国外のとある国で、街角の道化師をやって日銭を稼いでいる。

 それは落ちぶれた者の哀愁など微塵もなく、むしろ新しい旅立ちを楽しんでいるかのようであった。


 どんな時でも悲しい姿は見せない。彼は本物のショーマンだったのだ。


 そしてゴルロスはというと、札束の詰まった袋を担いで天界へと上がっていた。

 神々はそれぞれ雲の上の神殿に住んでいるのだが、彼が向かったのは『大天空神ホライゾン』の元。


「ホライゾン様、あなた様の推薦のおかげで、無事この帝国の大賢者になることができました。

 この帝国にも『ゴルロスカジノ』を作ることができましたので、大儲けは間違いないでしょう。

 これは些少ではありますが、儲けの一部ということで……」


「うむ、苦しうないぞ。

 ただ、わかっておるであろうな? 神である余がここまで力を貸したのだから……」


「もちろん、ホライゾン様にもたっぷりとお返しさせていただきます。

 あのハバネロとかいう小娘を追い出した暁には、それこそ……!」


「ゴルロスよ、そちも悪よのう……!」


「いえいえ、私などはまだまだ若輩者で、ホライゾン様には到底及びません……!」


「「ぬっふっふっふっふっふっふっふ……!」」


 その日は前祝いとして、ホライゾンの神殿で宴がとり行なわれた。

 天使たちが舞い踊るなか、酒を酌み交わすホライゾンとゴルロス。


 目の前にある天空のスクリーンには、彼らを楽しませるかのように、玉乗りをしながらジャグリングをするジョーカーが。

 今日も多くのおひねりを帽子の中に投げ込んでもらっていたが、それはゴルロスからすればスズメの涙ほどしかない。


 夕闇迫るなか、店じまいをしたジョーカー。

 笛吹きのように子供たちを引きつれ、街中をスキップしていた。


 彼はふと、『ゴルロスカジノ』の前で足を止める。

 店の軒下にはスロットマシーンが並んでいて、多くの大人たちが血眼になってコインを投入していた。


 ジョーカーは手品のようにどこからともなくコインを取り出す。

 空いているスロットめがけ、遠くからコインをシュートした。


 続けざまにジャグボールを投げて、スロットのレバーを倒す。

 勢いよく回り始めたスロットにさらにボールを投げつけ、ボタンを止める。


 遠隔からボールを使ってスロットを操作するのがあまりにも見事だったので、多くの者たちが足を止めていた。

 しかしスロットはハズレ。


「ああっ、パンを買うつもりだったお金を、つい使ってしまいましたニャ!」


 おおげさに取り乱すジョーカーに、観衆の笑い声が包む。

 ジョーカーはムキになった様子で、もう1枚コインを取り出してスロットに投入。


 その様子を、遥か遠くの帝国の空から眺めていたゴルロスは、笑いながらホライゾンに打ち明ける。


「はっはっはっはっは、普段はうちのカジノのスロットは当たらないようになっているんですよ。

 小さな当たりはありますが、大当たりは絶対に出ません」


「ほう、そうなると、誰もやらなくなるのではないか?」


「はい、なので1日に何回か、サクラを使って大当たりを見せるんです。

 そうすればバカな庶民は騙されて、どんどん金を使ってくれるんですよ」


「やっぱり、おぬしは悪よのう……」


「あのバカな道化師も、これから一文なしになることでしょう。

 そうしたら食べるものも寝る所も得られなくなって、ホームレス同然になります。

 それこそが、我々にとっての最高のショーとなることでしょう」


 しかし、夕闇の空が雷鳴が起こったかのように、急にビカビカと光り出す。

 映し出されているスロットは『777』の文字をたたえ、派手な電飾に彩られていた。


 ……パンパカパーン!


 ファンファーレとともに、滝のようにコインを吐き出すスロット。

 そのまわりにいた者たちはみんな唖然としていたが、いちばん驚いていたのは、


「なっ……なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 オーナーである、ゴルロスであった。

 『ゴルロスカジノ』の中から慌ててスタッフが飛び出してくると、コインの排出が止まらないスロットの口を手で塞ぎながら、青い顔で叫んだ。


「こ……これは機械の故障です! ですので、この当たりは無効ということで!」


 万が一の当たりが出た場合、そう言って誤魔化すようにゴルロスはスタッフに指示していた。

 しかし周囲の者たちは「えーっ!?」と抗議する。


 当のジョーカーはあっさりしたものであった。


「しょうがないですニャア。では、こっちのスロットで遊びますニャア」


 と、もうひとつの空いているスロットにコインを投げ入れる。

 しかしこの台もなんと大当たりし、またしてもコインの止まらない台ができてしまう。


 カジノの入口からは次々とスタッフが飛び出してきて、破裂した水道管を塞ぐようにスロットと止めようとする。


「こ、これも故障、これも故障です! なしなし! なしーっ!!」


 悲鳴をあげるスタッフをよそに、ジョーカーはとうとう、すべてのスロットで『777』を出してしまった。

 『ゴルロスカジノ』の前には、金色のコインの山に埋もれるスタッフたちができあがる。


「な、なんだ……!? なにが、起こってるんだ……!?」


 遠い空の向こうで、震えるゴルロス。

 そんな彼を知ってか知らずか、ジョーカーはガッカリした様子でつぶやいた。


「なんと、ぜんぶ故障だったとは、残念ですニャア。

 では、中で遊ばせてもらいますニャア」


 ズボンの上から出た猫のしっぽをフリフリしながら『ゴルロスカジノ』に入っていくジョーカー。

 これは何かあるぞと、観衆たちもあとに続く。


 ゴルロスは神殿のなかで叫んでいた。


「だっ、ダメだっ! その道化を中に入れるなっ! 追い出せ! 追い出せぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」


 もちろん、その声は届かない。

 ジョーカーは鼻唄まじりにルーレットにコインを積み上げる。


 1点買いでピタリと当てた瞬間、ディーラーは「おおっとぉ!」とルーレットの中に手を突っ込んで玉を弾き飛ばしていた。


「ああっ、すいません! つい手が滑ってしまいました! このゲームは無効にして、もう一度……!」


 しかし次のゲームでも、ジョーカーはピタリ賞。

 ディーラーは懲りもせず、ルーレットの中に手を突っ込もうとしたが、ジョーカーのステッキで袖つ掴まれ阻止されていた。


 そしたらなんと、隣で酒を運んでいたバニーガールが「ああっ、手が滑っちゃいましたぁ!」とグラスの中身をルーレットにぶちまける。

 酒のしぶきを浴びて中の玉が動いてしまい、別の目になった。


「ああっ、お客様、残念っ! ハズレです!」


 これにはすべての客から総ツッコミが入る。


「まてまてまてまて! さっきはこのピエロの兄ちゃんが賭けてた目で当たってただろうが!?」


「なんで酒で目が変わったからって、ハズレになるんだよっ!?」


 しかしすでに当事者であるジョーカーはいなくなっていて、彼はカードゲームの卓の間を練り歩いていた。

 どこからともなく取りだしたトランプを、「ほいっ!」と軽快なかけ声で投げつける。


 そのトランプはディーラーのタキシードの袖の次々と切り裂き、中にあったトランプを盛大にテーブルにぶちまけさせていた。


「ああっ!? このディーラー、カードを袖の中に隠してやがった!?」


「こっちのディーラーもだ! っていうか、全員じゃねぇか!?」


「なんてこった! ここはとんでもねぇインチキカジノだ!」


「俺たちゃ、今までずっと騙されてたってわけかよ!」


「くそっ、やっちまぇーーーーーーーーーーっ!!」


 とうとうインチキに気付いた客が暴れはじめる。

 興味本位でジョーカーに付いてきた観衆たちも加勢して、店の中はあっという間にメチャクチャに。


 しかし、彼らの怒りは収まらなかった。


「こうなったら、この街のもうひとつの『ゴルロスカジノ』もブッ潰そうぜ!」


「いや、この街だけで足りるかよ! 隣町にある『ゴルロスカジノ』もだ!」


「こうなったら、国じゅうの『ゴルロスカジノ』を全滅させるんだっ!」


「おおーっ!」


 とうとう、暴徒と化す民衆たち。

 オーナーであるゴルロスにとっては、まさに悪夢のような光景であった。


 しかも最悪なことに、この一部始終はリアルタイム映像となって、帝国じゅうの空に映し出されているのだ。

 と、いうことは……。


「おい! 『ゴルロスカジノ』はとんでもねぇインチキをやってる! ジョーカーがそれを暴いてくれたんだ!」


 それまでは小さな隣国の話であったが、それは巨大な帝国にも飛び火する。


 そして、大炎上っ……!


 ゴルロスのいた雲の上の神殿からは、帝国の様子が見渡せる。

 あちこちで、火の手が上がっているのが見えた。


 ゴルロスは顔面蒼白でホライゾンに泣きついた。


「ほっ、ホライゾン様! あなた様のお力でなんとかしてください!

 カミナリを落とすとか、火山を噴火させるとかで、あの暴徒を皆殺しにしてくださいっ!

 でないと、私のカジノが! 私のカジノがぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ホライゾンは他人事というか、他神事のように言った。 


「なんとかしてやたいのはやまやまだが、このくらいのお布施ではなぁ。

 もっとお布施をよこしてくれれば、考えないでもないが」


「そっ、それはすぐにご用意します! カジノがあれば、いくらでも金を搾り取れますから!」


「うーん、余は今すぐ欲しいのだ」


 ちなみにではあるが、ホライゾンは暴徒をなんとかできるだけの力は持っていない。

 彼ができるのは、空に映像を映し出すことだけである。


 だがその程度の能力しかないとバレてしまうと、人間にナメられてしまう。

 だからホライゾンはムチャな要求をして、ゴルロスの願いを突っぱねていたのだ。


 ゴルロスはそうとも知らずに、泣きじゃくって食い下がる。


「ホライゾン様ぁっ! そんな御無体なことをおっしゃらずに、お願いします! お願いしますぅ!

 お布施は必ず払います! 払いますからぁ!

 10倍でも、100倍でも、1000倍でもぉ!

 ですから奇跡を、奇跡をくださぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!!」


「ええい、しつこいやつめ! いまお布施をもらわぬ限り、余の奇跡はナシじゃ! ナシっ!」


「そ……そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ……結局、暴徒を止めることはできず、世界的カジノチェーンであった『ゴルロスカジノ』は物理的に壊滅した。

 事態を重く見たハンドレッド帝国の女王ハバネロは、帝国臣民を騙していた罪として、ゴルロスにある判決を言い渡す。


 普段なら斬首は免れぬ彼に言い渡されたのは……。


 と、その前に、『ジョーカーの最後の仕事』について触れておかなくてはならない。

 それは、この世の人間は誰ひとりとして知らなかったが、『偉業』とも呼べるものであった。


 それを女王ハバネロは、ひょんなことから知ることになる。

 ある日、帝国の主神から呼び出しを受けたハバネロは、天界へと向かった。


「お呼びでしょうか? メイデン様」


 メイデンは『歌と処刑の神』と呼ばれる、ハンドレット帝国の主神である。

 ギャルがキトンを着ているだけのような見た目だが、その力は絶大であった。


 メイデンはケラケラ笑いながら言う。


「空でジョーカーのことを見られるようにするなんて、マジサイコーじゃん!

 これって、ハバネロっちのアイデア?」


 「はい、その通りです」と、ハバネロはさらりと他人の手柄を横取りした。


「ジョーカーのことを見てたらまた会いたくなっちゃった!

 アイツ、最近ここに来てくれてなくてさぁ!」


「えっ」


「あーし、アイツのモノマネ玉乗り大好きだったんだよね!

 見たいからさ、呼んできてくれない?」


「は……ははっ! いまは遠くに使いに出しておりますから、少々お時間を頂ければ……」


「えー? 待つなんてヤダー! さっさと連れてきてよー! でないと、ご機嫌ナナメになっちゃうぞぉ?」


「はっ、はひっ! 可及的速やかに、ジョーカーをお持ちしますっ!」


 ハバネロは知らなかった。

 まさかジョーカーがこの天界においても『道化』であったことを。


 そして普段は不機嫌なメイデンの、ゴキゲン笑顔を見せられては、とてもではないが言い出せなかった。


 ジョーカーを、追放してしまったことを……!


 帝国でのジョーカーの立場は、実はとんでもないものであった。


 子会社で窓際族だった社員が、実は親会社の重役全員に気に入られていて……。

 子会社が何事もなく存続できていたのは、その窓際社員がうまく取り計らってくれていたから。


 そうとも知らず、子会社の者たちはその窓際社員を、クビにしてしまった……!


 もはや言うまでもないだろう。

 そう。その親会社の重役たちの接待こそが、ジョーカーの最後の仕事であったのだ……!


 接待を欠いた子会社に未来はないのも、言うまでもないだろう。


 それからである。

 親会社の重役たちの嫌がらせという、神々の災いが帝国を襲ったのは。


 帝国の各地で落雷が起こり、山火事が相次いだ。

 環境大臣は慌てて天界に赴き、雷の神に土下座する。


「ライディーン様! どうか雷を降らすのをおやめください!

 いままでは敵が攻めてきたとき以外は雷を降らさなかったというのに、どうされたのですか!?」


「べつにー、ちょっと退屈だったからさぁ。

 それに、いままで雷を敵のところに降らせてたのは、ジョーカーに頼まれてたからだよ?

 同じようにしてほしかったら、この俺を楽しませてくれよ」


 帝国の各地でバッタが大量発生、作物の被害が相次いだ。

 農業大臣は慌てて天界に赴き、バッタの神に土下座する。


「グラスホッパー様! どうかバッタをお収めください!

 いままでは作物を荒らすほどのバッタはお出しにならなかったではないですか!」


「私はバッタの神だからバッタを出すのが仕事なの。

 でもいままで控えてたのは、ジョーカーにお願いされて仕方なくそうしてただけよ。

 ジョーカーみたいにお願いしてくれたら、考えなくもないわ」


 大臣たちは連日、神々の前で道化を演じてみせた。

 ジャグリングも玉乗りもできないので、裸踊りや下手な演劇で誤魔化す。


 しかしプロのパフォーマンスで目の肥えた神々が、そんな素人の芸で納得するわけがない。

 神々はとうとう、口を揃えて怒鳴りはじめた。


 「ジョーカーを連れてこい!」と……!


 このままでは帝国が滅んでしまう、と女王ハバネロは『ジョーカー特捜隊』を編成。

 なんとしてもジョーカーを連れ戻そうと躍起になった。


 そしてゴルロス・カーンをすべての元凶とし、彼に『真綿の絞首刑』を言い渡す。

 これは、神の力で生み出された雲のようなものが首に巻かれ、時間が経つごとにじわじわと首を締め上げていくというもの。


 ハバネロはゴルロスに命じた。


「ジョーカーを追放したアンタが、責任を持ってジョーカーを連れ戻してきなさい!

 早くしないと、その首輪が死よりも恐ろしい苦痛を与えるわよ!」


 『真綿の絞首刑』を受けたものは、その苦しさのあまり、みな必ず発狂するという。

 しかも寿命が尽き、あの世に行っても首輪は取れることはなく、無間の苦しみを味わうという。


 すべてを奪われ、首輪だけになったゴルロスは、空に浮かぶジョーカーを頼りに世界をさまよう。

 彼は日に日に痩せこけていき、その顔には苦悶の表情が張り付いたままとなった。


 すべての者はゴルロスを蔑み、疫病を運んできたネズミのように忌み嫌い、石をなげた。

 それでも空のジョーカーだけは、まるで太陽のように等しく、彼にも笑顔を振りまいていたという。

このお話が連載化するようなことがあれば、こちらでも告知したいと思います。


それとは別に「面白い!」と思ったら、下にある☆☆☆☆☆からぜひ評価を!


「つまらない」の☆ひとつでもかまいません。

それらが今後のお話作りの参考に、また執筆の励みにもなりますので、どうかよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] ホライゾンがなぜ道化師を追い出したのかが気になります。神に気に入られてるのにホライゾンはわざわざ見せしめにして追い出すということは彼にとって主人公が邪魔だったから以外には見いだせないのですが…
[一言] 「Clown(道化師)」のlとrを変えて「Crown(王冠)」になったような話でよかったです。
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