18 サプライズなプレゼント
ガタンっ!!
僕は勢いよく机の引き出しを閉めきった。心臓がバクバクと音を立てている。
なんだ。今、なにが見えた。
あるはずのないものが、引き出しから顔をみせていたような……。
「どうしたの、ユウくん?」
「ううん、なんでもないよ雛ちゃんっ」
とっさになんでもないフリをしてみたものの、雛ちゃんは疑惑の瞳を僕に向けている。そりゃそうだ。あからさまに動揺しきっている僕は、どう見ても怪しいとしか言いようがない。
じっとりとした嫌な汗が流れてきた……。
今日はクリスマス。街中でのデートを楽しんだ後、僕は雛ちゃんを自分の部屋に連れてきた。事前に買い付けていたペアリングを、クリスマスプレゼントとして渡し合うためだ。
雛ちゃんは、ランチの後にプレゼントを渡そうとしたけれど、僕は必死でそれを押し止めた。こんなところで気持ちが盛り上がっても、もどかしいだけだ。渡すのは人目のない場所で、それも出来れば僕の部屋がいい。
予定通り僕の部屋まで彼女を誘導し、クリスマスプレゼントを贈り合う。思惑は実に正解だった。贈りあったばかりのリングをお互いの指につけ合うと、雛ちゃんは頬を薔薇色に染め上げて、幸せそうに微笑んだのだ。
とろけそうな笑顔を浮かべて喜ぶ雛ちゃんに、愛しさがぐっとこみあげてくる。
ああ、ここで渡してよかった……!
僕は誰にも遠慮せず、目の前にいる可愛い彼女に手を伸ばした。華奢な身体をぐっと自分に引き寄せて、温もりを腕の中に感じながら唇を重ね合わせる。
僕の行為に、雛ちゃんがうっとりとした顔をした。彼女の潤んだ瞳と濡れた唇に、僕は更に煽られて、吐息と共に一度は離れた唇が、すぐさま吸い寄せられていく。もっと彼女を感じたくて、舌を中にねじ込んで……。ちょっと色々やりすぎちゃったかもしれない。まあ、踏ん張ってキスで止めたけど。
ぼうっとした雛ちゃんに満足して、僕はもう一つのサプライズを実行することにした。
そう。実は指輪とは別に、僕はこっそりともう一つ、プレゼントを用意していたのだ。引き出しの奥にしまっていたそれを贈ろうとして、雛ちゃんの反応をワクワクしながら引き出しを開けて――――
―――瞬間、ぴしっと固まった。
身体の熱が一気に冷める。
ちょっと待って。今、ありえないものが見えた気がする。その、明るい家族計画のお供にどうぞ的な、アレ。
ソレがなぜ、僕の机の中にあるんだ。そんなもの、買った記憶もなければ引き出しにいれた覚えもない。なんだ。なんなんだ。これは一体どういうことなんだ……。
心臓がどっくどっくと激しい音を立てている。やばい。これはやばい。間違っても雛ちゃんに見つかってはいけない。どうしようどうしよう。どうすればいいのか僕にはさっぱり分からない。
雛ちゃんが「怪しいなぁ」なんて言いながら、無理矢理引き出しを開けようとしている。「何も隠してないよ」なんて必死で抵抗しているけれど、なにかあるとしか思われていないだろう。事実ナニかが入っている訳だから。
間の悪い事に今、家には僕たち以外誰もいない。両親は揃って仲良く買い物に出掛けている最中だ。雛ちゃんにコレがバレたら、下心があって部屋に呼び寄せたと疑われるだろう。いや下心があるにはあったんだけど、そこまでの下心はなかったんだけど。けれど、恐らくそんなのただの言い訳だ。
プレゼントを渡して喜ばせたいだけなのに。この引き出しを開けると全てが終わってしまいそうだ。アレを目にして、嫌悪感いっぱいに眉をしかめる雛ちゃんの姿を想像し、僕は引き出しを押さえる手に更に力を込めた。
「ユウくん、あたしになにか隠し事してるでしょ。怪しすぎるよ、もうっ!」
「なんでもないから! ちょっと、トイレにでも行って落ち着いてきなよ。ほんっとーに頼むからさぁ!」
諦めたのか、雛ちゃんが引き出しから手を離した。ホッとしていると、油断した僕の脇に手を伸ばして、思いっきりくすぐってきた。うわ、卑怯だ!
「ちょっ、待って、雛ちゃんっ!」
あまりのくすぐったさに、思わず手を引っ込める。その隙に雛ちゃんが引き出しを開けてしまった。僕を出し抜いて、得意げに綻ばせていた彼女の表情が、ソレを捉えてほのかに曇る。
「やったぁ! ……て、これ?」
………あ~~~~あ。
どうせならプレゼントに目を留めてくれたらいいのに、引き出しの最奥にいれてしまったせいで、肝心のそれにはちっとも気が付いてない。そして、気付いて欲しくないものの方に、ばっちりと視線が向いている。
「なに、これ」
最悪な事に、引き出しの中にはソレとプレゼントしか入っていなかった。すなわち、ソレこそが僕の隠していたものだとすぐに理解したようで、雛ちゃんが首を傾げながらその箱に手を伸ばした。
「まま、待って!」
さっと彼女の手からソレをひったくる。
「これ多分なにかの間違いで入っていたんだよ。うん。僕のじゃない」
「え~、ユウくんの机の中にあったのに?」
「そうだけど……誰かがコッソリ入れたんだよ」
「ふぅん。……。分かった。それ、他の人から貰ったプレゼントなんでしょ」
雛ちゃんが疑わしそうに僕の手元を見つめた。
「女の人から貰ったんだ」
「違う、絶対それは違う!」
「そんなに隠すってことは、あたし以外の女の人から貰ったとしか思えない……。んもう、お兄ちゃんったら、ユウくんに女の陰があるなんてあたし聞いてないし……」
「誤解だってば、雛ちゃん!」
「貸して。そんなもの、彼女のあたしが没収します!」
「それだけはやめて!」
あああ本当にどうしよう。このままだと雛ちゃんから浮気を疑われてしまう。それなら、大人しくこれを渡してしまった方がいいのか……
でもなあ。
でもなあ……。
まごまごしているばかりの僕に、どうやら痺れを切らしたようで、雛ちゃんが無理矢理ソレを奪い取ろうと僕にのしかかってきた。
バランスが崩れて、彼女に覆い被さられる形で僕たちは床に転がった。雛ちゃんが腕を伸ばして、僕の右手めがけて這い上がってくる。
まずい、このままだと奪われてしまう!
焦りに焦って、僕は押さえ込むようにぐっと雛ちゃんを抱き締めた。そのままくるりと回転し、彼女と上下の位置を逆にする。
一気に形勢を逆転され、雛ちゃんが驚いて目をパチパチさせている。今、今がチャンスだ。僕が優勢のうちに畳みかけないと……
「これは女の子から貰ったものなんかじゃない。これは、これはね……」
「これは、なによ」
「これは………………そう、未来の僕たちへのプレゼントだよ。こっそりサプライズで用意してたんだ」
どっくん。どっくん。どっくん。
「だから今はまだあげられないけど、もう少し大人になったらプレゼントするから待っててね」
動悸と冷や汗がすごい。動揺しまくりの僕と違って、雛ちゃんはキョトンとした顔をして首を傾げている。しばらく見つめあっていると、彼女が大きな瞳をすっと閉じた。
「分かった。楽しみにして待ってるから、約束のキスをして」
「――――――っ!!!」
至近距離で目を伏せられて、急激に体が熱くなってきた。
さっきまで必死だったせいで気づいていなかったけど、今現在、僕は雛ちゃんを押し倒してしまっている。僕の体重を受け止める彼女の身体はとても柔らかくて、花の蜜のような甘い匂いが漂ってくる。どくどくと、さっきとは別の種類の動悸が僕に襲い掛かってきた。
キスは。今キスは非常にマズイ気がするんだけど……。
ねだるように唇を突き出されて、重ねない選択肢なんて僕に残されてはいなかった。
◆ ◇
「ちゃんと聞いてるの、侑」
「聞いてるよ……」
あ~、最悪の場面を見られてしまった……
したり顔で説教をする母をちらりと横目で見て、僕はため息をつきながら形ばかりに頷いた。雛ちゃんを床に押し付ける体勢で行ったキスを、ばっちり母に見られてしまったのだ。
買い物に出かけていたのに、予定よりも早く帰って来たらしい。それも雛ちゃんが来ると見越していたらしく、美味しそうな手土産を持って僕の部屋までやってきた。まったく、ノックもしないで突然部屋を開けないで欲しい。
母としては衝撃のシーンだったらしく、雛ちゃんが帰ってからお説教モードが延々と続いている。
「雛ちゃんはまだ高校生なのよ。それをちゃんと踏まえた交際をしなきゃだめよ」
「分かってるよ……」
そんなつもりじゃなかったのに。たぶんそう言っても聞き入れてくれないんだろな。母はすっかり、僕が彼女を襲うつもりでいたと思い込んでいる。厄介だ。
「そりゃ、侑の引き出しにあんなものを入れたけど」
―――――ん?
「言っとくけどあれは使えって意味じゃないのよ? 万が一の保険に忍ばせただけなのよ?」
今、なんて言った!?
びっくりして僕は目を見開いた。ぐるりと首を回して母を凝視する。
「あれ引き出しに入れたの、母さんだったの!?」
「そうよ。言ってなかったっけ?」
「今聞いた。なんでそんなことしたんだよ」
「だから保険よ。一番最悪のパターンだけは避けて欲しかったから、万が一あなた達が止まらなかった時の為に用意しておいたの。せめてもの親心というやつよ」
なんだ、その無駄な親心というやつは……!
母さんは全く分かってない。
保険なんて無い方が、むしろブレーキがかかるという事を。
さっきのキス、結構やばかったんだからな。いざとなればアレがあると思うと、気が緩みそうになるんだからな。そう思えば邪魔してくれて、助かったとも言えるんだけど。
「侑が風邪を引いた時、私ほんとうに心配したんだから。あんなことしでかして蕗子さん達になんて思われるか、ほんっとーに心配で心配で……。一歩間違えれば雛ちゃんとの交際を反対されてしまうところだったのよ。ねえ、分かってるの?」
母さんの心配って、僕の風邪じゃないわけね。
ちなみに熱を出した翌週、おばさんにはなぜか平謝りをされてしまった。母よりもおばさんの方が僕を信用してくれている。なんだか複雑な気分だ。
「ほんと、早く帰ってきて良かったわ。嫌な予感がしたのよね」
ああそうか。
母さんたちが早く帰ってきたのって、そういう意味だったのか。
僕は疑われていたわけね。
そりゃ付き合いだしたのは最近だけどさ。雛ちゃんとは、今までずっと僕の部屋で2人きりで過ごしてきたんだぞ。それでも何も起きてなかったのに、今になって怪しまなくてもいいじゃないか。
おばさんの、せめて半分でもいいからさ、僕を信用してくれよ。
「なによその顔。反省してるの?」
「…………」
「ちょっとは何か言ったらどうなの!」
「…………」
「はあっ。ほんっと息子っていやね。大事な話してるのに、全然、うんともすんとも言おうとしないんだから」
「…………」
「雛ちゃんもどうして侑がいいのかしらねえ。あんなに可愛い子なのに、ほんと奇跡よねえ。2度と起きるかどうか分からないんだから、大事にしなさいよ」
母の愚痴は始まると長い。僕はその後も延々と続く母のお小言を、うんざりしながら、右から左へ聞き流し続けるのだった。






