表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/68

26 海と追いかけっこ


 8月序盤の平日、今日は約束の海に行く日だ。


 お天気は、雲一つない青空が広がっている。窓からはテープのように日の光が差し込んでいて、眩しい。今日もうだるような暑い1日になりそうだ。


 あんまり暑いので、本日のヘアスタイルは2つ結びで決定だ。耳より下の位置で髪を結って、つばの広い帽子をかぶるのだ。

 

 水着の柄と同じ、紺のドットのボストンバッグに荷物を詰めた。日帰りだけど、海に入るとなると荷物はどんどん増えていって、大きなバッグがパンパンに膨れてしまった。結構重いな、これ。


 メインのバッグとは別に、あたしは斜めがけのミニバッグもサブで連れて行くことにした。財布や携帯、ポーチはここに入れておこうっと。


「雛ちゃん、準備できた?」


 ボストンバッグを引きずりながら階段を下りていくと、リビングのソファに、ユウにぃが兄と並んで座っていた。ユウにぃったら、早めにうちに来て、あたしを待っててくれたんだ!


 ………って。


「友達と海に行くって、(ゆう)とだったのか」

「え、まあ、うん……」


 兄にバレたしっ!

 お父さんにもお母さんにも、『友達と海に行く』としか言ってなかったのに……


「なんだ、仲いいな」

「ちっ、違うもん! そういうのじゃないもんっ! 吉野さんや相良(さがら)先輩も一緒で、4人で行くんだもんっ!」

「なに大げさに否定してんだよ。別に、侑と一緒だからって誰も何も言わねーよ。むしろ母さん安心するぞ。友達と海だなんて大丈夫かって、すっげえ心配してたしな」


 お母さん……ほんとにあたしに信用、なさすぎ!


「お母さんに余計な事言わないでよ」


 真実がバレたら、嘘つきの烙印まで押されてしまう。

 ますます、あたしは厳しい目で見られてしまう……!


「はあ? 言うに決まってるだろ。よっぽど不安だったのか、こっそりついて行ってやれなんて言われてたんだぜ? 冗談じゃない、あんな危険なとこ俺は絶対行きたくない。侑も一緒だって伝えて、俺は堂々と部屋でのんびり過ごすからな」


 お兄ちゃん……よっぽど、もみくちゃのバレンタインがトラウマなんだね……。


 海辺に兄とか、あたしの監視どころじゃないよね、それ。

 逆ナンにあいまくって、逃げ回る事になるんだろうな。可哀相に。ふふっ。おもしろーい。


「くそ、笑ってんじゃねーよ」

「お兄ちゃんも来る~? 一人くらい増えても大丈夫だよ~?」

「こんの、覚えてろよ……。母さんに、侑とデートだって言ってやるからな。ない事ない事、言いまくってやるからな!」

「でっ、デートじゃないしっ!」


 鬼が、ニヤリと意地悪く口角をあげた。


「分かってるよ、デートじゃないんだろ? 母さんには、2人きりで海に行くって伝えといてやる。ついでに、リビングで抱き合ってキスしてたって言っといてやるよ」

「―――――っ!」


 ぶわりと、あたしの顔が真っ赤に染まる。

 とっさに、口元を手で覆い隠した。兄が、虚を突かれたような顔をしてあたしを見て、次の瞬間、あたしの手はユウにぃに捕まれていた。


(りん)、あんまり雛ちゃんをからかうんじゃないよ。そんな嘘つく気もないくせに、もっと優しくしてあげな?」

「――――あ、あ?」

「そろそろ時間だし、行こうか」


 あたしのボストンバッグをもう片方の手で掴み、ぽかんとした兄を無視してユウにぃが歩き出した。彼に手を引かれながら、あたしも一緒に玄関へと向かう。

 前を歩く彼の耳は、赤く染まっていた。

 



 ◆ ◇




 暑い夏の日差しの下、繋がっている手はもっと、熱い。


 早足で歩いているせいか、こうして手と手が触れ合っているせいか、どくどくと胸が鳴って止まらない。

 帽子のつばに手をかけて、きゅっと下におろし、深くかぶった。



 待ち合わせ場所である、ファミレスの駐車場に辿り着いた。時間が時間だけに、パッと見て数えられる程度にしか車は停まっていなかった。


「2人とも、こっちだよー!」


 吉野さんの声がして、あたし達は振り向いた。人気のない駐車場で、手をぶんぶんと大きく振る吉野さんに、あたしはすぐに気が付いた。

 側には赤い車が停まっている。助手席には相良先輩がいたので、あれが吉野さんの車のようだ。

 

「なに、手なんて繋いじゃって。仲いいねー」


 わわわ!


 ばばっとユウにぃから手を離す。慌てるあたしを見て、吉野さんがくすくすと笑っている。

 は、恥ずかしい……


「あ、ごめん! カバン持つよ!」


 すっかり忘れてた。ユウにぃに、ボストンバッグを持たせたままだ!

 手にばかり意識がいっちゃって、すっかり忘れてた……。


 バッグを受け取ろうとして、ユウにぃに手を伸ばす。彼は笑って首を振るばかりで、結局車のトランクまで荷物を運んでもらうのだった。





 海水浴場までは、車で90分の道のりだった。

 高速を使って移動した後、地元の細い道を通り抜けて行く。この細い道がナビにはうまく反応しないらしく、相良先輩が道案内をしてくれた。先輩は慣れているようで、人の少ない穴場のスポットと、そこに一番近い駐車場を教えてくれた。


 目的地に到着して、みんなが車の外に出た。吉野さんがトランクを開け、積んだ荷物を渡してくれる。あたしはそれをうつむきながら受け取って、輪の外側に移動した。


「相良くん、ナビありがとねー。おかげで迷わずスムーズに来れたよ」

「ここ初だとちょっと分かりにくいんですよねぇ。行きはまあ、俺がナビ役で仕方がないとして、帰りは雛ちゃんと2人で、後部座席でのんびりしたいなぁ」

「あははっ。来た道なんて、帰る頃にはとっくに忘れてるよー。相良くん、帰りも隣でナビ頼むよー」

「ええっ! 吉野さんマジっすか……もう、しょうがないなぁ……」


 ぶつぶつと不満気に呟きながら、先輩があたしの隣にやって来た。あたしはそれに抵抗をせず、むしろユウにぃから離れるように、先輩の陰に隠れてこそこそと歩き出した。

 

「晴れて良かったね。雛ちゃんの水着姿、俺楽しみにしてたんだよ?」

「…………」

「あれ、照れてるの? 真っ赤になっちゃってかわいーな」


 そう、先輩の言う通り、あたしは真っ赤になっていた。

 先輩が助手席に座ったので、自動的にあたしはユウにぃと後部座席に乗り込んだのだけど、ここに来るまでの間! ずっと! ユウにぃの手があたしの手の上に乗っかっていたのだ。


 うう、どういうつもりなんだろう……。


 おかげで、ここまでずっとドキドキしっぱなしだ。

 恥ずかしくって、あたしはユウにぃの側に近寄れないでいる。


「雛ちゃん、バッグ重いでしょ。持つよ?」


 ユウにぃが近づいてきたので、あたしはするりと逃げるように、先輩の反対側に回り込んだ。後を追うように、あたしの隣に再びユウにぃがやって来たので、あたしはまた、先輩の反対側に逃げ込んだ。


 自分の身体を起点にして、ちょろちょろと左右に逃げ回るあたしを、先輩が何か言いたげに目で追っている。

 なにやってんだろ、あたし達。


「いい、自分で持つから、いいの!」

「そう………?」


 ユウにぃの眉がキュッと寄せられて、表情が曇ったものになっていく。あたしが避けまくっているからだ。でも、ユウにぃのせいなんだから!


 側に居るとドキドキしすぎちゃうから、だめだ。


 ツンツンなあたしに諦めたようで、吉野さんに声を掛けられたユウにぃは、彼女と並んで歩き始めた。あんなに逃げ回っていた癖に、その姿を見て、あたしは胸がぎゅっと苦しくなってきた。


 ほんと、なにやってんだろ、あたし。


 先輩が戸惑ったような顔をして、あたしをチラリと見下ろした。


「あのさあ。最近、気になってたんだけど……雛ちゃんさあ、もしかして葉山さんが好きなの?」


 ―――――えっ?


 先輩、マジな顔して、突然なに言ってんの?


 ユウにぃが好きとか、先輩にも前に言ったよね。堂々と伝えて、しっかり空回りした記憶があるんだけど……

 なに、先輩も鬼兄みたいに、改まってあたしに聞いてんの!?


 まぁ。あの時と好きの意味は違うけど……


「好きだよ? お兄さんとしてだけど」

「え? そ、そう……かな?」


 非常に歯切れの悪い返事が返ってきた。

 先輩は首を傾げてる。でも少し、ホッとしたような顔をしている。なんなんだ。


 お兄ちゃんといい先輩といい、なんなの?

 その、あたしがユウにぃをすっ……好きみたいに言い出すの、なんなのよ……


 あたし、ちゃんと分ったんだよ?


 ユウにぃの事、お兄さんとして慕っているだけだって事。好きは好きでも、恋愛の好きじゃないって事、ちゃんと分かったんだから。


 だから別に、そりゃユウにぃは好きだけど。彼女になりたいなんて言わないし。自分からくっつきに行ったりなんて、してないし。


 なんかたまに、ユウにぃから触れてくるけれど。手とか繋ぎに来るけれど。さっきは車の中でずっと、あたしの手、触って来たけれど。でもそれだけだし。そりゃちょっとドキッとしちゃうけど、それはあたしが大人になっただけなんだし。

 やっぱりユウにぃは大好きで、一緒のお出かけも楽しくて、部屋に来てくれたら嬉しいし、こっそり水着の色揃えちゃったりしたけれど。


 それはあたしが、『お兄さんのように好き』ってだけなんだから。


 だから違うもん。そんな風に聞かなくたって、恋愛の好きとは違うもん……。



「うん、そうだ、そうだよ。雛ちゃんは葉山さんの事、お兄さんとして好きなんだよね。俺もその気持ち、とってもよく分かるよ!」


 先輩はコロリと態度を変えた。さすが切り替えの早い先輩だ。

 そういや姉がいるんだっけ。先輩も、姉ちゃん好きとかいってたなぁ……



「まぁそれに、葉山さんには恋人がいるからね。好きになっても、残念だけど叶わないよね」


 ―――――――え!?


 なんでもないようにサラリと告げて、先輩はあたしに、にこりと笑いかけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雛の兄・麟のお話です♪
いじわる王子
バナー/楠木結衣様

雛の友達・紗英と蓮のお話です♪
可愛くない
バナー/楠木結衣様
― 新着の感想 ―
[良い点] 海辺に兄、おもしろーい! 一緒に行く?って追い詰める雛ちゃんのお兄ちゃんへのSっぷりがひどい(笑)。反撃する麟くんの「言いまくってやるからな!」まで込みの、なかよし兄妹ゲンカがかわいいです…
[良い点] 意地悪イケメン兄、最高ですね! 「ない事ない事、言いまくってやるからな!」で笑ってしまいました。 ユウにぃから逃げ回る雛ちゃん。 逃げ回っていたくせに、ユウにぃが他の女の人と並んで歩くの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ