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12 雨の日と相合傘


 今日は、バイトの日。

 ユウにぃもあたしと同じシフトの日。行きも一緒で帰りも一緒。


 TVを見ると、天気予報が流れていた。バイトは学校よりも朝が遅い。平日は時間がないけれど、土日ならTVを見る位の余裕は、あたしにだってあるのだ。

 朝は晴れているけれど、午後からは雨が降るとキャスター達が言っている。傘を持ちましょう、なんてしたり顔して言っている。


 よし! 傘、忘れて行こう!

 ユウにぃと、相合傘して帰るんだ♪

 

 リビングで、朝ごはんを食べながら幸せな妄想に耽っていると、兄が2階から降りてきた。

 せっかくの幸せ気分が台無しだ。毎度おなじみ、冷ややかな視線をあたしに投げ付けた後、長い足を偉そうに組みながら、どっかりとソファーに座りこんだ。


「雛、お前まだバイト辞めてねーの?」


 またそれか……。


 父も母も賛成してくれたのに。あたしがバイトをする事を、鬼兄には、なぜか心から反対されている。


 可愛い妹が心配、などという素晴らしい兄のような理由などでは決してない。バイト自体はどうでもいいらしく、どうやら『ユウにぃと同じファミレス』というのが鬼的にはNGのようだ。

 侑に迷惑かける気だろ、これ以上あいつに迷惑かける前に辞めろ、なんて腹の立つ事ばかりあたしに言ってくる。


 ふん、なんとでも言うがいい。お兄ちゃんがケチケチするから、あたしはあたしで実力行使に出ているだけなのだ。べーっだ!

  

「辞めないよ。誰にも迷惑かけてないし、みんなと楽しくやってるもん」

「侑を困らせてるだろ」

「困らせて………ないもん!」


 一瞬、言葉が詰まってしまった。

 そりゃ、困った顔はさせちゃうけど……でもそれ、バイトとは全然関係ないんだよ?


 前髪を邪魔くさそうにかき上げながら、兄がじろりとあたしを睨んだ。鋭い視線が露わになり、びくりと身体が揺れる。


 あたしはさっと目を伏せた。


「困らせてないと思ってんのは雛だけだ」

「………っ!」


 ほんとうは、分かってる。

 あたしはずっと、見ないようにしてるだけ。

 気付かないフリをしてるだけ。


 ユウにぃは、いつもあたしに優しいけれど。いつも微笑んでくれるけれど。本当は、本音ではあたしの事――――


 ぶんぶんぶんっ!


「お兄ちゃんには関係ないしっ!」


 ガタリと立ち上がり、玄関に向かう。 

 お気に入りのレインブーツを履き、外に出ようとしたら、背後から鬼の声が聞こえてきた。


「雛、お前傘持って行かねーの?」

「えっ……」

「テレビ見ただろ。雨降るって言ってんのに傘持たずに、お前どうする気なんだ?」

「だ……だだだだ、大丈夫だしっ!」

「ちょっ、おい!」


 兄の言葉を無理やり遮るように、あたしは慌てて、玄関の扉を閉めるのだった。




 ◆ ◇




 バイトが終わると、雨が降っていた。


 天気予報の通りだ。激しくはないけれど、走って誤魔化せない程度には強く降っている。あたしは、ほくそ笑みながらユウにぃが来るのを待つ事にした。

 着替えを終え、外の、屋根のある場所でじっとしていると、後ろから声を掛けられた。

 待ちわびている人のものとは違う、声。


「あっれ、雛ちゃん。そんなところでジッとして、今日も傘持ってないの?」


 あたしの苦手な相良(さがら)先輩だ。先輩も、今日はあたし達と同じシフトだったようだ。


「今日は俺、ちゃんと傘持ってきたんだよ? 今日こそ入れてあげるから、一緒に帰ろうよ」


 邪魔しないでっ!


 あたしはユウにぃの傘に入りたいの。その為に、わざと置いてきたの。先輩なんぞの傘に入っている場合では、ないのだ!


 ブラウンの大きな傘を広げ、先輩があたしに手招きをした。思い切り顔を背けると、先輩の苦笑するような声が聞こえてきた。


「そうツンツンしないでよ。ちゃんと家まで送るよ?」

「結構です……って!」


 さすが、強引で馴れ馴れしい先輩だ。

 あたしの腕を勝手に掴んできた。ぐいと引き寄せられ、ブラウンの傘の中に無理矢理入れられてしまった。


「やだってば!」


 やだ、やだ。相良先輩と帰るなんて、絶対嫌だ。

 あたしはユウにぃと帰りたい。


 助けて、ユウにぃっ……!

 

 腕をぶんぶんと振り回して、でもやっぱり先輩の手は剥がれない。涙目になりながら目をぎゅっとつぶっていると、隣から衝撃音とうめき声が聞こえてきた。


 ………あれ?


 拘束が解かれ、あたしの腕が自由になる。顔を上げ、ゆっくりと目を開けた。


 もしかして、あたしの祈りが通じたの? 

 ユウにぃが、助けてくれたの……?


「何こんなとこで絡まれてんだよ、雛。バカだろお前」


 ひっ!!!


 そこにいたのはヒーローではなく鬼だった。不機嫌そうな顔をして、長い足を片方、宙に浮かせている。


 なんで兄がここにいるのっ!?


 見下ろすと、先輩は傘を下敷きにして倒れていた。くぐもった声を上げている。鬼め、蹴ったな!


「いって……」

「相良先輩、大丈夫ですかっ?」


 そりゃ先輩に迫られて、嫌だったけど。助けて欲しいとは思ったけどさ、いくらなんでもこれは可哀相だ……


「――――相良、先輩?」


 兄が当惑の声を漏らした。

 形のよい眉をピクリとあげる。意外そうな顔をして、自分の蹴った相手をじっと見つめている。


「うん、相良先輩」

「そいつ、雛の知り合いなのか?」

「そうだよ、同じ高校の先輩なの」

「なんだ、通りすがりのナンパ野郎かと思ったぞ」


 知り合いなんだよっ!

 ユウにぃと違って、本当に兄は乱暴者だ。後が面倒だから手荒な事はして欲しくないのに。

 先輩がゆっくりと半身を起こした。顔をしかめながら、右の膝裏を手で押さえている。


「同じ高校の先輩であり、バイト仲間でもあるの。まぁ、絡まれてちょっと困ってはいたけど、ここまでしなくっても……」

「ふぅーん。バイト先には、お前に絡んでくる厄介なヤツがいるって訳か。やっぱり辞めた方が良さそうだな」


 わわわ、余計な事言わなきゃ良かった!


「あれ、(りん)? 相良くんもどうしたの?」


 思わず口に手を当てる。鬼にずいと詰め寄られ、内心、冷や汗を垂らしていたら、今度こそあたしのヒーローがこの場に現れた。


 助けて、ユウにぃ! この鬼からあたしを助けてっ!


「雛ちゃん!?」

「ユウにぃ、待ってたよ! 一緒にかえろ!」


 ユウにぃの側に行って、腕を取ろうとした。

 伸ばした指先が、数センチ、届かない。あたしの襟首は、鬼にしっかりと捕まれていた。


「雛、侑は俺と約束してんだよ。だからお前、一人で帰れ」

「そ、そうなの?」

「ごめん雛ちゃん。これから麟と本屋に行くんだ」


 申し訳なさそうに、ユウにぃがあたしから目を逸らした。


 そんな! 相合傘して、その後ユウにぃの部屋でゆっくりと過ごすっていう、あたしの幸せ計画が……!


「あ、あたしも本屋に行きたい! あたしも連れてって」

「雛を連れて行く? ははっ、冗談は頭の中身だけにしろ」

「ひどい……! それにあたし傘持ってないし。このままじゃ濡れちゃうし。ユウにぃの傘に入れて、ね?」

「俺は優しい兄だから、ほら。雛の傘、ちゃんと持ってきてやったんだぞ」


 兄が邪悪なスマイルを浮かべている。

 こっ、この鬼め……!


「この人が雛ちゃんのお兄さん………」


 ギリギリと歯噛みしていると、相良先輩の呟く声が聞こえてきた。痛みはだいぶ落ち着いて来たようで、興味深げに兄をまじまじと見つめている。なぜか、怒っている様子はない。


「そう、あたしの兄なんです……。なんか先輩のこと勘違いしちゃったみたいで、その、ごめんなさい」

「あ、いや、いいんだ」


 少しホッとして、隣に転がっているブラウンの傘を見て、ひゃっと声が漏れた。骨が曲がってる……

 

「ちょっとお兄ちゃん! 乱暴な事するから、先輩の傘壊れちゃったよ?」

「ふーん、それはそれは運が悪かったな」

「あたしの傘、先輩に貸してあげようよ。ほら、あたしはユウにぃの傘に入れて貰えばいいからさ………」


 勝利を確信しながら、ふふんと兄に向けて笑ってみせた。

 よし、これであたしはユウにぃの傘に入れる。一緒に連れて行って貰える!


「分かった、雛の傘はコイツに渡そう」


 敗北した筈の兄が、なぜか不敵に笑みだした。


 あたしの腕を掴む。鬼の力は強い。戸惑うあたしを、ずるずると自分に引き寄せた。

 あれ? ……あれぇ?

 

「お前は俺の傘に入れてやるよ。しょうがないから本屋も連れてってやる。また絡まれるといけないから、俺がびっちり側にいて守ってやるか。ほんっと、優しい兄で良かったな、雛。感謝しろよ」


 え――――――!!


 その後、あたしは思惑通り連れて行っては貰えたものの、道中も本屋でもずっと、兄の側で過ごす事になるのだった………。


 

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[一言] 今さらながら……麟はまさかそっちのケが(ォィ わぉう。 これはなんとも珍しいトライアングラー(ォィ
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