14 海とそっくりさん
夏休みが近づいてきた。
相良先輩もあたしに近づいてきた。あたしは、自然と一歩後ろに後退した。
先輩は、相変わらずあたしを諦めてないようだ。イケメンで、なおかつコミュ力のある先輩は、はっきり言って学校でもモテている。だからあたしに拘らなくってもいいのに……
近寄りたい人には近づけず、寄って来なくていい人ばかりが側に来る。ほんと、人生ってままならない。
「雛ちゃん、一緒に海いこーよ!」
「行きませんっ」
2人きりになると先輩の押しが強くなる。
さっさと仕事に戻ろう―――そう思って椅子から立ち上がり、休憩室から出て行こうとすると、腕を掴まれた。
ちょっと! だから気軽に触りすぎなんだって!
「相変わらずつれないね。いいじゃん、楽しいよ海。友達として一緒に遊びに行くくらい、いいでしょ?」
「そりゃ、楽しいとは思うけど……」
「なにも2人きりでなんて言わないよ。友達誘って大勢で行かない? みんなでワイワイするのも楽しそうだよね」
「うーん、うう……」
心奈は喜びそうだな……。
あたしも海は好きだ。子供の頃は、ユウにぃんちとあたしんちで、毎年一度は海に出かけてた。プールも、夏休みになると3人でよく行ったっけ。2人が高校生になった頃から、だんだん行かなくなっちゃったけど。
でも、相良先輩と海とか、なんか嫌だ。
どうせ行くならユウにぃと行きたい……
「ね、行こうよ」
「や……」
腕を放そうとしたけれど、強く掴まれていて、離れない。
というか、痛いんだけど?
兄の鬼のような視線を思い出し、あたしも真似をして先輩を睨んでみた。しかし、先輩はにこりとするだけだ。ああ、兄の眼力が羨ましい!
「相良くん、腕放してあげて。雛ちゃん痛がってるよ」
振り返ると、休憩室の入り口にユウにぃが立っていた。
彼にしては珍しく、険しい顔をしている。
「葉山さん…」
あたしの腕から、先輩の手がようやく離れた。弾かれるように、ユウにぃの側に駆け寄っていく。あたしの勢いに、彼は少し後ろに身を退けた。
「ユウにぃっ!」
「雛ちゃん、大丈夫?」
「うん……ありがとう」
相良先輩が、拗ねたように口元を結びながら、後頭部に手を遣った。
そんな彼に、ユウにぃが非難めいた視線を向けた。
「俺別に手荒にしたつもりは……。雛ちゃんを、海に誘おうと思っただけで」
「誘うのは構わないけれど、無理な誘い方はしないであげてね」
「分かってますよ……。葉山さんはほんと心配性だなぁ。あのお兄さんに頼まれてんですか? 可愛い妹が大事なのも分かるけれど、あんまり邪魔しないで下さいよ?」
邪魔なのは先輩の方だもんっ!
「俺、雛ちゃんと付き合いたいなーと思ってるんで、むしろ応援して欲しいくらいなんですよね」
応援……?
やだ、何いってんの………
先輩があたしの腕を再び掴んで、自分に引き寄せた。
「俺達、お似合いだと思いません?」
ユウにぃに向かって、にっこりと爽やかな笑顔を向けている。心奈なら簡単に落とせそうなキラキラスマイルに、ユウにぃが息を飲んだ。
「もしかして葉山さんは、俺と彼女が付き合うことに……反対なんですか?」
反対……反対して……
「いや、反対はしないよ。雛ちゃんがいいのなら――――付き合っちゃえば、いいと思う」
思考が、ぷつりと止まる。
ユウにぃが、あたし達から目を伏せた。今度は、あたしから先輩を引き離そうとはしなかった。
先輩は、いつもあたしを振り回す。
あたしが嫌がっているのに、やたらとベタベタ触れてくる。何度も断っているのにしつこいし、強引だし、本当に散々な人だ。先輩に振り回されるたびに、あたしはイラッとしてきちゃうのだ。
勝手な人。勝手に、あたしに触らないで。あなたに興味はないのだから、放っておいて。
そうして、イライラすると同時に、落ち込んでも来る。
だって、先輩の行動は、あたしとそっくり同じだから。
そう、あたしも人の事なんて言えないんだ。ユウにぃが嫌がっているのに、勝手にベタベタ触れている。止めてと言われても、離れてと言われても、わざとスルーしてばかりいる。
断られてもしつこく付きまとっているし、強引でワガママで、いつも、いつでもあたしは彼を振り回してばかりいる。
悲しいくらい、あたしは先輩と、やっている事が同じなのだ。
あたしは先輩にとても迷惑している。
あたしの周りをうろつかないで欲しいし、邪魔して欲しくない。触らないで欲しいし、他の人を好きになってくれればいいとばかり思ってる。
それって。ユウにぃもあたしのこと――――
9年間、ユウにぃの態度は変わらなかった。
あたしは彼に好きと言い続けているし、アピールだって分かりやすいほどやっている。それでも、あたしの想いは流れるようにスルーされてばかりいる。
それって。その意味は。
ユウにぃは優しいから、あたしのように冷たい態度を取らないだけで。
本当は、いい加減うんざりしていて。
もう限界になっていて。だから。だから、あたしを避けるようになっていて、あたしが先輩とくっついてくれればいいと心から願っていて――――
「え、海? 楽しそうだねー」
あ、あれ?
涙がポロリと零れそうになった瞬間、吉野さんの明るい声が休憩室に聞こえてきた。
張り詰めていた空気が、一気に和やかなものに変わる。
拍子抜けして、涙があっさり引っ込んだ。
「楽しそうでしょ。吉野さんも海、行きます?」
「行きたい行きたいっ! ねえ、雛ちゃんも葉山くんも、みんなで一緒に行こうよ! 私、車持ってるから連れてってあげるよ」
「え……。僕も……ですか?」
え――――……?
ユウにぃが当惑の声を上げた。
あたしも、声にならないだけで、口をぽかりと開けている。首はしっかりと傾いている。
なに、このよく分からない展開は……。
困惑するユウにぃの側に吉野さんが近寄り、あたしがいつもするように、彼の腕に抱きついた。
ちょっと、吉野さんっ!
なに、さり気なくユウにぃの腕に絡みついてんの?
そーいう事しちゃ駄目なんだよ。吉野さんのパツパツの胸が、ユウにぃの腕にしっかり当たっているんだよ?
ユウにぃだって困っちゃうよ……!
しかし、ユウにぃは吉野さんの腕を払わない。
なぜだ。あたしの腕はすぐに引き剥がす癖に。吉野さんはそのままにするなんて、差別だ。
吉野さんが、艶やかな視線をユウにぃに向けた。パチンと色気のあるウィンクをしてみせる。あたしには逆立ちしても真似できない攻撃だ。
「私、葉山くんと海行きたいなぁ」
「……分かりました。行きますよ、海」
ええ!?
吉野さんのお誘いに、あっさりとユウにぃは頷いた。
どういう事なの………。
ウィンク? ウィンクなの?
吉野さん、あたしにもそのすごい技、教えて……!
「雛ちゃんも行くよねー。みんなで海、楽しそうだよね」
「い、行きますっ!」
この2人が行く海に、行かない選択肢なんて、あたしには存在していない。
引きつった笑みを浮かべながら、首を縦にぶんぶんと振った。
相良先輩が晴れやかな笑顔を浮かべている。
「やった! 雛ちゃんと一緒の海、楽しみだな~」
先輩と一緒の海、不安しかない……。
けど………
ユウにぃをちらりと見た。
色々思う所はあるものの、彼と久し振りに行ける海に、ほんのちょっぴり期待もこもるのだった。