表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/68

13 近寄れなくて


「避けられてる気がする………」


 ユウにぃの部屋で一緒に読書を楽しんでから、早2週間。

 あれから一度も、彼の部屋に入れずにいる。


 お互い、明るい時間にバイトが終わる日も何度かあって、その度にあたしはユウにぃに誘い掛けているけれど、いつも断られてしまうのだ。

『ごめん、(りん)と約束してるんだ』

 なんて言って。お兄ちゃんといてばかりだ。


 平日ずっと一緒にいるくせに。休日くらいあたしといてくれたっていいのに!


 ……………。


 もしかして、膝枕で寝ちゃった事、怒ってんのかな……

 まさか、ジーンズによだれがついていた……なんて事、ないよね?

 まさか、まさかね。ないと思いたい……。



「雛、なにやらかしたの?」


 サエが、同情するような瞳をあたしに向けた。

 正確に言うと、あたしの向こうに見えるユウにぃの影に、憐みの目を向けている。兄といいサエといい、揃いも揃ってあたしには手厳しいくせに、彼には同情的なのだ。

 あたしは頬杖をつき、わざとらしくふぅと溜息をついてみた。


「押し倒しちゃった」

「は!?」


 というか、抱き着いたら、倒れちゃった。


 ユウにぃはあたしを避けているのかも知れない。実は、心当たりがもう一つ、あたしにはあるのだ。

 あの日、ユウにぃの膝の上で眠りこけた後の出来事を、あたしは思い浮かべていた。

 そう、あの時あたしは―――







 肩を揺り動かされて、目が覚めた。

 頬の温かな感触に、気持ちよくまどろみながら、ゆっくりと目を開けていく。


「もうすぐ夕飯の時間だよ。雛ちゃん、もう起きなよ」

「んん……」


 優しい声が聞こえてくる。

 むくりと上半身を起こした。腕や頬から、温もりがすうっと消えていく。ヒヤリとした空気が、触れるもののなくなったあたしの肌を掠めていった。


 なんだか、寒いな。


「わ!」


 すぐ側に、温かそうなユウにぃが無防備な状態で座っていた。

 丁度いい。腕を伸ばして、彼の正面から、ぎゅーっと抱きついてみる。

 やっぱり彼はあったかい。調子に乗ったあたしは、そのまま彼の胸元に、ふるふると顔を擦り付けた。


「ちょっと、雛ちゃん起きて……!」


 ユウにぃが焦った声を出したけど、いつものようにスルーした。寝ぼけたふりをして、そのまま甘えてぎゅうぎゅうに抱き着いていたら………勢いのまま、彼を倒してしまった。

 とっさに手のひらを床についたらしい。頭は打たなかったものの、勢いに耐えきれず、ユウにぃの背中がカーペットの上に着いた。


「ごめんね、ユウにぃ。あったかくてつい」

「そんな事言って、また寝ようとしてない!? 雛ちゃん、僕の身体はベッドじゃないからね」

「だってなんか気持ちいいんだもん。もしかして、あたし重い?」

「重くはないけど……」


 ドッドッドッドッ


 胸元に耳を当てていると、ユウにぃのはっきりとした鼓動が聞こえてきた。なんだか落ち着く、心地よい音だ。

 母親の心臓の音は、赤ちゃんを安心させる効果があるらしい。

 はっ! ということは、この音を聞くと落ち着くあたしは、レベルが赤ちゃんと同じってこと!?


 やばっ。15歳からどんどん遠ざかる……


 がばりと胸から飛びのいた。あたしはユウにぃにお似合いの、大人の女性を目指すのだ。


 顔を上げるとユウにぃは、眉を寄せ、唇の端っこを噛みしめていた。

 手のひらを強く握りしめている。

 吐息混じりの小さな呟きが、聞こえてきた。


「勘弁して……」


 !!!!!






 あたし、ユウにぃを怒らせちゃったんだ。


 きっと、そうだ。あたしを部屋に入れると、ろくな事にならないって思われちゃったんだ。上にのしかかられて、ものすごく迷惑だったんだ。重くないってユウにぃは言ってくれたけど、あれは優しい嘘だ。膝枕も重くて痛くて、足が痺れて大変だったに違いない。


 だからあたしの誘いを断るんだ。一緒に居たくないから。

 だからお兄ちゃんとばかり、一緒にいるんだ。


 知ってる。兄と相合傘をしてしまったあの日、本当は2人は約束なんてしていなかった。だってあの時ユウにぃは、兄を見て少し驚いたような顔をしていた。なのに、兄の嘘に乗っかって、2人で連れ立って本屋へ行こうとした。


 それは、あたしと居たくないからだ。


「雛、もう少し大人になろうよ」

「サエ、あたしも反省はしているの。どうしたら許して貰えるのかな」

「しばらく、そっとしておいてあげるといいんじゃないかな……」


 サエはなぜか、遠い目をして窓の向こうを見た。

 ふふっと、あたしにはよく分からない笑みを浮かべるのだった。




 ◆ ◇




「え、旅行!?」


 家に帰ると、母がウキウキした様子で、旅行カバンに荷物を詰めていた。


「そうよー。明日明後日と、お父さんが社員旅行でいないでしょ。だから私もこの隙に、ちょっと女子会して来るわ」

「もしかして、ユウにぃのお母さんと?」


 あたしのお父さんとユウにぃのお父さんは、同じ会社で働いている。だから、飲み会や社員旅行など、家に居ないタイミングが双方ピッタリと同じなのだ。

 父がいない日、母はいつも浮かれている。おばさんと一緒に過ごせるのが楽しいらしい。


「そうよー。麟と2人で留守番、よろしくね。いい、インターフォンが鳴っても絶対に出ちゃダメよ。コンロは危ないから触らないでね。お兄ちゃんの言う事、よく聞くのよ?」

「お母さん! あたしもう高校生………!」


 なにその、小学生の留守番みたいな心配は!?


 面白くない。ぷくっとむくれていたけれど、冴えてるあたしはピンときた。

 ユウにぃん家も、明日は、ユウにぃ以外誰もいない。


 これはきっとチャンスだ。

 迷惑ばかりかけた彼に、お返しをするチャンスだ。

 あたしの手料理を振舞って、見直してもらうのだ………!






「ん!? なにこんなとこで突っ立ってんだよ、雛。さっさと家の中入れよ」


 夏場の夜は、陽が沈むのが遅い。

 薄暗い中、家の前でじっと待ち構えていたら、ユウにぃが兄と連れ立って歩いてきた。

 大学からの帰りだ。

 2人して、楽しそうに笑いながら喋り合っている。悔しい。あんなユウにぃの顔、あたしは最近、まともに拝めていないのに。


 ユウにぃがあたしに気付き、目を見開いた。

 家の外であたしが待っているとは、これっぽっちも思っていなかったようだ。


「あのね、お母さん、明日からおばさんと旅行行ってくるんだって」

「それがどうした」

「でね、ユウにぃも明日一人なんでしょ? おばさんの代わりに、あたしがユウにぃの夕飯作ってあげようと思って! ね、明日は一緒に食べよ」

「え……雛ちゃんが?」


 ユウにぃが戸惑いの声をあげた。

 あたしの料理の腕を信用していないようだ。ふふん。大丈夫。あたしだって、頑張れば、カレーくらいなら作れるはず………


「いや、明日は俺と侑で飲みに行くから。雛は一人でお留守番な」

「え~~!!」


 鬼め!

 あたしの野望をことごとくぶち壊そうとする、鬼め!


「ごめんね雛ちゃん。気持ちは嬉しいけど、麟と約束してるから」


 ユウにぃまで………。


「そんなぁ……。じゃあ、あたしも連れてってよ」

「何言ってんだよ、高校生なんて連れて行けるわけねーだろ」

「お兄ちゃん達だって未成年じゃん!」

「誰も酒飲むなんて言ってねーだろ。大学の奴らとみんなで居酒屋に行くんだよ。雛なんて場違いもいいとこだから連れてけない。大人しく留守番しとけ」

「っっっっっっ!!!!」


 嘘だ!

 これも絶対、嘘だっ!


 大学のみんなとなんて、嘘だ! あたしの邪魔をしたいだけだっ!


 その証拠に、兄が口の端をにんまりと持ち上げている。この上なく愉快そうだ。


「意地悪っ! お兄ちゃんの意地悪っ!」

「なんとでも言え。俺は侑のように、お前に甘くないからな」

「ユウにぃ………」


 縋るように、ユウにぃの目を見た。


「雛ちゃん………」


 ユウにぃの口元がぐっと詰まる。すかさずあたしは、ユウにぃの腕を掴んだ。


「あたし、ユウにぃと過ごしたい……」


 掴んだ腕がびくりと動いた。

 お願い、お兄ちゃんの誘いを断って、あたしと過ごして………!


 しかし鬼は黙って見ていなかった。


 べりりと無情にも、ユウにぃからあたしを引き剥がす。そのままずるずると、家の中に引き摺られていった。


「ひどい、放して!」

「侑に手料理を食わせようとするお前の方が酷いって事に、いい加減気が付けよ」


 それ、どういう意味!?



 次の日。あたしは結局、一人寂しく夕飯を食べるのだった………。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雛の兄・麟のお話です♪
いじわる王子
バナー/楠木結衣様

雛の友達・紗英と蓮のお話です♪
可愛くない
バナー/楠木結衣様
― 新着の感想 ―
[良い点] 押し倒しちゃったーー! 侑にぃ頑張ってる。 理性を総動員して頑張ってるーー。 雛ちゃん、自分の自覚はないけど、あの格好いい鬼兄の妹だもん、めっちゃかわいいんだから自重してあげてーー。 […
[良い点] 押し倒しちゃった……! これは、ユウにぃが「勘弁して……」というのも仕方ないですね! もう、にやにやが止まらないー! だんだん雛ちゃんとイケメン兄が、ユウにぃを取り合っているように見えて…
[良い点] ああー! ユウにぃ、それは忍耐力試されましたね(笑)。雛ちゃんが無邪気すぎてにやにやがとまらない! かわいすぎるー! お兄ちゃんも何か意図や裏がありそうで、波乱の予感にワクワクしちゃいま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ