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10 ドロップスとひよこ


 高校1年生のあたしは、バイト先では一番の年下だ。


 というか、高校生自体、あたしと相良先輩の2人しかいなかった。他は大学生やフリーター・主婦ばかりで、そのせいかみんなあたしに優しく、可愛がってくれた。


「雛ちゃん、飴ちゃんあげる」

「わぁ、これあたしの大好きなイチゴみるくキャンディ! 佐久間さんありがとうっ」


「雛ちゃん、これ昨日ゲーセンでゲットしたんだ。私が持つには可愛すぎるから、雛ちゃんにあげるよー」

「わぁ、可愛いヒヨコ! ありがとう吉野さんっ」


 可愛がられ方が、15歳じゃない気がするけれど、置いといて。


 吉野さんは女子大生のお姉さん、佐久間さんは母と同じ年代のおばさんだ。二人とも、とても優しい人達で、あたしはいつも助けられている。


 愛らしいヒヨコのキーホルダーをカバンにつけていたら、ユウにぃが休憩室にやってきた。

 吉野さんの顔がぱっと明るくなる。


「葉山くん、お疲れさま! お水いれよっか」

「あ、いいです、吉野さん。自分でやりますから、お気遣いなく」

「そう? 遠慮しなくていいのに」


 立ち上がった吉野さんが、ちょっぴり不満げな顔をして、再び椅子に腰かけた。ユウにぃがあたしの隣に、椅子一つ分だけ空けて腰を下ろした。


 休憩室には、従業員が自由に飲めるウォーターサーバーが、紙コップと共に置いてある。あたしは何も言わずに紙コップに水を注ぎ、わざと空けられていた彼の隣の椅子に座った。

 ユウにぃの目の前に、紙コップを突き出す。


「ありがとう、雛ちゃん」


 疲れて、ぼんやりしていたようだ。ほんの少しだけ間を置いた後、彼があたしに笑いかけた。右手で紙コップを受け取り、口をつけた。

 その様子を眺めながら、ふと思い立ち、空いた左手に両手で触れた。にぎにぎと、あたしよりも大きな掌にくまなく触れていく。


「……なにやってんの、雛ちゃん」

「さっきまで火の側にいたんでしょ。ユウにぃの手、熱くなってるね」

「雛ちゃんの手が冷たいだけでしょ」

「そんな事ないよー。冬じゃないんだし、あたしの指先だってちゃんとあったかいよ。厨房って冬はいいけど、夏は辛そうだね」

「あのさ、雛ちゃん。くすぐったいから、そろそろ離してくれる?」


 ユウにぃが、困ったように眉を寄せた。見なかった振りをして、触り続ける。

 ユウにぃの手は、普段よりもずっと温かかった。頬にピトっと当ててみると、カイロのようにホカホカだ。なんか気持ちいいな。


「あれ、ユウにぃ顔も熱そう。やっぱり火の側って暑いんだね!」

「………………」


 ユウにぃが、首を落として項垂(うなだ)れた。昼食の混雑時は、ホールは目の回る忙しさなんだけど、それは厨房も同じ事らしい。疲れた様子の彼を見て、ちょっとお姉さんぶりながら、あたしはユウにぃの肩をトントンと叩いてみた。

 おつかれさまっ!と声を掛けてみる。


 夏休みのお昼時を思い出すな。素麺とか冷やし中華とか冷たいものがいいな!って母にリクエストしたら、作る方は暑いのよねって、ぶちぶち文句言われたっけ。

 コンロの側って、大変なんだなぁ……。


 あたし達の様子を見て、吉野さんが微笑ましそうな顔をしている。


「雛ちゃんって、お兄ちゃんと仲良いよね」

「えぇ? ぜんっぜんですよ。とっても意地悪な兄なんで、いつも喧嘩ばっかりなんです!」

「そう? 喧嘩なんてしてるとこ見た事ないけど? いつもあなた達、じゃれ合ってばかりいるよね」


 キョトンとした吉野さんの顔を見て、あたしは言葉がつっかえた。

 お兄ちゃんって……鬼兄じゃなくて、ユウにぃの事かっ!

 横を向くと、ユウにぃがいつの間にか顔を上げていた。


「違う違うっ! ユウにぃとあたしは兄妹じゃないんです」

「あっ。親戚のお兄さんだった?」

「いいえっ、ユウにぃはあたしの隣の家に住んでいて、小さい時から一緒で―――」

「幼馴染のお兄さんかぁ。葉山くん、懐かれてるねー」


 ぐっと押し黙る。

 吉野さんは邪気のない笑顔を浮かべていた。




 ◆ ◇




 吉野さんは、ユウにぃが好きだ。


 はっきりと聞いた訳じゃないけれど、確信していいとあたしは思ってる。

 ユウにぃと顔を合わせると嬉しそうにするし、すぐに近寄ろうとする。積極的に話しかけてるし、お水だってああして入れてあげようとする。バイト中も、ユウにぃを目で追っているのが分かる。


 吉野さんは優しくて大好きだけど、ユウにぃを渡すつもりはない。あたしのユウにぃなんだよ、ってアピールしたくて、わざと目の前でベタベタしてみせる。行き帰りだってシフトが合えば一緒だし、付き合ってると思われているかも……

 なんて、思っていたのに!


 付き合ってるどころか、ユウにぃの妹扱いされてんだけど!?


 ユウにぃが好きなはずの吉野さんは、ユウにぃにくっついているあたしに、妬くそぶりをみせた事がない。なぜだ。


 吉野さんはユウにぃより一つ年上のお姉さんだ。

 可愛いと言うよりは、美人なタイプ。ショートカットでジーパン姿なのに、大人っぽくて色気のある人だ。ふくよかな胸元がTシャツ越しにもはっきりと浮かんでいて、あたしですらじっと見つめてしまう素敵なスタイルの持ち主なのだ。

 とっても危険なライバルだ。


「葉山くん、今日15時まででしょ? 私もなんだ。この後、一緒に遊びに行こうよ」


 危険すぎるライバルだ……!


「だだだだだ、駄目! 今日はあたしも15時までなんだもん! 久し振りにユウにぃの部屋に遊びに行くって決めてるのっ!」


 隣に座るユウにぃの腕を、慌てて抱きしめる。


「あの、雛ちゃん? くっつかれると、その、暑いからちょっと離れて……」


 ユウにぃが困惑したような声を出したけれど、スルーした。

 だって放したら、吉野さんに取られちゃいそうなんだもん……


「雛ちゃんってほんと、葉山くんに懐いてんだねー」

「あたし、ユウにぃが大好きなのっ!」

「でもね、お兄ちゃん離れもしないと駄目だよ。いつまでも一緒には居られないんだよ?」

「いつまでも一緒にいるもんっ!」

「そんな事言わずに、周囲に目を向けてみなよ。相良くんが可哀相だよー」


 吉野さんは、苦笑している


 悲しくなってきた。

 吉野さんはあたしを、ライバルだとはこれっぽっちも思っていないのだ。


 不安になって、ユウにぃの腕をぎゅうぎゅうに抱きしめる。それでも吉野さんの顔色は変わらない。あたしが同じ事されたら腹が立つと思うのに、吉野さんは平気なようだ。


 ユウにぃがあたしを相手にする訳がない……って、思ってるのかな……


「雛ちゃんごめん、そろそろ僕、仕事に戻らないと」

「大丈夫だよ、まだ休憩時間残ってるよ」

「早めに戻ってやっておきたい事があるんだよ。だからこの腕そろそろ放して……」

「今日、バイト終わったらあたしと一緒に過ごしてくれる? くれるなら放す!」


 ユウにぃをじっと見つめた。あたしの勢いに息を飲み、それから溜息を一つ吐いた後、彼は困ったように眉を寄せながら、微笑んだ。


「………分かったよ。もう、しょうがないなぁ雛ちゃんは」


 吉野さんがくすくすと笑っている


「ほんと葉山くん、雛ちゃんには弱いんだねー」



 ………あれ?


 あたしは勝った。ユウにぃ争奪戦で、吉野さんに勝った。

 勝ったはずなのに……



 ――――こんなの。ワガママ言って騒いでいる、小さな子と変わらない―――


 胸の内に、ぽたりと暗い想いが広がっていく。



 あたしにユウにぃを奪われたにも関わらず、余裕たっぷりの態度でいる吉野さんと。

 困り顔のユウにぃを見て。


 あたしは少しだけ、自分が嫌になっていた。



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