19 続・サプライズプレゼント
長くなってしまいました。
ユウくんが、浮気している……?
心臓がどくどくと早鐘を打っている。あたしは、打ち消すように大きく頭を振った。
まさか、そんな訳ないじゃない。ユウくんは優しくて真面目な人だもん。あたしのこと泣かせたくないって言ってたし、浮気するような人じゃない。
…………でも。でもさ?
それじゃあ、これは一体なんなの……!?
ユウくんの部屋にて。机の引き出しに大切にしまわれていた「ソレ」をまじまじと見つめながら、あたしは一人、わなわなと打ち震えていた。
◆ ◇
クリスマスの翌朝、ユウくんがあたしの家にやって来た。
あたしに会いに来てくれた!と喜んだのも束の間、ユウくんはあたしに簡単な挨拶だけを済ませて兄の部屋へと消えてった。がっかりだ。
そういえばお兄ちゃん、昨日からずっと部屋に籠ってるんだよね。昨夜はクリスマスということで豪華な夕食だったのに、いらないなんて言ってたし。兄の部屋に入る間際、ユウくんが「大丈夫?」なんて口にしていたけれど、そっか具合が悪かったのか。
てっきり、機嫌が悪いのかと思ってた。だってチラっとすれ違った時のお兄ちゃん、いつも以上に鋭い冷気を放っていたんだもん。めちゃくちゃ怖かったから、様子を見に行こうだなんてあたしは思いもしなかった。
ユウくんは優しいから、お見舞いに来てくれたのね。
………ん、ちょっと待って?
今、チャンスだよね。ユウくんの秘密を暴く、最大のチャンス……だよね?
あたしはごくりと喉を鳴らしながら、左手の薬指にはめた銀色のリングに目を遣った。ユウくんからの、クリスマスのプレゼント。
昨日のあたしは、彼からこの指輪とうっとりするような甘いキスをたっぷりと受け取って……その時は愛されてるって実感したし、幸せいっぱいだったんだけど……その後のユウくんの態度が、なんか、怪しかったんだよね……。
なにかを、必死で隠していた。
引き出しの手前に鎮座していた、あの小さな箱が疑わしい。未来へのプレゼントなんて言ってたけど、ほんとかなぁ。あの時はユウくんの真剣な表情に押されて納得したけれど、思い返してみればプレゼントのわりにはラッピングもかかっていなかった。
あの箱、何なのかな。ものすごく気になるんだけど……。
だけど。たぶんユウくんに頼んでも見せてくれないと思う。いつもは部屋の中のものを勝手に触っても何も言わないのに、昨日は別人のように激しく抵抗されてしまったし。
なんだったんだろう。
よっぽど、あたしに見られたくないようだったけど……。
力づくで奪おうとしてみたけれど、全然敵わなかった。だからどうしてもあれの正体が知りたいのなら、彼が部屋に不在の今しかチャンスはない。
ようし。コッソリ確かめに行っちゃおう!
思い立ったら即行動。あたしは急いで家を出て、隣の家のチャイムを押した。
部屋に忘れ物をしたと言えば、おばさんは快く家に上がらせてくれた。そしてなぜかおばさんに、深々と謝られてしまった。
昨日、恥ずかしい事に約束のキスをおばさんに目撃されてしまった。だからその件についての謝罪かと思っていたけれど、違うみたい。
侑がほんとうにごめんなさいね……って、なんでユウくんの名前が出てくるの……?
不穏なものを感じつつも愛想笑いでお茶を濁し、あたしは目的地であるユウくんの部屋に侵入した。机に向かい、怪しげな小箱の入っていた引き出しの取っ手にそろりと指をかける。
ここに、ユウくんの秘密が眠っている………。
どきどきしながら指に力を込め、引き出しを全開にした。中を見渡して、視界に飛び込んできたものの存在に、あたしの目がゆっくりと見開いていく。
「……え、なにこれ……」
昨日と同じように、引き出しの手前には小さな箱が置いてあった。ラッピングもされていないその箱のパッケージには、0とか1とか、でかでかと数字が書かれている。
……って、そんなことはどうでもよくて!
それよりも数段怪しいものが引き出しの奥にあるんだけど……。昨日は気づかなかったけど、なあにあれ。こんなちっぽけな箱よりも、あっちの方がずっと怪しいじゃない……
あたしは手前の小箱をスルーして、その奥にあるものを手に取った。いかにも大切そうにしまわれているその物体には、綺麗なラッピングがかけられている。
これ、どう見てもプレゼントだよね。
それも、女の子に渡すようなものだよね。だってここのブランドあたし知ってるもん。三角屋根の可愛いおうちと小鳥が辺りを飛び交うデザインのこの包装紙は、女子高生に人気の雑貨屋のものだ。もちろんあたしも大好きで、デートで街に行く時は必ず一度は寄っちゃうお店だ。
―――これ、誰に渡すのよ。
おばさん……にしては可愛すぎるよね、ここの品物。女の子向けのものしか売ってないから、お兄ちゃんやおじさんはちょっとありえないし、あたしだって違うよね。だってあたしに渡すつもりなら、昨日渡されてるはずだよね?
どくどくと心臓が不穏な音を立てていく。
そうだよ。昨日のユウくんは、なにがなんでも引き出しを開けまいとしていた。あたしに渡すつもりなら、あんなに必死で抵抗する必要なんてないよね。サラッと取り出して、パパっと渡してくれたらいいだけだよね。
じゃあ。じゃあ、これは…………
あたしじゃない女の子に渡すためのプレゼントだ…………。
目の端からぶわりと涙があふれてきた。
最悪。てっきり、ユウくんが貰った方だと思っていたのに、まさか渡す方だったなんて……。
貰う方なら、その気も無いのに強引に押し付けられちゃったのかなとか、ユウくんも困ったのかなとか、なんとか無理にでも思えたけれど、渡す方は何の言い訳もできないよね……。だってその気がない子にプレゼントなんて渡さないもん。ということは、ユウくんにはその気のある女の子がいる……
う……浮気?
導き出された回答が信じられなくて、慌てて首をぶんぶんと横に振りたくる。ううん、ユウくんはそんな人じゃない。じゃないけれど……じゃあこれは、どういうことなんだろう……
――――はっ。
そういえばさっき、おばさん、あたしに言ったよね。
『侑がほんとうにごめんなさいね』
どうして謝るんだろうって思っていたけれど。どうしてあんなに、申し訳なさそうな顔するんだろって不思議に思っていたけれど……
それってもしや。まさかおばさんの、あの表情と言葉の意味は。意味は。意味は…………
『侑が(浮気をして)ほんとうにごめんなさいね』
うそ…………………
雷に打たれたようなショックを受けて、あたしはその場にへなへなとうずくまった。
◆ ◇
しばらく呆然としていると、部屋の扉がキィと音を立てて開いた。
「雛ちゃん?」
「…………」
ユウくんだ。
泣いているあたしを見て。それから開かれたままの引き出しにゆっくりと視線を移して、あからさまに表情を強張らせる。
「ごめんねユウくん。あたしどうしても気になったから引き出しの中……見ちゃった」
「………っ!」
ユウくんがびくりと肩を揺らして、気まずそうにあたしを横目でチラリと見た。
まるで、浮気がバレた人みたい。
「ごめん雛ちゃん。言い訳に聞こえるかもしれないけれど、そういうつもりじゃなかったんだ……」
やだ。ユウくんのセリフ、まんま浮気した人みたいじゃない。
「そりゃ、その気が全くなかったと言えば嘘になるけれど……でもだからって、雛ちゃんの意志を無視したまま今すぐどうこうするつもりなんてなかったんだ、信じてよ!」
その気が全くなかったと言えば嘘になる……?
「ちょ、ちょっと待って。ユウくんにはその気というやつが、ほんのちょっとでも、あったっていうのっ!?」
「そりゃまあ……僕だって一応、男だしさ」
ユウくんが申し訳なさそうに視線を左右に揺らしている。
信じらんない。浮気を否定しないどころか、肯定するわけっ!?
あたしは目を見開いてまじまじと目の前の彼を見た。真面目な人だと思っていたのに、ユウくんてば他の女の子にふらふらしてたんだ……
あたしの意志!?
あたしが許せば、堂々と浮気するつもりだったのっ!?
「ひどいよ。こんなものをこっそり用意して、あたしに悪いと思わなかったの?」
「ご、誤解だよ雛ちゃん! 僕じゃない、これは母さんが勝手に用意したんだよ」
「おばさんが……?」
ありえないよ。
おばさんがどうして、ユウくんの浮気相手へのプレゼントを用意するのよ。
そんなの。
そんなの……まさか……
『侑が(あなたと付き合うのは反対なの)ほんとうにごめんなさいね』
あれは、そういう意味だったの………?
「やだぁ……」
うつむいて、浮気相手へのプレゼントをじっと凝視した。こんなもの、知らなければ良かった。明るい色の包装紙に、あふれた涙がぼたぼたと落ちて暗い染みとなっていく。
「そんなに嫌がられるとさすがに僕も傷つくんだけど………。あ、それ。そういえば昨日渡しそびれてたんだけど、それも雛ちゃんへのクリスマスプレゼントなんだ」
「傷ついたのはあたしの方だよ……! あ、そうなんだ。ありがとう、これをあたしにくれるのね……って、え? ええ? あれっ!?」
ちょっと待って。
これ、あたしへのプレゼントだったのっ!?
顔をあげると、ユウくんがうんうんと頷いている。
プレゼントの包みにもう一度目を落とすと、包装紙の隙間に小さなメッセージカードが挟まっていた。あー、そういえばこのお店、ギフトにはカードをサービスで添えてくれたっけ……
2つ折りになっているカードをめくると、「メリークリスマス、大好きな雛ちゃんへ」と丁寧な文字で書かれている。
包みを開けると、中からベビーピンクのアクセサリーボックスが現れた。
あたしが前々から欲しいと思っていたやつだ。そういえば、ユウくんの前で何度もいいなって言ってた気がする。
……………。
やだ、あたしの勘違い!
ユウくんに、浮気相手なんていなかった!
「ごめんねユウくん。大好きっ!」
勢いよく飛びついたあたしを、彼は優しく抱き留めてくれた。
◆ ◇
ふー、良かった。
やれやれ。なんとか、雛ちゃんが機嫌を直してくれた。
昨日あんなに必死で隠していたのに、雛ちゃんにあっさりと例のブツがばれてしまった。よっぽどショックだったようで、思い切りなじられた挙句、大泣きをされてしまった。
あー焦った。泣き止んでくれて心底ホッとした。用意していたプレゼントが役に立ってなによりだ。不意打ちのプレゼントがよっぽど嬉しかったのか、メッセージカードを見て雛ちゃんは言葉を詰まらせていた。
しかし……雛ちゃんの反応、激しかったな。
ある程度、嫌悪感らしきものを抱かれるかもという予想はしていたものの、まさかここまでとは思わなかった。雛ちゃんも僕のことが好き……なんだよね? そこまで嫌がらなくてもいいんじゃないかと、途中からさすがに悲しくなってしまった。
最終的には大好きと言ってくれたし、今はこうして僕の腕の中に雛ちゃんがいるわけで……だからちゃんと好かれているはずだと信じているけれど。というか信じたい……。
「そうだ、おばさんにお礼言わなきゃ」
「――――え?」
腕の中からするりとすり抜けて、雛ちゃんが一階に降りて行った。
僕も慌てて後から追いかける。
母さんにお礼?
「おばさん、ユウくんに聞いたよ。引き出しに入っていたプレゼント、あたしの為に用意してくれたのね!」
「引き出しに入っていた…………ああ、あれね。ええそうよ」
ちょっ、雛ちゃん、なに言ってんの!?
母さんの声がワントーン低くなったぞ。
雛ちゃんの後ろで呆然としている僕を、母さんが牽制するようにじろりと睨みつけている。
「これずっと欲しかったの。すっごく嬉しい、大事に使います!」
「つ、使っちゃダメよまだ早すぎるわ!」
「え? 早速今日使ってみようと思ってたのに……ダメなの?」
ひ、ひ、雛ちゃん……っ!
母さんが真っ青になってるぞ。
てか、その、泣くほど嫌なんじゃなかったの!?
今日ってなんだよ今日って。いくら何でも早急すぎるだろ!
雛ちゃんはなんでもないような顔をして、首をこてんと傾げている。
「100均のプラケースにいれたままのヘアピン、貰ったばかりのアクセサリーボックスに仕舞いたかったんだけどなぁ」
ん、アクセサリーボックス?
雛ちゃんは、右手に抱えていた僕からのプレゼントを目の高さに持ち上げて、むぅと不満気に唇を突き出した。
『ひどいよ。こんなものをこっそり用意して、あたしに悪いと思わなかったの?』
『ご、誤解だよ雛ちゃん! 僕じゃない、これは母さんが勝手に用意したんだよ』
『おばさんが……?』
………………。
あれ?
今日、雛ちゃんが騒いでいたのって。もしかして例のブツじゃなくて……
さっき渡した、クリスマスプレゼントの方だった!?
なんだ、僕の勘違いだったのか。
どっと力が抜けてきた。
なんだ……アレの正体がばれて、それで責められている訳じゃなかったのか……。
「ああでも、これすっごく可愛いからインテリアとして飾ってるだけでも満たされそう……。おばさん、素敵なものをありがとう」
「…………」
「…………」
それ、僕が用意したんです。
だがしかし。じゃあ母さんが勝手に用意したのは何なのかって話になられても困るわけで、取り敢えず僕は沈黙を貫いた。
母も同様に、視線を泳がせながら固く口を閉ざしている。己の誤解に気付いたけれど、訂正するのも気恥ずかしいようだ。
雛ちゃんの抜けるような笑顔に。
僕と母は、2人してぎこちなく笑みを返すのだった。