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23/68

23 60秒では終わらない


 ユウにぃが本を読んでいる。

 その周りであたしがチョロチョロと、好き勝手にして過ごしてる。それが、ここ数年の定番だった。2人きりで過ごす週末の、よくある光景だった、のに。


 変化後のユウにぃは、あたしと一緒にいる時に、本を読まなくなった。




「雛ちゃん、これ見ようよ」


 今日は一緒に映画を見るつもりのようだ。


 ユウにぃが選んで薦めてきたものは、あたしの大好きな洋画のコメディものだった。面白そうなパッケージに心惹かれ、笑顔で首を縦に振る。

 あたしの反応に気を良くしたのか、彼が嬉しそうに微笑みながら借りてきたDVDをセットして、テレビから離れた場所に腰を下ろした。あたしもワクワクしながら、彼から少し離れた場所に座り込んだ。


 真横になんて、座らない。


 そう、あたしは適正な距離を置く。

 彼を困らせないためにも、きちんと距離を置く!




「おいで」


 それなのに。テレビをじっと眺めていると、妙なセリフが隣から聞こえてきた。首を傾げながらぐるりと横を向くと、ユウにぃがあたしに向けて両手を広げている。


「特等席で見ていいよ」

「えっ……」


 特等席って、まさかユウにぃの膝の上……?


 春先の出来事があたしの脳裏を掠めていった。

 そう、あの時のあたしは、そんな事を言ってユウにぃの膝の上に座り込んだのだ。あの時は嫌がられた気がするんだけど、今は、いいの………?


 固まるあたしに構わず、にっこりとユウにぃは微笑んでいる。


「ユウにぃは、そういうの嫌なんじゃないの?」

「嫌じゃないよ。雛ちゃんなら、僕は全然構わないよ」

「でも……」

「どうしたの、遠慮して雛ちゃんらしくないね」


 あたしの身体が竦んでる。妙な抵抗感を感じてる。

 あの時は平気だったのに。彼の体温を意識して、胸がどくんと跳ねあがる。肩がキュッと縮こまる。手のひらを、あたしはぎゅっと握り締めていた。


「それとも、雛ちゃんこそ嫌になったの? 以前は僕の膝の上に座りたがっていたのに」

「い、嫌になってないよ。座る……」


 彼の眉が不安そうに寄せられる。あたしは慌てて同意をし、ゆっくりと彼に近寄った。

 

 ユウにぃに近づくのは、嫌ではないんだ。あたしはユウにぃが好きだから。お兄さんとしてだけど好きだから。だから側に行くのは全然、嫌じゃない。

 ユウにぃの背中が好きだった。ユウにぃの手のひらが好きだった。彼と触れ合うのが好きだった。恋だとあたしは勘違いしてたけど、くっつく事自体は、それとは関係なしに好きだったのだ。


 困らせるから止めようと思っただけで、嫌だから止めたい訳じゃない。

 ただ……なんとなく、ためらってしまっているだけで。


 心臓が、どくりと鳴っているだけで。



 目をギュッとつぶって、そろそろと、ユウにぃの膝の上に腰を下ろした。

 真っ暗闇にいるせいか、バクバクとした音がやけに大きく耳につく。


「やっぱり降りた方がいいよね? 重いでしょ、あたし」

「全然重くないって」

「ユウにぃ、足痛くなっちゃうよ?」

「雛ちゃんは軽いよ。だからそんなこと気にしなくていいんだよ」

 

 本当に何もかもが逆になっている。困らせていたのはあたしの方だったのに、今はあたしが困ってる。頬が真っ赤に染まってる。このままこうしていると、あたしが、どんどんあたしじゃなくなりそうだ。


 なんでもない。なんでもないんだ。

 ユウにぃの足の上に座っている。ただそれだけ……


 黙ってじっとしていると、ユウにぃが後ろからぎゅっとあたしを抱きしめてきた。


 どくん、と心臓が一際大きく跳ね上がる。閉じていた目が、ぱっと見開いた。


 ななななななな、なに!?


「ゆっ、ユウにぃ!?」

「……そういえば、前にこうしていた時にさ、雛ちゃんギュってして欲しがっていたよね」

「うん……」

「今日も、してあげるよ」


 息が、止まりそうになる。


 ああ、やっぱりあたしは、おかしい。

 だって心臓が、ありえないほど激しく鳴っている。


 シャツ越しに触れ合っている背中が、熱い。熱くてたまんない。


 だめだ。このままだときっと、映画に集中できない。離れて欲しいけれど、本当の事なんて言えやしない。あたしは、必死に別の言い訳を探し出した。


「あ……それなら、また60秒数えないとだね。えっと、いち、に、さんっ……」

「数えなくていいよ」


 60秒だけ耐えようと、駆け足気味に数を数え始めたあたしを、ユウにぃがやんわりと制止した。


「映画が終わるまでずっと、こうしているから。今日は数えなくていいよ」

「え…………」

「それとも、僕に離れて欲しいの………?」


 言葉が、なにも出て来ない。


 離れて欲しいけれど。それはこうして、ユウにぃに抱き締められるのが嫌だから、じゃ、なくて。あたしの心臓が、おかしくなっている、からで。映画を見たいのに、背中にばかり意識が、いってしまって。このままだとあたしは、ユウにぃの事ばかり考えてしまう……


 ――――変だよね。


 今までのように側にいたいって、あたしが彼にお願いしたのにね。

 こんなの、今まで散々、あたしからやってきたのにね。


 今更戸惑っているなんて。

 彼の事は、お兄さんだと思っているのに、ドキドキしちゃっているなんて。

 

 だから離れてだなんて……言えないよ。


「ううん、このままでいて……」


 背後でユウにぃが、ふふっと満足そうに笑った。あたしを抱きしめる腕の力が、きゅっと強いものになる。それにつられて、あたしの胸もきゅっと締め付けられたように、苦しくなってきた。


 どうしたんだろう。

 ユウにぃへの好きが、恋愛の意味で好きじゃないって気付いた途端、ドキドキするようになっちゃった。

 あたし、おかしくなっちゃった。


 ……ううん、きっと逆なんだ。

 今までのあたしがおかしかったんだ。

 

 ユウにぃといえど男の人だもんね。

 こんな風にくっついてたら、ドキドキするのも当たり前なんだよね。

 うん。これでフツーなんだ。


 恋していないと分かって。慕っているだけだと気付いて。あたしは目が覚めたんだ。やっと落ち着いて現実を眺めてみたら、ユウにぃが、兄は兄でも『隣の家の』お兄さんだという事を、あたしは知ってしまっただけなんだ。

 くっつかれて、実の兄のように気持ち悪くはないけれど、ちょっと動揺しちゃうんだ。だって本当の兄妹ではないから。恐らくそういうものなんだ。


 これが、きっと、たぶん、フツー。


 

 サエ。あたしも大人になったよ………


 

 サエの冷めた表情を思い浮かべ、あたしの心が落ち着いてきた。

 ユウにぃに抱きしめられたまま、映画をじっと見る。期待通りの面白い内容に、背後の温もりを忘れて、いつの間にかケラケラとあたしは笑い転げていた。

 


「――――っ!」


 あたしの笑う声が、止まった。


 あたしの首筋に、ユウにぃが顔を埋めてきた。

 肌に何度も当たる吐息の熱で、あたしの顔が一気に赤く染まっていく。



 ど、ど、ど、どうしたの………。


 もしかして、寝ちゃったの?

 まさか、こんな笑える面白い映画で、ユウにぃってば眠れちゃうの!?

 

 激しく動揺するあたしを余所に、ユウにぃの頭はぴくりとも動かない。そういえば、さっきからユウにぃはちっとも笑っていなかった気がする。これは、絶対に寝ているな………。


 どっどっどっどっ


 心臓が早鐘を打つ。もはや映画の内容なんて、ちっともあたしの脳に届かない。



 まずい。


 このシチュエーションは、まずい。


 せっかく心安らかでいられたのに。

 あたしの心臓がおかしくなってしまう。どうしよう。どうにかしないと……


 

 首筋に触れていた吐息が、柔らかいものに変化した。


 これは。

 これは。


 ユウにぃの唇だ………!



 もう限界だ。あたしは白旗をあげた。どうにも耐え切れなくなって、両肘を真後ろに勢いよく突き立てる。背後から、軽いうめき声が聞こえてきた。ごめん、ほんとうにごめんなさい。

 身をよじって、ユウにぃから離れようともがいていると、寝起きのせいか、熱っぽい瞳の彼と目が合った。

 あたしの攻撃で、やっと目が覚めたようだ。


「ごめんっ、あたしちょっとトイレ!」


 ゆっくり寝かせてあげられなくて、ごめんね。


 恋愛映画を見て眠りこけてしまったあたしに、彼はずっと肩を貸してくれた。難しい本を読んで眠くなってしまったあたしに、彼はずっと膝を貸してくれた。


 ごめんね。それなのにあたしは、ユウにぃのようにさせてあげられなくて、ごめんね。

 乱暴なことまでしちゃって、ごめんね。


 

 悪いのはあたしの方なのに。

 

 優しい彼は。

 トイレから戻ったあたしに、なぜか、謝ってくれたのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 吹っ切れたユウにぃ、ガンガン行きますねー! これはヤバい。雛ちゃんがドキドキあわあわしてるのがもうかわいい。ちょっとやり過ぎたユウにぃが両肘くらったシーンで吹きました(笑)。最後、反省して…
[良い点] 雛ちゃんの首筋に、ユウにぃの唇がー! きゃああ! 戸惑いながらもユウにぃの膝に座っちゃう雛ちゃん、可愛いなあ♪ というか、ユウにぃは雛ちゃんの扱い方をマスターしている気がする……! [一…
[良い点] 侑にぃ、吹っ切れちゃったのか…… ほんとこのグイグイは凄い! [気になる点] と思ったら寝るんかーい!? 危なく首筋にヨダレがダラーの大惨事! いやまて、寝てるふりして首筋カプリのツモリだ…
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