9 運命
「それって、運命じゃない?」
心奈が胸元で両手を組み、瞳をキラキラと輝かせている。
不可解な反応に、あたしは首をひねりまくった。
ユウにぃはあたしのヒーローだ。
相良先輩に絡まれて、困っていたあたしの元に颯爽と現れ、軽やかに助けてくれた。
さすがユウにぃ、頼りになる。彼の素晴らしさを伝えるべく、バイト先で起きた出来事を2人に熱く語ったら、なぜか相良先輩の方に食いつかれてしまった。
なんか、おかしくない?
「例の先輩とバイト先が偶然一緒? それってすごくない? 運命じゃない? ヒナ、もう先輩にしちゃいなよ!」
「いやいやいやいや」
なんで今の話でそうなるの!?
ヒロインはねっ、ピンチを救ったヒーローとくっつくものなのよっ!
「お兄さんに邪魔されちゃったのかぁー。先輩、ふぁいとっ!」
「心奈、逆だしっ! 邪魔なのは先輩の方なんだよ? あんな人、しつこいし強引だし、馴れ馴れしいしベタベタして来るし、ほんともうサイテーだよ」
「最初はサイテーなやつだと思っていたのに、いつの間にかあたし、先輩の事が……! うんうん、定番定番」
「サエ、へんな話作るの止めてっ! 漫画と現実は違うんだよ?」
「いやあ、運命だね~~~~」
なぜだ。ユウにぃがカッコいい話のはずなのにっ!
2人とも相良先輩ばかり押してるし。
爽やかイケメン恐るべし。身内まで篭絡されている……
「あたしの運命の相手はユウにぃだから! だって隣の家に住んでるんだよ? これって絶対運命だよね」
「隣の家に住むお兄さんてのは、運命じゃなくて幼馴染て言うんじゃない?」
「なに言ってんの、サエ。幼馴染と書いてうんめいのひとって読むんだよ?」
「馬鹿な事言わないで、雛。幼馴染はくされえんって読むのよ、常識よ」
サエが冷ややかな顔をして腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。
彼女にも、あたしと同じで異性の幼馴染がいるのだ。
羨ましい事に年が同じで、高校だって同じ。クラスまでおんなじだ。めちゃくちゃ恵まれている状況にもかかわらず、なぜかサエは全く喜んでいない。刺々しい態度を幼馴染クンに日々、向けてばかりいる。
「現実見なさい、雛」
サエが、綺麗に塗られた白とピンクの2層の爪を、ぴっと廊下に向けて伸ばした。
騒ぎの渦中にいる先輩が、なぜかそこにいた。あたしの方を向いて、軽やかに手を振りながらにこりと笑っている。
なんで、先輩が、ここにいるのっ!?
「ほら、やっぱり運命じゃない?」
サエと心奈がニヤリと笑う。
嫌だっ!
そんな運命、あたしはお引き取り願いたい。
◆ ◇
呆然とするあたしを残して、サエと心奈が去って行った。
素早すぎて追いかけられなかった。見捨てていくなんて、ひどい。
教室の中には、他にもまだ何人かの生徒が残っていた。噂好きの女子集団が混ざっていたので、面倒に感じたあたしは、慌てて教室の外に出た。先輩は人目を気にしない。じっとしていると、ズカズカと平気であたしの側までやって来る。先輩はそういう人だ。
「こんにちはー雛ちゃん! 今日も可愛いね」
廊下に出たあたしに、やけに愛想のいいスマイルを浮かべながら、相良先輩が近寄ってきた。
これまた面倒に感じたあたしは、無言で素通りしてやった。昇降口を目指して黙々と歩いていると、あたしの後ろを先輩がピタリとつけてくる。
鬼兄よ、ストーカーってこういう人の事を言うんだよ?
あたしの塩対応に、彼はこれっぽっちもめげない。ほんとうに鋼のようなメンタルの持ち主だ。
「ねえねえ雛ちゃん、俺と一緒に帰ろうよ」
「えー嫌です」
「そんな事言わずにさぁ。ホラ、雨降ってるでしょ?」
ほんとだ!
外に目を向けると、小雨とは言えない量の雨が降っていた。耳を澄ますと、確かな雨音が聞こえてくる。グラウンドには誰もいる様子がない。普段なら、部活中の生徒が賑やかな声を上げている頃なのに。
おしゃべりに夢中で、ちっとも気付かなかった。
ってか、傘、忘れてるし!
だって朝は晴天だったんだよ?
天気予報なんて、忙しい朝に見ている余裕ないんだよ……。
ガックリと落とした肩を、先輩が慰めるようにポンポンと叩いた。
触っていいなんて誰も言ってないのに。ほんっと、馴れ馴れしい人だ。
「このままだと濡れちゃうから……一緒にかえろ?」
……って、先輩、傘に入れてくれるつもりなの?
やだ、実はちょっぴりいい人……?
「ありがとうございます! じゃあ駅までで良いんで、一緒に帰りましょっか」
「やった! 俺、傘忘れてきちゃったんだよね。雛ちゃんの傘に入れてもらおー!」
…………アレ?
「あたし傘持ってないし! てか、持ってたら一緒に帰ろうなんて言ってないっ!」
「ええ、雛ちゃんも持ってないの? まいったなぁ……」
先輩が、ちょっと困ったように眉をひそめた。それからパッと表情を戻し、にんまりと余裕の笑みを浮かべながらあたしの手を掴んで、引っ張った。
「よし、走ろう!」
「ええ!?」
雨の中に、なぜかあたしは先輩と走り出していた。
てか、走るなら、手繋ぐとかすごい邪魔なんだけど!?
そもそも、勝手に触らないで欲しいんだけど!
ぶんぶん振り回してみたけれど、手はがっちりと掴まれている。先輩はあたしの手を離す気も、走るのをやめる気もないようだ。しょうがないのであたしも、全力で走り抜けていた。
学校から駅まで徒歩10分。運動不足の身には、それっぽっちの距離でも身体に堪える。駅に着く頃には、あたしはすっかり息が上がってしまっていた。
ほんと、自分勝手に人を振り回す人だな……
ユウにぃなら、手を繋ぐ前に声を掛けてくれる。走る前に、あたしにちゃんと聞いてくれる。こんな無理矢理なことはしない。
それ以前に傘を忘れない。
「ひゃあ!」
「はい、おつかれさん」
頬にヒヤリとした感触がした。また、ジュース当ててきたな……
むぅと頬を膨らませて睨みつけてやった。先輩は愉快そうな顔をして、ペットボトルをあたしに差し出してきた。
「別に走らなくても、他の人の傘に入れて貰えば良かったのに。先輩なら相合傘してくれる子、いくらでもいそうですよね」
「まぁ、頼めば入れてくれそうな人はいたけど、貸してくれる人はいなさそうだったからね」
「えっ! あたしの傘、取り上げる気だったんですか!?」
「あーあー、雛ちゃんには入れて貰うつもりだったよ。……俺さ、雛ちゃんと一緒に帰りたかったんだよね」
「あたしは先輩の傘と一緒に帰りたかった………」
「ひどいなぁ。雛ちゃんってほんとにつれないよね。ね、なんで? なんで俺と付き合うのダメなの? 俺、自分で言うのもなんだけど、結構女子に人気あるんだよ?」
告白の時のように。
先輩が珍しく、真面目な顔をしてあたしを見つめている。
「なんでって、あたしユウにぃが好きだから」
あたしも対抗して、真面目な顔で言い返してやった。
「ふーん。雛ちゃんってほんと、葉山さんと仲いいよね。でもさ、それはそれとして俺と付き合ってもいいんじゃない?」
それはそれって、なに!?
あれ、おかしいな。
あたしの想い、スルーされてる……。
「あのちゃんと聞いてました? あたし好きな人いるの。だから先輩とは付き合えないの」
「聞いてたよ。葉山さんが好きなんだろ? それは分かってるよ。俺だって姉ちゃん好きだし、妹だって可愛いと思ってる」
………んん?
それ、意味全然、違うんじゃない?
「先輩、なんか、話かみ合ってない気がするんですけど……」
「あってるよ。だから、お兄さんが好きとか言われても、それで断られるのも納得いかないんだ」
「あのね、ユウにぃはお兄ちゃんじゃなくて、幼馴染なの……」
「知ってるよ、幼馴染のお兄さんなんだろ」
幼馴染のお兄さん――――
そうだけど。だけど、どうして。
どうしてあたしの「好き」は、相良先輩にもスルーされてるの……?
「葉山さんにずいぶん懐いてるよね、雛ちゃん。年上好きなら俺とか丁度いいよ」
にこっと笑って自分を指さす彼に、つーんと顔を背けてやった。
ほんとうにみんな。みんな、みんな。
あたしの好きを、かき消しておしまいにしてしまうんだ。