27 お揃いの……
「お揃いなんだね」
パッと顔をあげる。そこには、にやにやと笑う吉野さんがいた。
あたしは自分の身体を隠すように、ボストンバッグを抱きしめた。
「あ、これはっ……!」
「紺のドット好きなの? バッグも水着も可愛いねー。って真っ赤な顔してどうしたの?」
「………ハイ、スキナンデス」
お揃いって、そっちかぁ!
よく考えればここは更衣室だ。まだ着替えている最中だ。ユウにぃと合流もまだなのに、彼の水着の色なんて吉野さんが知る訳ないか。
はーはーはー、焦った………。
「雛ちゃん可愛くていいなー。私そういうの似合わないんだよね」
吉野さんは黒のビキニを身に着けていた。下がショートパンツな分露出は控えめのはずなのに、溢れんばかりの色気がある。腰に手を当て、髪をかき上げる仕草がサマになっていて、思わず食い入るように見つめてしまった。
この色気の素はなんなんだ。胸か。零れそうな胸元のせいなのか。でも胸ならあたしもそこそこあるはずなのに、子供っぽく見えてしまうのは何故なんだ。
しかも吉野さん、足だけ見ても色っぽい……。
がくりと首を垂れた。
いいなとか、こっちのセリフだしっ!
ユウにぃも……こういう大人の女の人が好きなのかなぁ?
車を降りてからここに来るまで、結局あたしは先輩と、ユウにぃは吉野さんと並んで歩いていた。
チラチラと目で追っていたけれど、2人はずっと楽しそうにお喋りをしていた。吉野さんのからかうような笑い声が耳に届く度に、気になって気になって、あたしは3度こけそうになった。
そりゃ、主に吉野さんからユウにぃに話しかけていたけれど。
でも、ニコッと笑ってたし! ユウにぃ、吉野さんに喋りかけられて照れくさそうに、ニコッと微笑んでたし!
「吉野さんって、ユウにぃと仲いいんですね」
「仲良くなっちゃったねー。まぁ、同じバイト仲間だしね」
にまにまと楽しそうに笑っている。そんな吉野さんを見て、あたしの胸がまた、ツキリと痛む。
先輩の言う通り、本当に付き合っているのかな……
ユウにぃには恋人がいる。
そんな事を先輩に言われて、あたしは動揺したものの、正直半信半疑でいた。
だってそうだ。これまで、ユウにぃの周りにはあたしがずっと纏わりついていたのだ。平日こそ別々でいたものの、週末になるたびに、あたしは彼の部屋に押し掛けていた。
そりゃ、会えない日だってあったけど。でも会えない理由の大半が兄と過ごしていたからで。そう、ユウにぃはあたし達兄妹とばかり過ごしてる……
彼女がいたとして、いつ会ってるって言うの!?
会う間、なくない!?
そもそも、なんで先輩がそんな事知ってんの。あたしですら知らないのに、ありえない!
でも、吉野さんなら……
バイト先で、ユウにぃとは頻繁に顔を合わせてる。あたしとシフトが被らない日に、こっそり2人でご飯食べに行ったりとか、街に出かけたりとか、してるのかもしれない。先輩も、なにかを見たのかも知れない。
「それに、葉山くんとは高校も同じだったしね」
「―――――へっ!?」
「だから私、葉山くんの事知ってたんだよねー。バイトで入ってきた時にはビックリしたなぁ。あの頃は遠巻きに眺めているだけだったからね」
えええええ!?!?!?
吉野さんが、ユウにぃと同じ高校?
しかも眺めていたって何……。まさか吉野さん、ユウにぃにずっと片思いしていたの!?
「目、ぐりぐり回しちゃって、雛ちゃんほんと可愛いなー。そんなにビックリしちゃったのー?」
そういえば……以前あたしの目の前で、吉野さんはユウにぃをデートに誘っていた。
まさかまさか、あの時すでに付き合っていたのかな……
彼女があたしに妬く素振りを見せないのは、既に彼女という立ち位置をゲットしてたから?
ユウにぃがあたしにくっつかれて困っていたのは、吉野さんに誤解されたくなかったから?
そういや、ご飯を食べに行くって言ってたし!
デートの約束もしてたし……怪しすぎるじゃない!!!
ああだめだ。
めちゃくちゃ気になっているのに。
付き合ってるんですか?って聞けばいいだけなのに。
聞けない………
「ささっ、着替え終わったんだし、頭抱えてないでもう行くよー。2人とも雛ちゃんを待ってるよ♪」
ボストンバッグを抱えながら。
吉野さんに腕を取られ、引きずられながら、あたしは更衣室を後にした。
◆ ◇
「こっちこっち!」
更衣室から出ると、相良先輩が手を振りながら、あたしの側に駆け寄ってきた。
どこで見つけてきたのか、派手な柄をした水色の水着を身に着けている。夏らしく爽やかな色合いで、デザインもセンスがあってカッコいい。水着だけはカッコいい。こういう水着を、ユウにぃに選んであげたかったなぁ。
あんなの、ショッピングモールには売っていなかった。どこで見つけてきたんだろう、気になる……。今後の参考にお店聞いてみようかな?
って、今後の参考って、なに!?
今後なんて無いよね。ユウにぃの水着、次はもう……一緒に買いになんて行かないよね……。
「雛ちゃん可愛いね~」
先輩はいつにも増してご機嫌の様子で、水着姿のあたしをジロジロと無遠慮に眺めてくる。
なんか足踏んでやりたい。踏まないけど。
「俺とお揃いの水着だね、嬉しいなぁ」
「お揃いって、どこが?」
「ほら、おんなじ青じゃん!」
全然違うしっ!
あたしは紺で、先輩は水色だしっ!
「あれ、ぷくっと頬ふくらませちゃって、どうしたのー? 俺に見られて照れてるの? ほんと雛ちゃんカワイイなー」
「照れてませんっ! なんですか、その都合よすぎる解釈はっ!」
………あれ?
ほんとうに、あたし全然照れてないや。
ユウにぃに水着姿を見せた時は、とっても恥ずかしかったのに。可愛いって言われてドキンとして、あたまがしゅわしゅわしたのにな。
先輩の可愛いは、全然、どってことないや。
普段から、言葉も態度も軽いせいかな。聞き飽きて慣れちゃってるのかな?
「しっかし雛ちゃんほんと可愛いよ。ねー、手ぇ、つなご?」
気のせいか、先輩のテンションがやけに高い。
へへっと機嫌よく笑いながら手のひらを伸ばしてきたので、あたしはサクッとスルーした。
「えーだめ? 手ぐらいいいじゃん」
「両手塞がってるのでダメでーす!」
ボストンバッグを、わざと両手で掴む。この暑い中、なんで先輩と手なんて繋がなきゃいけないんだ。ふるふるごめんだ。
「それよりユウにぃは……?」
キョロキョロと辺りを見回した。浜辺は、混雑まではしていないものの、それでもそこそこの人がいる。ユウにぃの姿を、人波を掻き分けるように目で追っていると、砂浜の方からこちらに向かう彼がいた。紺の水着に、こげ茶の髪。
おかしいね。こんな人幾らでもいるのにね。
あたしはすぐに、気が付いてしまった。
ユウにぃもあたしを見ている。
あたしと視線が合って、頬を緩ませて、穏やかな笑みを浮かべている。
心臓がどくっと跳ねて、あたしは思い切り目を逸らしてしまった。
「ぎゃっ!」
逸らした先に先輩がいた。薄っすらと日焼けした胸板が、目の前にででんとあって、ぎょっとした。
あー、びっくりした。乙女にあるまじき悲鳴が漏れてしまったじゃない。
先輩から距離を取るべく、あたしはカニのように真横に2歩、移動した。
空気を読まない先輩は、あっさりと距離を詰めてきた。むかっ!
この空間、詰めてって意味じゃないからね。
空けときたいって意味なんだから!
「葉山さんなら砂浜で場所取り中だよ。連れてってあげるから、ほら、手?」
先輩が再び手を伸ばしてきた。
あたしの手に近寄ってくる。ボストンバッグを掴む手に、ぎゅっと力を籠めていると、あたしの目の前にもう一つ、大きな手のひらがやってきた。
首を傾げるあたしの目の前で、大きな手同士が繋がって、そのままずるずると2つの手はあたしから離れていった。
………あれ?
「相良くん、シート引いたけどあれでいいかな? ちょっと見てよ」
「えぇ!? テントじゃあるまいし、シートなんてわざわざ確認しなくても……」
え、どうなってるの?
ユウにぃと先輩が手を繋いで歩いている……
「場所もあそこでいいか、見て欲しいんだ」
「波が来ない位置なら問題ない……っていうか、他のグループだってあの辺に敷いてるから、何もない事位俺に聞かなくたって分かるじゃん……」
「そんな事言わずに頼むよ」
ユウにぃ、先輩とも仲良かったんだね。
知らなかった……。
ぽかんとするあたしの肩を、ポンと叩く手があって、振り返ると吉野さんが立っていた。遠くに映る2人を見て、にやにやと笑っている。
「いや―面白いなぁ。ほんと必死だね」
―――うん?
そうかな。全然そんな風に見えないけど。
そりゃ可愛いとか付き合ってとか言われてるけどさ。口調が軽いせいかな。必死どころか、先輩の態度は半分くらいが冗談のように見えるんだけど。
吉野さんの謎セリフに、あたしはもう一度首を傾げるのだった。