表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/68

17 あたしの『好き』は


 あたしの『好きな人』がユウにぃなのだと判明したのは、中学1年の秋だった。


 中学生の頃のあたしは、休み時間になると友達と集まって、お喋りをしてばかりいた。その日もいつものように数人で集まり、恋の話で盛り上がっていた。


 テレビの話に、アイドルの話。嫌な先生やテストの話に、おしゃれの話。話題はいくつもあるけれど、中学生女子の集まりにおいて一番盛り上がるものは、ダントツで恋愛絡みのお話だ。

 何組の誰それ君がかっこいいだとか、誰が誰を好きだとか、ほんの少しの糸口をきっかけに、みるみる話は広がっていく。


 あたしを含め5人いた女子のうち、あたし以外の4人には、常に誰かしら意中の相手がいた。何度聞いても同じ男子の名前をあげる一途な子もいれば、聞くたびに名前が変わる子だっている。中には、好きな人の名前を5番目まであげるような気の多い子もいた。

 

 様々なのだけど、みんなには共通して『好きな人』がいて、いつも楽しそうに嬉しそうに語り合っている。


 好きな人と朝、下駄箱で一緒だったとか。廊下ですれ違ったとか。ちらりと目が合ったとか。ちょっとした事でみんなが騒いでいて、あたしだけが一歩離れたところから、その様子を眺めていた。


 あたしにとって、それは別世界のようだった。恋がどういうものなのか、経験のないあたしには全然、ピンときていなかったのだ。盛り上がるみんなの話に、あたしは積極的に混ざる事が出来ないでいた。


 疎外感を感じつつ、じっと聞き役に徹していたけれど。

 ふと、尋ねられた。


「雛は、好きな人いないの?」

「ん? あたしは……いないなぁ」


 いつもは聞いているだけのあたしだけど、たまにこうして話題を振られることがある。

 その度に、こう答える事しか出来なくて。その度に、ちょっぴり残念そうな顔をして、みんながあたしから顔を逸らしていく。


 あたしだけ仲間に入れない。


 取り残されたような現状に、疎外感や焦燥感を感じつつも、あたしにはどうにも出来ないでいた。


 普段は、そこで話は終わるんだけど。


 目新しい話題が何もなかったせいかもしれない。

 その日は珍しく、あたしを囲んでみんなが追及をし始めた。


「そんな事言って、実は隠してるんじゃないの? 雛の好きな人って聞いた事ないよね」

「ないない! いつもいないって言ってるけどほんとなの?」

「隣の席の斎藤君と仲いいじゃん。彼の事はどうなのよ」

「田山君もよく雛に絡んでるよね~。あいつ絶対雛に気があると思うな」

「ねえ、どうなのよ~!」


 みんなが期待の眼差しをあたしに向けてくる。


 本当も何も、斎藤君も田山君も、その他の男子みんな、ただのクラスメイトにしか思えないんだけど……。


 ふるふると首を振る。振りながら、なぜか申し訳ない気分になってしまう。みんなの好きな楽しい話題に、いつもあたしだけが乗っかれない。


 みんなの表情が、がっかりしたものへと変わる。


「雛って理想高すぎるんじゃない? 言っとくけどあんたのお兄さんみたいな人、そうそう居やしないんだからねっ。あんな人を基準にしちゃだめよ」

「ええっ!? お兄ちゃんなんて理想でも基準でもなんでもないよっ! あたしはね、あんなイジワルな人じゃなくてもっと優しい人がいいの。そう、ユウにぃみたいに優しい人がいいなぁ……」


「―――――え、ユウにぃ?」


 ポロリと零したあたしの言葉に、みんなの顔が色めき立った。


「ねえ雛、ユウにぃって誰よ。あんたお兄さん1人しかいなかったよね。その人は従兄なの?」

「ううん、隣の家に住んでる幼馴染のお兄さんだよ。実の兄と違ってあたしに優しい人なんだ」

「雛はそのお兄さんが好きなの?」

「もちろん大好きだよ?」

「やだー、雛いるんじゃない! 好きな人」


 ――――――えっ!?


「そっかそっか、雛はお隣のお兄さんが好きだったのか―」

「うわー、斎藤も田山も可哀相に。奴らまさか学外にライバルが居るなんて、思ってもいないんだろなー」

「ねえ、いくつなの? そのお兄さんての」


 なんだかみんなが、よく分からない盛り上がり方をしている。


「お兄ちゃんと一緒だよ。三つ上」

「高校生かぁ。いいなぁ年上の彼。憧れちゃうなぁ」

「家が隣って、もしかして部屋の窓から出入りしてたりするの?」

「えー部屋の窓からとか、それ漫画の見過ぎじゃない? ……でも実際のとこどうなの?」


 よく分からないけれど、みんながとっても嬉しそうな顔をしている。

 みんなの大好きな『好きな人の話題』の中心に、あたしがいる。


「ユウにぃの部屋は、あたしの部屋と真向かいだけど、窓から出入りなんてしてないよ? いつも、ちゃんと玄関からお部屋に入ってるよ」

「え――――! 彼の部屋に行ったりするんだ?」


 よく分からないけれど、みんなのはしゃぐ様子を見て、自然と頬が緩んでくる。みんなの仲間入りがやっと出来たようで、この時、あたしはとても浮かれていた。


「行きまくってるよ? 平日は向こうが忙しくてあんまり会えないけど、休みの日はいっつも遊びに行ってるよー」

「え? え? 休みの度に彼の部屋行ってんの? すごい積極的じゃん!」

「だって一緒に居たいんだもん」

「え――――ラブラブじゃん! お兄さんのこと、めちゃくちゃ好きなんだね、雛」

「うん、大好き♪」


 そっか。あたしの『好きな人』はユウにぃだったんだ。


 そっか。あたしは気付いていなかっただけで。

 『好きな人』って。『好き』って、こういうことで良かったんだ。



 嘘は何処にも無かった。

 意味はさておき、あたしはユウにぃの事は心から――――大好きだったのだから。







「こんにちは、雛ちゃん」


 隣の家に住む、優しい優しいお兄さん。

 彼は、実の兄のように意地悪な事は言わない。あたしに、冷たい目を向ける事もない。


「ひっさしぶり、ユウにぃ!」

「久し振り、今日も雛ちゃんは元気だね」

「ユウにぃに会えたから、元気になったの!」


 くすりと笑いながら、あたしの頭を優しく撫でてくれる。


「僕も雛ちゃんに会えて元気が出てきたよ。じゃあ今日は何をする?」

「それがね。久し振りなのに、月曜から中間テストがあって遊べないの……」

「ああ、それでカバン持ってきたんだ。小学生と違って、中学生になると勉強一気に難しくなるよね。分からない所があれば教えてあげるから、頑張りなよ」

「うん……ありがとユウにぃ、大好きっ!」

「ふふっ、どういたしまして。僕も大好きだよ」


 穏やかに笑ってくれる。

 頼れるお兄さん。温かなお兄さん。あたしは、鬼のような実の兄よりも、ユウにぃの方がずっと好きだった。ユウにぃが、あたしのお兄ちゃんなら良かったのに。何度そう思ったか分からない。


 大好きで大好きで、いつも隣の家に押し掛けていた。

 幼い頃から側に居続けて、自分でもよく分かっていなかったけど……


「どうしたの雛ちゃん。僕の顔をじっと見て、なにかついてる?」

「ううん、なにもついてないよ。ユウにぃの顔見てるだけ」

「そんな、じっと見るようないいものじゃないよ」

「ユウにぃは、お兄ちゃんとは違うよね」

「全然違うよ……。僕はさ、(りん)のようにカッコよくないからね。あんまり見ないでよ、雛ちゃん」


 困ったように笑って、ユウにぃがあたしのノートをトントンと指で叩く。

 慌てて勉強に取り掛かった。所々つまづいては、彼が丁寧に教えてくれる。一緒に居て居心地のいい彼が大好きで、あたしはいつまでも、この関係が続けばいいと願ってた。


 ああ、そうなんだ。あたし、ユウにぃが好きなんだ。


 今まで、ピンと来ていなかったけど。それは小さな頃から毎日のように側にいたからで。自分でも気づかない内に気持ちが育っていたからで。当たり前のようにずっと好きだったからで。

 あたしの初恋はとっくの昔に訪れていて。だからこんなに彼の事が大好きで、一緒に居たくって、あたしはこうしてここに来てるんだ。


 お兄ちゃんになって欲しかったんじゃない。

 あたしは、ユウにぃに、彼氏になって欲しかったんだ。


「あ、この問題解けたんだ。すごいね、これはちょっと難しいやつだよ。頑張ったね、雛ちゃん」


 この笑顔も。あたしの頭を優しく撫でるこの手も、全部、あたしの大好きなものだから。

 誰にも取られたくないし、ずっと側にいて欲しい。


 うん。あたしはユウにぃが、好きなんだ………

 





「どうしよう、違ってた………」


 ユウにぃは、きっと本当の事に気付いてた。

 だからあたしの好きを流してた。だからいつも、困ったような顔をして―――


 分かっていたから、あたしを受け入れようとはしなくって。

 だからあんなにも、あたしを止めてくれたんだ。それなのに、あたしは彼の言う事を聞かなくて、困らせて、ばかりいて。


「キス、しちゃった………」


 どうしよう。


 あの時のユウにぃは、本気であたしに怒ってた。だからあんなに強引で、強い力であたしを引き寄せて、無理矢理………


 あたしの目を覚まそうとしたんだ。


「う……ごめんね、ユウにぃ……」


 ユウにぃの事なんて、あたしには何も言えやしなかったんだ。妹のように見られているだなんて、不満を込めていたけれど。あたしだって、彼とおんなじだったんだ。


 涙がぼたぼたと溢れて、止まらない。

 

 鬼兄の態度も。サエや心奈の態度にも、相良先輩にも吉野さんにも、あたしは憤っていたけれど。みんな、みんな正しくって。みんなはちゃんと分っていて。分かっていなかったのは、あたし一人だけで……


 そう。



 ――――あたしはユウにぃの事を、兄のように慕っていただけだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雛の兄・麟のお話です♪
いじわる王子
バナー/楠木結衣様

雛の友達・紗英と蓮のお話です♪
可愛くない
バナー/楠木結衣様
― 新着の感想 ―
[一言] こんなにハートにグサッと来たのは久しぶりだゾ。 いい加減少女漫画になれよコンチクショウ(´;ω;`)
[良い点] 雛ちゃんの「好き」は兄を慕うような意味の「好き」。 ユウにぃの「好き」は、本気で恋愛対象として見ている「好き」。 と、いうことは……。 あれ……? ユウにぃの……その「好き」は、雛ちゃん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ