表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/68

31 彼の『好き』は


 首を、ゆったりと斜めに傾げた。


 頭上からは太陽があたしたちを照りつけている。真夏の日差しは、遮るもののない海の上にいるせいか、くらくらと熱い。ユウにぃも暑いのか、頬を赤く火照らせている。


 ―――妹としてじゃないよ。


 告げられた言葉の意味を、ゆっくりと回らない頭で推し量る。乱れる心音に邪魔されて、思考がちっともまとまらない。えっと、えっと……


 首を横に振る。だってそんなわけがない。彼はいつも、あたしを小さな子どものように甘やかしていて、妹のように接していて……


 ―――妹としてじゃないよ。

 

 ううん違う、違うよ。だってユウにぃは……


「ユウにぃが好きなのは吉野さんじゃないの……?」

「え……どうして吉野さんが出てくるの?」


 自分の発言に、喉がつっかえたように苦しくなってきた。ユウにぃの顔をまともに見れなくて、でもやっぱり気になって、あたしは上目でチラリと彼を見た。


「だって、デートの約束していたよね」

「そんなの、した覚えないけど?」

「隠さなくてもいいよ。あたし聞いちゃった。休憩室でユウにぃ、吉野さんと予定のすり合わせしてたよね。晴れるといいですねって言ってたし……」


 ユウにぃは首を傾げている。眉をハの字に曲げてしばし考え込んだ後、突然ぷっと吹き出した。


「雛ちゃん雛ちゃん、それ、やっぱりデートじゃないよ」

「じゃあなんなの。なんで笑ってんの」

「それさ、今日の話してたんだよ。みんなで海行くのに、吉野さんに予定聞かれたから答えていただけで……雛ちゃんも吉野さんに聞かれなかった?」

「ううん、あたし先輩から聞かれた」

「あ、そう……」


 なんだ。デートじゃなかったんだ………


 笑いながら否定され、あたしはホッとして息を吐く。けれど勘違いが気まずくて、恥ずかしくなってきたあたしは、ぷくっと頬を膨らませて、ユウにぃをじろっと睨んだ。


「あっ、でも! 一緒にご飯食べに行くって言ってたし。やっぱりそういう関係なんじゃないの……?」


 なんて酷い態度。それなのに、あたしに睨みつけられて、なぜか彼は嬉しそうに口元を緩ませている。


「どうしたの雛ちゃん、ムキになって。もしかして妬いてくれてるの?」

「そっ、そんなんじゃないもん……」


 自分の両頬に、ピタリと手のひらを当ててみた。膨らんだ頬には熱がこもっている。そんなあたしを見てにっこりと微笑みながら、ユウにぃがまた、あたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「吉野さんとはなんでもないよ。最近知ったんだけど、あの人は高校が同じだったんだ」


 知ってる……


「だから麟との事も把握されててさ、からかわれているだけだから」

「からかってくる人と一緒にご飯食べに行ったの? ユウにぃって苛められたい人の?」

「まさか、違うよ。言いふらされたくなかったから、口止めも兼ねて話をする為に行っただけで……まぁ、根掘り葉掘り聞かれて本当、困ったけど……」

「そんな、秘密にしたいような事なら、断ればよかったのに。学校中に広まっているのに、口止めとか今更じゃない?」

「別に誰に知られてもいいんだけどさ」


 気まずそうに頬を掻きながら、ユウにぃはあたしに向き直った。


「ただ……雛ちゃんにだけは、内緒にしておきたかったんだ。さっきみたいに、変に誤解されたくなかったから」


 あたしの目を見て、念を押すようにゆっくりと、一つ一つ丁寧に彼が言葉を紡いていく。


「まさか、吉野さんとの事も誤解させてるとは思わなかったよ。あのね雛ちゃん、はっきり言っておくけど、僕は吉野さんと、もちろん麟とも恋愛関係になんかないし、そういう意味では2人の事をなんとも思ってないからね」


 疑いようもない。ユウにぃはホントのことを言っている。彼はこんな風に真面目な顔をして、嘘をつくような人ではないのだ。


 吉野さんとは、本当になんでもないんだ。

 お兄ちゃんとも、なにもなくて……


「ユウにぃに恋人は、いなかったの……?」

「恋人なんてどこにもいないよ。疑わないでよ、頼むから」

「そっか、違ったんだ…………」


 全てが、あたしの思い込みだったのだと理解した瞬間、身体中から、へにゃりと力が抜けていった。


 のどに手をあてる。さっきまで感じていた重苦しさが消えていて、すっと軽くなっていて……

 なぜか目頭から、熱いものがつぅと流れてきた。


「雛ちゃん?」


 あれ、おかしいな……。


 張り詰めていたものが溶けて、ぼろぼろと、あたしの目から涙となってあふれていく。なにも悲しい事なんて無いのに。ただ、ユウにぃに恋人がいなかったって、はっきり分かっただけなのに。


 どうしてあたしは、泣いているんだろう……。


 意味も分からずあたしは涙を零していた。ユウにぃがおかしなあたしをじっと見つめながら、そっと両手を伸ばしてきた。

 あたしの口から、ちいさく声が漏れる。背中に温もりを感じると同時に、あたしは彼の胸に引き寄せられていた。


 温かいユウにぃの腕の中。大好きな彼の匂いに包まれて、あたしは胸がいっぱいになってきた。

 大きくて温かな左手があたしの背中を優しくさする。もう片方の手は、あたしの右肩に触れている。


 ユウにぃの手のひらは、昔からちっとも変わっていない。あたしに差し伸べられるこの手は、いつでも温かくて優しいんだ。


「ユウにぃ、あったかいね」

「雛ちゃんもね」


 涙はいつしか引いていた。彼の肩に顔を埋めたまま、照れくさい気持ちを誤魔化すようにへへっと笑うと、背中をさすっていた手があたしの腰に回り、動きを止めた。


 ぴったりとくっついた彼の身体から、逸る心音が聴こえてくる。

 あたしの身体からも似たような音が、たぶん向こうに流れてる。 



「ねえ。雛ちゃんも僕が好き………?」


 彼の声が耳元で響いて。一際、心臓が大きく跳ねた。


 あたしは……あたしは……



「そりゃ好きだよ……。あたしユウにぃのこと、昔からずっと好きだもん……」

「そうじゃなくてさ。―――その好きは、僕の好きと同じなの?」


 ユウにぃの声がほんの少しだけ低くって。言葉の端は微かに震えていた。


 彼の様子がいつもと違いすぎている。あたしは、どうしていいか分からずに言葉が続けられないでいた。だって、妹としてじゃないよ、なんて、あたしは彼に告げられていて。

 だって、それじゃあ、ユウにぃの好きは………


 あたしの心臓が、バクバクと激しいものになっていく。



「雛ちゃんは僕の事……お兄さんとしてじゃなくて、男として、好きだと思ってくれている?」


 あたしの好きは……



 顔をあげると、ユウにぃの熱い眼差しと目が合った。


 彼の視線を受け止めて、あたしの頬が熱くなる。きっと、耳まで真っ赤になっている。だってもう、どこもかしこも熱くって、あたしから湯気が出そうになっている。目尻には、さっきとは別の種類の涙が溜まりかけていた。

 ユウにぃの瞳が甘やかに揺らめいている。


「その顔が、答えだと思っていいの―――?」


 あたしの、答えは―――――



 いつの間にか、彼の右手があたしの後頭部を抱えていた。後ろに反らす事のないよう、しっかりと固定されている。もう片方の手は、変わらず腰に回されたままで。


 ユウにぃの顔がゆっくりと近づいてきて。 

 柔らかそうなこげ茶の髪が、あたしの前髪に優しく触れた。


「あ………」


 漸く漏れた、あたしの小さな声が――――



 瞬く間に、彼に飲み込まれていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雛の兄・麟のお話です♪
いじわる王子
バナー/楠木結衣様

雛の友達・紗英と蓮のお話です♪
可愛くない
バナー/楠木結衣様
― 新着の感想 ―
[一言] ユウにぃーーーー!!!!! ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ