表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/68

7 会いたいのは、あたしだけ


 彼に会えない日々が、続いていた。


 相変わらずユウにぃは忙しそうだ。毎日のように一緒に通学している兄が、心底恨めしい。

 

 今日も隣に行ってみたけれど、やっぱり彼はいなかった。

 バイト、バイト。バイトばっかりだ。この前のように、たまに兄の部屋にやって来るので、その時だけ少し会うことが出来る。

 会えると言っても、鬼兄のガードが固いので一緒には過ごせない。兄は本当にけちんぼだ。廊下や階段ですれ違った時に挨拶するくらいしか、あたしは出来ないでいた。



「それで、私達が呼び出されたの?」


 テーブルの上に腕をのせ、サエがだるそうな視線をあたしに向けた。

 その横で心奈が、キョロキョロと忙しなく周囲を見回している。


「ここに来れば、ユウにぃに会えるかなぁと思って……」

「ホールにはいないってはっきり言われたんでしょ。厨房で働いてるのに会えるわけないじゃん」

「ぐっ……」

「えー! ヒナの好きな人ここにいないの? わたし見てみたかったのにー!」

「残念だけどいないのよ心奈……。あたしも会いたかったよー!」


 あまりにもさみしいので、サエや心奈を誘って、ユウにぃの働いているファミレスまでやってきた。

 もしかしたらチラリと姿が拝めるかもしれない。わずかに期待をして来てみたものの、ホールにいるのは女の子ばかりで、男の人はどこにもいなかった。


「そんなに会いたいなら、隣の家に行けば?」

「その隣にいないんだよ。バイトばっかりで」

「ふぅん………」


 ストローを揺らして、アイスティーの中の氷をカラコロと回しながら、サエがあたしから視線を店内へと動かした。


「じゃあバイトすれば? そんなにお隣のお兄さんが恋しいなら、ここで働けばいいんじゃない?」


 薄桃色の綺麗な爪をぴっと伸ばし、サエがあたしの後ろを指さした。

 振り返るとチラシが貼ってある。バイト募集って書いてある―――!


 にこやかな人物のイラストと共に、土日大歓迎という文字がでかでかとチラシには書いてあった。


 土日!ユウにぃがいっつもバイトしている、土日だ!


「サエ、あたしすっごくバイトしたいっ! 土日だけここで働きたい! ……て、うちの高校バイトOKだったっけ?」

「大丈夫よ。近所のお姉さんもおんなじ高校だけど、コンビニで働いてるし、親さえ許してくれたらいけると思うよ」

「よし! 家帰ったら早速お母さんに突撃しよう……」


 ぐっとこぶしを握り締める。

 窓ガラスからテーブルに、眩しい春の光が差し込んできた。さっきまで泣き出しそうな空をしていたのに、雲の隙間から太陽が顔を覗かせている。

 まさに、光明が見えてきた、ってやつだわ……


 ふふんと得意気な顔をして外を眺めていると、道路を挟んで正面に、見知った顔が見えた。


 ユウにぃだ。

 

 なぜか、ユウにぃがそこにいた。隣には兄がいる。


「ねぇねぇ、サエは見た事あるの? ヒナの大好きなお兄さん」

「あるよ~。雛んち行った時に、何回か会った事あるよ」

「え~、どんな人なの? かっこいい? 背、高い? 足長い?」

「んー……人畜無害そうなタイプ?」

 

 ユウにぃが、自販機の横で飲み物を口にしながら、兄に笑いかけている。隣にいる鬼は、長い指先で缶を気だるそうに揺らしながら、道路を走る車に視線を向けていた。


 なぁんだ。

 バイトはもう、終わってたのかぁ。


 携帯に目を遣ると、15時を過ぎたとこだった。

 いつもいないから。てっきり今日も、一日中バイトだと思いこんでいた。


「ユウにぃだ……」


 お兄ちゃんと一緒、か。

 忙しいユウにぃの、ほんの少しの隙間の時間に、会えるのはあたしじゃなくて、お兄ちゃんの方なんだ。これが現実なのだと思うと、気分がどうしようもなく沈んでくる。

 あたしはユウにぃに会いたくて隣に行くけれど、ユウにぃはあたしほど、あたしに会いたいと思ってくれていない。


 お兄ちゃんとはこうして会おうとする癖に。お兄ちゃんの部屋には遊びに行く癖に、あたしには会いに来てくれないんだ。


「え、例のお兄さん!?」


 あたしの視線に気づき、心奈も窓の向こうに顔を向けた。

 

「うっそ、めっちゃくちゃカッコいいじゃん!」


 心奈が興奮して声を上げた。身体を乗り出して、窓際のサエの隣に張り付いている。その反応に、自然と顔がにやけてきた。

 大好きな人が友達に褒められるのって、とっても嬉しい。あたしの好きな人は素敵でしょ、なんて、胸を張りたい気分になってくる。


「正直、ここまでレベル高いとは思わなかったわ……。そりゃヒナだって、告白されても断るはずだね。あの人もイケメンだったけど、住む世界が違うレベルだわ、これは」


 褒めてくれるのは嬉しいけど……心奈、それはさすがに言いすぎじゃない?

 そりゃ、ユウにぃの笑顔は最高だけど。他の誰の笑顔とも、レベルが違って見えるけど。あたしの中では、圧倒的にナンバーワンだけど。


「背高いし、足長いし、さらさらの黒髪も素敵……」


 …………。

 あのね心奈、ユウにぃの髪は、こげ茶なの………


「クールでかっこいい……! ヒナが騒ぐのもわかるわ、わたしも騒いじゃう!」

「心奈それ……兄は兄でも実の兄の方だから……!」


 心奈はユウにぃではなく、鬼兄を見て騒いでいた。

 なんか腹立つな。褒められてもちっとも嬉しくない。


 昔から、見た目だけはいい兄はひたすらモテていた。そのおかげか、ユウにぃにはずっと彼女がいない。鬼兄もたまには役に立つ。中身はどうであれ、外見だけはいい兄は、こんな風に女の子除けをしてくれるのだ。


 ユウにぃはあっち!と、彼を指さすと、ふーんと気のない返事が返ってきた。心奈の視線は鬼兄にくぎ付けで、ユウにぃを視界に写そうともしない。

 見たいって言ったくせに……!


 じろりと兄を睨むと、向こうもあたしに気が付いたようだ。切れ長の瞳をぱっと見開いてこちらを凝視している。なぜだろう、頭には角、背景にはブリザードが見えるんだけど……


 心奈が、きゃあと黄色い悲鳴をあげた。

 あたしはひっと声を漏らすのだった。




 ◆ ◇




 夕方になって帰宅すると、兄はすでに家に帰っていた。


 時計を見ると18時を越えている。この時間からお隣に行くのは、さすがのあたしも遠慮してしまう。首を振って、自分の部屋に入ろうとしたら、扉の前で鬼兄が腕を組んで立っていた。

 切れ長の瞳が、あたしをつんざくように見据えている。


 なんか、怖いんですけど?

 

 目の前の鬼が、綺麗な口元を開けて、冷ややかなブレスをあたしに吐き掛けた。


「雛。お前、相変わらず侑にまとわりついてんのな」

「別に、まとわりついてなんかいないもんっ」

「嘘つけ。昼間、侑のバイト先まで押しかけてただろ。知ってるか?そういうのストーカーって言うんだぞ」

「ストーカーだなんてひどい! 最近のユウにぃ、バイトばっかでまともに会えないから、寂しかったんだもん……」


 兄が眉間にしわを寄せた。組んだ腕の上を、指でトントンと叩いている。


「おっまえなぁ。いい加減、侑にベタベタくっつくのやめろよ。いつまで小学生気分でいるんだよ」

「だって……ユウにぃと一緒に居たいんだもん」

「ユウにぃユウにぃって、お前昔からそればっかりだよな。もう高校生だろ? そろそろ、彼氏でも作って侑離れしろよ」

「彼氏ならユウにぃがいいもん。あたし、ユウにぃが好きなんだもん……」

「……お前、それ本気で言ってんの?」


 兄の眉間のしわしわが取れた。なぜか、呆れた顔をされている。

 あたしに向けて、はあ、とわざとらしくため息をついた。


 え―――…どうしてっ!?


「本気だもんっ……! ユウにぃはあたしの事、妹みたいに思ってるけど……」


 あたしの気持ち、冗談だと思われてるのかな。

 きりっと視線を強めてみる。真剣な眼差しで、兄の目をじっと見つめてみた。


 なぜか、今度は肩を竦められた。


 どうしてそうなるのっ!?

 乙女心の分からない、冷徹な鬼がここにいる……


「可哀相に……」

「そう、あたし可哀相なの。だからもっと、優しくしてくれたって良いんだよ?」

「いや、侑が可哀相」

「なんでそっち!?」


 あたしに好かれて、ユウにぃが可哀相って事!?

 ひどい……この兄、ひどすぎる……!


 ショックを受けるあたしを、鬼兄がせせら笑った。


「早く大人になれよ、雛」

「なに、その、馬鹿にした言い方……!」


 ひどい。ひどいひどいひどい。


 サエも、心奈も、……お兄ちゃんも。

 どうしてみんな、みんな、あたしの恋を応援してくれないんだろう。

 

 あたしはそんなに、ユウにぃと釣り合ってないのかな。

 ユウにぃに――――相手にされてないように、見えるのかな。


 あたしはもう15歳で。子どもなんかじゃなくて。妹なんかじゃないと思っているのに。


 そう思っているのは、きっと。あたしだけしかいないんだ。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雛の兄・麟のお話です♪
いじわる王子
バナー/楠木結衣様

雛の友達・紗英と蓮のお話です♪
可愛くない
バナー/楠木結衣様
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ