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39 嘘つきとかき氷


 あたしは、弾かれるように立ち上がっていた。


「うそつき……」


 ユウにぃが、吉野さんとかき氷を食べている。


 あたしの表情が凍り付く。真っ直ぐに、2人の席まで足を運んでいた。


 彼の右手には銀色のスプーンが握られている。サイコロ状の果肉がふんだんに乗せられた、瑞々しい桃色のかき氷が彼の前には置かれていた。

 あたしの胸が、軋む音がする。


 うそつき。うそつき。


 かき氷、あたしの誘いは断ったくせに……!


 彼の真横で立ち止まる。あたしの気配に気づき、垂れ下がっていたこげ茶色の前髪が、ふわりと上を向いた。人の良さそうな優しい顔をした男の人が、あたしを見て目を見開いている。

 やっぱり、ユウにぃだ。


 ここにいるのは、ユウにぃだ。


 あたしの眉がぎゅっと寄る。彼の口元にはスプーンが突っ込まれていた。


「うそつきっ!」


 頭が、痛くなるんじゃなかったの?

 普通に食べてるじゃない……っ!


 ユウにぃが気まずそうにあたしから視線を逸らして、口からスプーンを取り出した。喉仏がぴくりと動いて、彼の喉がごくりと音を立てる。


 冷たい冷たいかき氷を、嚥下する音。


「うそつき、うそつき!」


 どうしてよ。

 あたしの事は拒否したくせに。

 吉野さんとはどうしてここに、来てるのよ……!


「ありゃ、雛ちゃんにバレちゃったか」


 吉野さんが肩をすくめながら、彼をチラリと横目で見た。彼女の視線を受け取って、ユウにぃが苦い顔をした。

 2人の間で交わされたアイコンタクトに、余計にあたしの脳が沸騰する。


 どういう事よ。

 まさか2人して、あたしの様子を見ていたの?

 もしかして……


 あたしが先輩に……あの事を喋るとでも思っていたの!?


「ひ、雛ちゃん!?」


 そんなに、お兄ちゃんの味方でいたいんだ。

 そんなに、あたしの事は信用できないんだ。

 

 お兄ちゃんのした事は迷惑がらないくせに、あたしの事は迷惑なんだ。


「ちょっ……待って! 僕まだ会計もしてない………」


 ずっと、あたしを避けてばかりいて。視線を、逸らしてばかりいて。あたしだって好きなのに。お兄ちゃんとしてでもなんでも、ユウにぃの事が好きなのに。

 今まで通り、あたしはユウにぃの側にいたいのに。いさせて貰えないのに、吉野さんばかりが側にいて……!


「いいよいいよ、葉山くん。奢ったげるから行ってきなよー♪」

「えぇ!? 雛ちゃんどこ行っちゃうの!? って吉野さん、俺の腕離して下さいよー!」

「まぁまぁ、2人で仲良く残りのかき氷を食べようよー。今ならいろんな味が楽しめるよ」

「おぉ、みんなバラバラの味……! ってこんなに食べたらお腹壊しますって~」


 悲しい。悔しい。寂しい。様々な負の感情が渦巻いて、あたしを突き動かしていた。気がつけばあたしは、ユウにぃの右腕をがっちりと抱きしめて、彼を引きずって歩いていた。


 ユウにぃがあたしの勢いに飲まれている。困惑の表情を浮かべながらも抵抗らしい抵抗はせず、あたしに引っ張られるがままでいた。


「ねえ雛ちゃん、ちょっと落ち着こう? ね?」


 知らない、知らない。

 なにやってんのか、あたしにだって分かんない。


 焦る彼の声を遠くに感じながら。

 無我夢中であたしは足を動かしていた。




 ◆ ◇




 彼を連れて店を出て、訳も分からず歩き回って、最終的にあたしの辿り着いた場所は、ユウにぃの部屋だった。


 部屋の中に上がり込んで、扉を閉めた途端、ぷつりと糸が切れたように身体から力が抜けていく。彼の腕があたしから、するりと解けていった。

 荒い呼吸の音がする。ユウにぃをここまで連れてくるのは、思ったよりもずっとハードだったようだ。いつの間にか、あたしは肩を上下させていた。


 何も考えずにここまで来ちゃったけど、これからどうしよう……


 ユウにぃが無言のまま、あたしをチラリと見下ろした。彼と視線がぶつかって、あたしは気まずくてパッと下を向いた。

 見慣れたローテーブルが視界の端に映る。テーブルの上にはいくつかのパンフレットやチラシの類が置かれていた。


「あ…」


 小さく声を漏らし、彼がテーブルの上のものを慌てて引き出しの中に片付けた。


 なぁに、その焦った様子。

 それってなんのパンフなの? 

 まさか吉野さんと旅行にでも行くの……?


 胸の内からどろどろと、黒いものが湧いてくる。

 

「ユウにぃ、吉野さんと仲いいよね」

「………え?」

「今朝だって仲良く喋ってたよね。あたしの事は避けるのに」

「……………」

「吉野さんとは、かき氷を一緒に食べに行くんだね。あたしとは、行ってくれなかったのに」

「それは……」


 ユウにぃが困ったように眉を寄せ、あたしをじっと見つめている。彼の手が腰の位置までゆるりと上がり、ほんの少しだけ空を泳いだ後、すぐさま下に降りた。


「雛ちゃんは僕にどうして欲しいの?」


「あたしは………」



 ユウにぃに、笑って欲しいよ。


 悲しげな瞳で見つめられ、泣きたい気持ちになってくる。こんな悲痛な顔を、あたしは向けられたい訳じゃない。以前のように、優しく笑って欲しいのに、ちっとも笑ってくれやしない。


 彼の手のひらがきつく握り締められている。その温かな手のひらを、あたしに伸ばして欲しいのに。


 吉野さんなんてどうでもいいんだ。

 仲良く喋ろうが、かき氷を食べに行こうが、どうでもいいんだ。

 あたしが苦しいのは、ユウにぃが側に居ないから。あたしの側に居ないから――――


 背中に、飛びついてしまいたい。

 

 幼い頃から、あたしのお気に入りのその背中に。ユウにぃのあったかい背中にしがみついて、このぐちゃぐちゃな心を落ち着かせたい。


 ユウにぃの、腕の中に包まれたい。

 彼の鼓動を聞いていたい。匂いを、感じていたい。


 ユウにぃの温もりに包まれたい。ユウにぃに触れていたい。

 60秒で構わないから、あたしは、あたしは……


 ユウにぃに、抱きしめて欲しいよ……




「そんな顔しないでよ。また勘違いしてしまいそうになる……」


 ぐっと息を飲み、ユウにぃがあたしから目を逸らした。


「かき氷は……ごめん。どうしても気になって……吉野さんにも押されて、雛ちゃん達の様子をこっそり覗いていたんだ。ほんと、ごめん」

「……あたしが喋ると思ったの?」

「違う、違う……。雛ちゃんを疑っていた訳じゃないんだ。そうじゃなくて、雛ちゃんが相良くんとかき氷を食べに行くって言うから、僕は………」


 ユウにぃが口の端をきつく噛みしめながら、首をゆるりと左右に振った。


「ごめん。こんなことしても迷惑なだけだって、僕も分かってはいるんだ。はぁ、やっぱり近くにいると駄目だな。雛ちゃんに関わるのはもう止そうと決めていたのに、見えてしまうと、どうしても割り切れない………」


 なに、それ。


 ユウにぃはあたしと関わりたくない、の?


 分かっていたけどさ。避けられてたし、そうなんだろうなって、あたしも気づいていたけどさ。

 ユウにぃの口からはっきり告げられちゃうと………


 くるしい、よ。



「前みたいに、一緒には……いられないの?」

「……いられない」


 頭が、真っ白になっていく。



 あたしの望みはもう、叶わない。




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