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35 YesかNoかの選択肢


 夏休みも、あと2週間ほどで終わりを告げる。


「ヒナ、早くこっち、こっち!」


 今日は心奈(ここな)に誘われ、サエと3人で映画館までやって来た。

 ユウにぃとは相変わらず距離が空いたままだ。重い気分を、思い切り笑う事で吹き飛ばしてやろうと思ってやってきたけれど、さすが心奈。彼女が選んだ映画はコメディなどではなく、コッテコテの恋愛ものだった。


 お互い両想いなのに、すれ違う幼馴染の男女の物語。

 余りにも切ないストーリィ展開に、あたしはぼろぼろと泣いてしまった。


「雛、どうしたの? あんた大泣きしてるじゃない」


 サエがぎょっとしてカバンを開け、あたしにハンカチを差し出した。

 その横で心奈がうんうんと頷いている。

 

「ヒナの反応は普通よ。この映画はとても切ないのよ。わたしも今、ホロリときちゃった」

「いやぁ、泣けるのは分かるけどさぁ……。ホロリとくるなんてもんじゃないよね、雛の泣きっぷりは」

「だって……だって……」


 ヒロインもヒーローも、切なくって、泣けてきちゃったんだもん……。


 恋愛ものを見て泣くなんて初めてだ。そもそも、恋愛ものの映画を最後までを見終えた事自体が初めてなのだ。サエよりも、あたしの方があたしに困惑しちゃってる。


 この手の映画、つまんなくて寝るのがデフォルトだったのになぁ……


 薄いハンカチに冷たい染みが広がっていく。映画を見終え、外に出た頃には、借りたハンカチはすっかり湿り気を帯びていた。





 映画の後、喫茶店でお昼ご飯にした。


 こういう時の話題は、映画の感想が相場となっている。映画というのは、見終えた後の意見交換までがセットで楽しい一時なのだ。まぁ、意見というほど高尚な語り合いをする訳ではなく、ミーハーに騒ぎ合うだけなんだけど。


「ヒーロー役の人、カッコ良かったなぁ」


 キウイサンド片手に、心奈がうっとりとした表情を浮かべている。


「私は茶髪くんの方が好みだな。笑った顔かわいいじゃん。あっちとくっつけば良かったのに」

「サエは犬系男子好きよね。わたしは断然、クールな黒髪派! ねぇヒナは?」

「あたしはこげ茶かな……」

「なに言ってんの? こげ茶の男の子なんて出て来なかったけど?」


 ……はっ。


 いけないいけない、ぼんやりしすぎていたみたい。ワタワタと手を振って、話を合わせようと頭をひねった。


 えーと、黒か茶だっけ?

 どっちが好きって、そうだなぁ。ええと……


 ………ええと……


 だめだ。さっき見た映画の話をしてるのに。あたしの頭には、こげ茶色の柔らかな髪しか浮かんでこない。


 つっかえた喉を潤そうと、いちごのヨーグルトスムージーに口をつけた。うん、これ、美味しいけどこういう時の役には立たないな……

 どろりとした液体に、あたしの胸がどんどん詰まっていきそうになる。


 返答に困るあたしを、いったん放置する事に決めたようだ。心奈が首を傾けながら、羨ましそうに口を尖らせた。


「それにしても幼馴染っていいよねぇ、憧れちゃうなぁ。サエもヒナもいいなぁー」

「これっぽっちも良い事なんてないわよ。言っとくけどね、現実の幼馴染はあんなに素敵じゃないのよ?」

「えー! サエの幼馴染クンかっこいいじゃない! カレ、結構人気あるんだよー?」

「あれがカッコいいとか、みんなおかしいんじゃない? あのペテンな笑顔に騙されているんだと思うわ」

「辛辣だなぁ……。ねぇ、ヒナは? ヒナは幼馴染のお兄さんラブだよね? いいよねえ、好きな人が隣の家に住んでるって」

「え……あたし?」

「バイトも同じなんでしょ。ねえ、夏休みの間になにか進展あった?」

「……………っ!!」


 ユウにぃからの告白と、激しいキスをリアルに思い出して。

 ばっと、勢いよく顔を逸らしてしまった。


 2人の、息を飲む音がする。

 あたしの顔が真っ赤に染まっていく。これは、これはどう見てもあやしいぞ、あたし……


「おめでとうヒナ。ついにお兄さんゲットしたのね♪」

「ち……違うの……」


 赤く染まった頬が、一気に色を失っていく。


 心奈が期待するような、進展なんてなにもない。むしろ後退している。あんなに近くにいたユウにぃが、今はとても遠くなってしまった。

 

 側に居たいのに、彼はあたしから離れていく……


「ごめん、失恋したの?」

「失恋………?」

「お兄さんに告白して、きっぱりふられちゃったのね」

「ふられた……?」

「妹としか思えない、ってやつ?」


 ううん、逆。


 妹としての好きじゃない、と告げられて。それに対してあたしは、兄として好きだと答えたんだ。


「ううん、あたしがふったの……」


 涙が、出そうになる。


 ああ、そういう事なんだ。あたしはあの時、ユウにぃを『ふった』んだ。


 あたしは何も分かっていなかった。ユウにぃからの告白に、自分の気持ちを探ることしか頭に無くて、あたしの返事を聞いて彼がどう思うのか、2人の関係がどう動くのか、そんな事はこれっぽっちも頭に入っていなかった。


 彼に想いを告げられた時点で、今までと変わらない関係なんて無理だったんだ。あの時の返事は、YesかNoか。ユウにぃの側に居られるか、居られないか、どちらかの選択をあたしは迫られていたんだ。


 今になって、やっとわかったの。


 あたしはNoを突きつけた。彼はあたしに『失恋』したんだ。それなのに今まで通り仲良くして欲しいだなんて、あたしの勝手なお願いごとだったんだ。

 ユウにぃに避けられている、これが彼の望みで現実で、あたしは―――


 あたしはもう、彼の側には居られない……。


「えっ、ヒナがふっちゃったの!?」

「うん……ユウにぃに告白されちゃった……」

「へぇ、お兄さんヒナの事好きだったんだぁ。えーでもなんでふっちゃったの?」

「だって、あたし、ユウにぃの事、お兄さんとして好きだったんだもん……」


 ユウにぃの好きとあたしの好きが同じなら、今でも一緒に居られたのかな。

 避けられる事なんて無くて、吉野さんじゃなくてこのあたしが、彼の隣に居られたのかな。


 あぁ、胸が苦しいよ……



「それにしては泣きそうな顔してるじゃない」


 サエが神妙な顔をしてあたしに両手を伸ばし、左右の頬をむにっとつまんだ。

 そのままぐにぐにと横に引っ張られる。い、痛い……!


「いひゃいって、はにゃして!」

「フった事、後悔してるんでしょ」

「…………」


 サエの手が離れた。

 痛みの余韻が頬に残る。零れそうになった涙は、涙腺の奥に引っ込んだ。


「そっ、そんな事ないよ……」


 否定しながら、チラリと考えた。

 もしもあたしが、嘘でもYes答えていれば。ユウにぃは側に居てくれたのかな。あたしの、彼氏として。


 もしもあたしが、ユウにぃの彼女になっていたら。吉野さんに堂々と、ユウにぃに触らないでって言えたのかな。こげ茶の髪を、あたしは好きなだけ触れたのかな。


 今まで通り部屋を行き来して。バイトも一緒に行き帰りして。たまにデートして、手を繋いで歩いて、ぎゅっと抱きしめて貰って、熱いキスをして――――――って!



 ……あたし、何考えてんの……



 どくどくと、音が聞こえてきた。いやに早くて、強くて、あたしの身体を駆け巡る。

 真っ赤になった頬を、さっと両手で挟み込んだ。


 ユウにぃとのキス…………


 だってあんなにすごいキスされたんだもん。どうしても思い出しちゃうよ。あたしのせいじゃない。ユウにぃがキスなんてするからだ。それも、あんなにいっぱい。想像だって、そりゃ、しちゃうよ……


 感情に任せた激しいキスから、ついばむような優しいキスまで。あの時のあたしは、彼と何度も何度も触れ合っていた。

 

 もし、もしも。

 あたしの好きが恋愛の好きだったなら。ああいうの、今頃たくさんしたのかなぁ……


 ……っっっっ!!!

 

 ダメだあたし! もう何も考えちゃ、ダメ!


「ヒナ、耳まで真っ赤だよー? ぽーっとしちゃって、ほんとはもっと何かあったんじゃないの?」

「ないない、なんにもない、ないのよない!」

「分かったぁ♪ 相良先輩と付き合いはじめたのね!」

「それは絶対にありえない……」


 お皿の上に、手つかずのまま放置されていたイチゴサンドを、ムリヤリ口の中に放り込んだ。おかしな事を考えすぎて疲れた脳に、イチゴと生クリームの甘さが染みわたる。


 あたしを気遣ってか興味が失せたのか、サンドイッチを飲み込んだ頃には、話題はすっかり別のものに切り変わっていた。 



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